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家族編
本能
しおりを挟む「つむぎ?入っていいか?」
閉じた襖からリヒト様の声がする。
「嫌!!!来ないで!!!みんな嫌い!!!」
「俺しかいない。頼む、顔が見たい」
クロム君が心配げに見上げてくる。子竜は私の腕の中ですやすやと眠ってる。
「うぅっっ……ゔっ……」
ボロボロ流れる涙が止まらない。不安げなクロム君も抱き込んで、ふわふわのあたまに顔をつける。
「つむぎ、俺しかいない、大丈夫だから」
「リヒト様も嫌い!!!!来ないで!!あっちにいって!!!!大嫌い!!!!!」
夕方になってきたのか、空気が冷たく感じる。手を伸ばしてかけてあった打掛をとり、子竜とクロム君の背中に被せ、その上から抱きしめる。
「人間は卵から産まれた瞬間から子供を守ろうとするのかね?孫の顔を見にきたら娘が孫ごと閉じこもってるなんて聞いたことないよ」
お母さんの声がする。クロム君も顔を上げて襖の方を見てる。
「私だけが入るから、安心おし。イエスなら黙ってなさい。ノーなら嫌とおいい」
お母さんなら、大丈夫。この子達を取り上げたりしない。助けてくれる。
襖が開いて、暗い部屋に光の筋が入る。すぐに襖は閉められて、お母さんの優しい声がする。
「嫌だったね。もう誰もあんたから子供を取り上げやしないよ」
お母さんは部屋の隅にあった行灯に灯りをいれた。オレンジのぼんやりした灯りが部屋を照らす。
「私の孫達に、ご馳走だよ。クロムはこっち。台所にあんた用のご飯がいっぱいあったからね、持ってきたよ。おなかがへったろ」
クロム君用に作ってあったおにぎりやおかずを出してくれて、クロム君は素直にお母さんの膝に移って食べ始めた。
「まだお乳は出てないようだね?ミルクを作ってきたから飲ませておやり」
「っ——、はい……」
ミルクの匂いに反応したのか、ミューミューと猫のように泣き始めた子竜の口元に哺乳瓶をあてがうと大きな口で上手に咥えて飲んでくれた。
満足そうに飲む顔に少し力が抜ける。
「あんたも少し落ち着きなさい、つむぎ」
お母さんが私の名前を呼ぶの、初めてだなとぼんやりした頭で考える。クロム君のことも。
ミルクを飲み終えて、またすやすやと眠った子竜を抱く私に、陶器でできた水筒から白湯を出して渡してくれた。
喉を通るごとに体温が戻っていくような気がする。
「真っ青な顔の父親が、そこで心配してるよ。そろそろ顔を見せておやり。もう誰も紬から子どもを取り上げない。絶対だよ」
少し迷って、こくんと頷いた。
「わたしゃ今日はここに泊まっていくからね、クロム、一緒にお風呂に入ろうかね。場所を教えておくれ」
お母さんとクロム君が手を繋いで出ていくと同時に、リヒト様が入ってきて私の頭を撫でた。
「つむぎ、ごめん」
「……………………」
何を言っていいのか分からない。
また涙が出てきて、子竜の顔に落ちた。
「嫌だったの、気づいてやれなかった、本当にごめん」
「…………私の赤ちゃんなのに」
「うん」
「ナイフ、嫌だった」
「うん」
「な、名前だって、二人で考えたかった」
「うん」
「私が、抱っこ、したかっ……」
しゃくりあげてしまってうまく言葉にならない。
「リヒト様、なんて、嫌い、日本に、帰りたい」
「うん、ごめんな」
打掛をかけられ、抱きしめられる。
「守らせてほしい。紬も、子ども達も」
「……………………」
私から取り上げるくせに。みんなにさわらせるくせに。傷をつけるくせに。
「竜人が弱いのは卵の間だけなんだ。産まれた瞬間からそれなりに身を守れる。だから、母親が躍起になって子を守るのは卵の間だけで……知らなかったんだ、嫌だったな。ごめんな」
「取り上げないで」
「ああ、もうしない」
「誰にも触らせたくないの」
「分かった。俺は抱いてもいいか?」
父親はこの人なのにすごく迷ってしまう。
ナイフを押し当てる姿と、抱き上げてみんなの所に持っていってしまった姿が忘れられない。
「もう紬から取り上げたりしない。約束する」
「…………………………嫌…………」
「分かった。紬がいいと言うまで我慢する」
リヒト様の言葉に一気に力が抜けて、彼にもたれかかる。リヒト様がこめかみにキスをくれる。
「レスターを洗ってやろう。疲れたろ、俺が紬ごと風呂に入れるから、お前が世話をすれば良い」
卵からかえってそのままの子竜をチラとみてコクンと頷くと、リヒト様は私を子竜ごと横抱きに抱いて、母屋の部屋まで運んだ。
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