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4. 危機感と理性 - ②
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エリーゼも俺のことを好きかも!と思ったが、王宮で仕事をしているエリーゼを見ていたら勘違いだと気付いた。
彼女はとにかく誰にでも微笑みかけるのである。
ルイとの印象の差をつけるためなのかもしれないが、目が合った人間全員に、貴方のことが大好き、と伝えるように優しく微笑む。
やめろやめろ、と間に入って邪魔したくなるくらいだ。みんなエリーゼのこと好きになっちゃうだろうが!
おかげで、周囲からは姉と弟という設定に対して、「きょうだいなのに全然似てない」と評価をもらっている。これも作戦なのかもしれないけれど俺は気が気でない。
同じ殿下に仕える身なので、割と近い空間にいて変な奴がエリーゼに近付かないか見張れる点が唯一の救いだ。
俺は休憩時間になった瞬間にエリーゼのところに飛んでいった。殿下が気を遣って同じ時間に休ませてくれて、控室で二人きりになることができた。
「エリーゼ!」
「ああ、お疲れ」
エリーゼは防音結界を張り、はぁ、とため息をついてソファにもたれかかった。
「疲れた」
「初日から忙しそうだな」
「まぁね。秘書官って言ってもやることは今のところそんなに変わらないな。今後は色々情報収集を頼まれてて。既婚者の女ならではの場所だね。サロンとか、観劇とか……近付きたい人がたくさんいるから教養を身に付けなきゃな」
エリーゼは書類に目を通しながら呟いた。その様子は完全にルイって感じだ。さっきまでのにこにこ愛想を振りまいていた可愛い姉のエリーゼはいなかった。
「あのさ、あそこまで誰にでもニコニコしなくていいんじゃないか?ほっぺが疲れるだろ」
「え?ああ」
エリーゼが自分自身の頬に触れた。
「母が女は愛想を振り撒くのも仕事だって言ってたから。確かに女の子っていつもニコニコしてるし、女として生きるならそうした方がいいんだろうと思って」
「それは相手がルイだからだよ!俺の前にいた女の子を思い出してくれ。皆が皆笑ってたわけじゃないだろ」
エリーゼは少し思い出すように視線を横に流した。
「そうかも?まぁ、ルイは全然笑わないスカした奴だって言われてたから、逆のキャラ付けでちょうどいいよ」
「でも……あんなににこにこしてたら皆エリーゼのこと好きになっちゃうって」
エリーゼはふっと吹き出して笑った。
「笑いかけたくらいじゃ惚れないよ」
「惚れるよ!エリーゼの笑った顔、本当に可愛いから!」
エリーゼは立ち上がって、軽く左右を見渡すと俺の額にキスした。そして柔らかく笑った。
「ありがとう。もし誰かが私に惚れても、そいつの片想いで終わりだよ。私には素敵な夫がいるからね」
「……!」
「あ。呼ばれてる。先に昼食べてて」
エリーゼは仕切りの向こう側に目を向けると、愛想笑い用に口角をあげて出て行ってしまった。俺は素敵な夫と呼ばれたことに舞い上がって色々忘れそうになった。
慌てて思考を現実に引き戻し、周りを警戒することに決めた。エリーゼは危機感が薄い。男装して過ごした時間が長いせいか、男が女にどういう感情を向けるかよく分かってない。
守ってあげたいとか、幸せにしたいとかいう気持ちと一緒に、自分でコントロールできないくらい暴力的な感情が沸くこともあるのに、そこを理解してない。
*
暴力的な感情と言えば、目下エリーゼにとって一番危険なのは俺の性欲だ。
エリーゼには、恩を返さなければなんて気持ちで抱かれてほしくない。エリーゼが俺を好きになってくれるまで手を出さないことにしたのだが、本日、結婚二日目からすでに辛い。すごく辛い。
何しろ俺たちは同じベッドで寝るのだ。同じ寝具に入っていると、体温や息遣いまで分かる。
「チャールズ」
「はい」
「なんで『はい』なの?」
エリーゼはくすくす笑った。今日1日ですっかり女っぽい話し方を身に付けたらしく、エリーゼは余計に可愛くなってしまった。
今すぐ昨日みたいに組み敷いて抱きたいのを我慢しているから肩に力が入っておかしな返事になってしまったのだ。
そんな説明はできないから、俺は黙っていた。
そしたらエリーゼが雑談を始めた。
「……やっぱり王宮は楽しいね。いろんなことが起きる」
「伯爵領は退屈だったのか?」
「あっちはあっちで楽しいけど、大体想定内のことが起きるね。関係者もいつも一緒だ。それにこっちほど、あくせく働くことは求められてない。歳を取ってのんびりしたくなったら、一緒に行くのもいいかもね。お前は実家には戻りたくないんだろ?」
俺と話しているうちに、いつもの口調に戻ってきた。
こっちの方が落ち着く。
「うん。でも俺は死ぬまで殿下のそばにいるって決めてるから、ずっと王都にいたい」
「そうだった。そうだね……死ぬまで殿下のそばか」
エリーゼはじっと天井を見つめている。
「今まで長期の任務の話をもらうと、受けるの躊躇ってたんだ。でもこれからは遠慮しなくていいんだね」
エリーゼは小さい声で呟いた。
いつ殿下の下を去ることになるか分からなかった状態では、不安になるのも仕方ないことだ。
「10年単位でも20年単位でも大丈夫だ。エリーゼならなんでもできるよ」
エリーゼは俺を見て嬉しそうに笑った。
寝具の下で、エリーゼが俺の手を握る。
「……!」
真面目な話をしているのにドキドキしてしまって落ち着かない。
「チャールズ」
「うん」
「ありがとう」
エリーゼの指が俺の指に絡んだ。
「……っ!」
これは無理だ、と思って俺はベッドから起き上がった。
「ちょっ、と……急用思い出した!先に寝てて!」
「え?どうした?何か手伝う?」
「大丈夫!すぐ戻るから。おやすみ!」
すぐ戻るとは言ったが、エリーゼが起きている間は戻れない。
流石に寝ている人間相手に手を出すほど理性を失ってはいないはずだと自分を信じて、夜が更けるまで待ってから、こっそりベッドに戻った。
彼女はとにかく誰にでも微笑みかけるのである。
ルイとの印象の差をつけるためなのかもしれないが、目が合った人間全員に、貴方のことが大好き、と伝えるように優しく微笑む。
やめろやめろ、と間に入って邪魔したくなるくらいだ。みんなエリーゼのこと好きになっちゃうだろうが!
おかげで、周囲からは姉と弟という設定に対して、「きょうだいなのに全然似てない」と評価をもらっている。これも作戦なのかもしれないけれど俺は気が気でない。
同じ殿下に仕える身なので、割と近い空間にいて変な奴がエリーゼに近付かないか見張れる点が唯一の救いだ。
俺は休憩時間になった瞬間にエリーゼのところに飛んでいった。殿下が気を遣って同じ時間に休ませてくれて、控室で二人きりになることができた。
「エリーゼ!」
「ああ、お疲れ」
エリーゼは防音結界を張り、はぁ、とため息をついてソファにもたれかかった。
「疲れた」
「初日から忙しそうだな」
「まぁね。秘書官って言ってもやることは今のところそんなに変わらないな。今後は色々情報収集を頼まれてて。既婚者の女ならではの場所だね。サロンとか、観劇とか……近付きたい人がたくさんいるから教養を身に付けなきゃな」
エリーゼは書類に目を通しながら呟いた。その様子は完全にルイって感じだ。さっきまでのにこにこ愛想を振りまいていた可愛い姉のエリーゼはいなかった。
「あのさ、あそこまで誰にでもニコニコしなくていいんじゃないか?ほっぺが疲れるだろ」
「え?ああ」
エリーゼが自分自身の頬に触れた。
「母が女は愛想を振り撒くのも仕事だって言ってたから。確かに女の子っていつもニコニコしてるし、女として生きるならそうした方がいいんだろうと思って」
「それは相手がルイだからだよ!俺の前にいた女の子を思い出してくれ。皆が皆笑ってたわけじゃないだろ」
エリーゼは少し思い出すように視線を横に流した。
「そうかも?まぁ、ルイは全然笑わないスカした奴だって言われてたから、逆のキャラ付けでちょうどいいよ」
「でも……あんなににこにこしてたら皆エリーゼのこと好きになっちゃうって」
エリーゼはふっと吹き出して笑った。
「笑いかけたくらいじゃ惚れないよ」
「惚れるよ!エリーゼの笑った顔、本当に可愛いから!」
エリーゼは立ち上がって、軽く左右を見渡すと俺の額にキスした。そして柔らかく笑った。
「ありがとう。もし誰かが私に惚れても、そいつの片想いで終わりだよ。私には素敵な夫がいるからね」
「……!」
「あ。呼ばれてる。先に昼食べてて」
エリーゼは仕切りの向こう側に目を向けると、愛想笑い用に口角をあげて出て行ってしまった。俺は素敵な夫と呼ばれたことに舞い上がって色々忘れそうになった。
慌てて思考を現実に引き戻し、周りを警戒することに決めた。エリーゼは危機感が薄い。男装して過ごした時間が長いせいか、男が女にどういう感情を向けるかよく分かってない。
守ってあげたいとか、幸せにしたいとかいう気持ちと一緒に、自分でコントロールできないくらい暴力的な感情が沸くこともあるのに、そこを理解してない。
*
暴力的な感情と言えば、目下エリーゼにとって一番危険なのは俺の性欲だ。
エリーゼには、恩を返さなければなんて気持ちで抱かれてほしくない。エリーゼが俺を好きになってくれるまで手を出さないことにしたのだが、本日、結婚二日目からすでに辛い。すごく辛い。
何しろ俺たちは同じベッドで寝るのだ。同じ寝具に入っていると、体温や息遣いまで分かる。
「チャールズ」
「はい」
「なんで『はい』なの?」
エリーゼはくすくす笑った。今日1日ですっかり女っぽい話し方を身に付けたらしく、エリーゼは余計に可愛くなってしまった。
今すぐ昨日みたいに組み敷いて抱きたいのを我慢しているから肩に力が入っておかしな返事になってしまったのだ。
そんな説明はできないから、俺は黙っていた。
そしたらエリーゼが雑談を始めた。
「……やっぱり王宮は楽しいね。いろんなことが起きる」
「伯爵領は退屈だったのか?」
「あっちはあっちで楽しいけど、大体想定内のことが起きるね。関係者もいつも一緒だ。それにこっちほど、あくせく働くことは求められてない。歳を取ってのんびりしたくなったら、一緒に行くのもいいかもね。お前は実家には戻りたくないんだろ?」
俺と話しているうちに、いつもの口調に戻ってきた。
こっちの方が落ち着く。
「うん。でも俺は死ぬまで殿下のそばにいるって決めてるから、ずっと王都にいたい」
「そうだった。そうだね……死ぬまで殿下のそばか」
エリーゼはじっと天井を見つめている。
「今まで長期の任務の話をもらうと、受けるの躊躇ってたんだ。でもこれからは遠慮しなくていいんだね」
エリーゼは小さい声で呟いた。
いつ殿下の下を去ることになるか分からなかった状態では、不安になるのも仕方ないことだ。
「10年単位でも20年単位でも大丈夫だ。エリーゼならなんでもできるよ」
エリーゼは俺を見て嬉しそうに笑った。
寝具の下で、エリーゼが俺の手を握る。
「……!」
真面目な話をしているのにドキドキしてしまって落ち着かない。
「チャールズ」
「うん」
「ありがとう」
エリーゼの指が俺の指に絡んだ。
「……っ!」
これは無理だ、と思って俺はベッドから起き上がった。
「ちょっ、と……急用思い出した!先に寝てて!」
「え?どうした?何か手伝う?」
「大丈夫!すぐ戻るから。おやすみ!」
すぐ戻るとは言ったが、エリーゼが起きている間は戻れない。
流石に寝ている人間相手に手を出すほど理性を失ってはいないはずだと自分を信じて、夜が更けるまで待ってから、こっそりベッドに戻った。
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