駆け落ちした王太子様に今更戻って来られても困ります。

木山楽斗

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9.事情を知る者は

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「ウルグド殿下、念のため聞いておきますが、アザルス殿下が聖女ラルル様を連れ去るということに心当たりなどはありますか?」
「いや、ないな」
「まあ、そうですよね……」

 ウルグドの返答に、私はゆっくりと頷いた。
 心当たりがあるなら、彼はもっと早くこの状況を理解したことだろう。困惑していたことから、状況を噛み砕けていないであろうことは、予想できていた。
 しかしながら、ウルグドが知らないとなると少し参ってしまう。アザルス殿下のことは、身内である者達が一番よく知っているからだ。

「……イグルス兄上に聞いてみるとしようか」
「そうですね。それが良いのかもしれません」

 そこでウルグドは、第二王子であるイグルス殿下の名前を口にした。
 王家において、アザルス殿下と一番親しくしているのは彼であるだろう。ウルグドが知らない以上、イグルス殿下と頼るしかない。

「それなら早速イグルス兄上の元へ……」
「その必要はないぞ、ウルグド」
「え?」

 ウルグドの言葉に対して、聞き覚えがある声で返答があった。
 声が聞こえてきた方向を見ると、部屋に一人の人物が入ってきていた。それは他ならぬ、イグルス殿下である。

「イグルス兄上、どうしてこちらに?」
「アザルス兄上と聖女ラルルの件について聞いてな。それについて現在指揮を取っているお前のことを探していたのだ。丁度私の話をしていたから、少しタイミングを計らせてもらったが」
「そうでしたか……」

 長い銀髪が特徴的なイグルス殿下は、ウルグドの言葉に笑みを浮かべていた。そうやって飄々としているのが、第二王子である彼という人間だ。
 そんなイグルス殿下は、私の方に目を向けてきた。聖女の補佐として王城に来てから、彼と顔を合わせるのはこれが初めてのことだ。とりあえず挨拶しておくべきだろう。

「お久し振りです、イグルス殿下」
「ファナティア、元気そうで何よりだ。しかしなんというか、困ったことになってしまったな。君にとっては、聖女ラルルがいなくなるということは大きな問題だろう」
「王太子がいなくなったことの方が、大きな問題であるはずです。イグルス殿下の方が負担は大きいのではありませんか?」
「そうでもないさ。私にとっては、これは好機ともいえる。もちろん、望ましい展開と言う訳でもないが、最悪という程でもない」

 イグルス殿下は、どこか余裕そうであった。それに私は、驚いてしまう。今の状況は確かに最悪ではないが、充分に焦るべき状況だからだ。
 ただ、すぐに理解することができた。アザルス殿下がいなくなるということは、イグルス殿下が次期国王になる可能性が高くなるということだ。彼は意外にも野心家なので、この状況を好機と思っていてもおかしくはないのかもしれない。
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