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2.初耳の噂
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「本当にありがとうございました」
「いいえ、お気になさらないでください」
「ほら、あなたもお礼を言って」
「お姉ちゃん、ありがとう……」
大通りに出た私は、迷子がいると呼びかけた。
その結果、無事に母親が気付いてくれた。彼女も必死で、子供を探していたようだ。
「すみません、この子はまだ礼儀をわかっていなくて……」
「そんなことは気にしませんから、安心してください。坊や、もうお母さんから離れたら駄目だからね?」
「うん」
涙を浮かべていた子供は、既にあっけらかんとしている。母親と合流したことで、すっかり安心したということだろう。
それを見ていると、私も安心することができた。これで心おきなく、ムートン伯爵家の屋敷に向かうことができそうだ。
「本当にありがとうございました。ほら、いくわよ」
「うん!」
最後に一礼をしてから、子供と母親は立ち去っていった。しっかりと手を繋いでいるし、これでもうはぐれるということもないだろう。
それを見届けてから私は、踵を返す。ディオンが馬車の用意はしてくれているので、すぐに出発するとしよう。
「お優しいのですね……」
「……え?」
そんな私は、聞こえてきた声に動きを止めることになった。
声がした方向に視線を向けると、そこには私と同年代くらいの男性がいる。
その男性には、見覚えがあった。彼は確か、リヴェリオ公爵家のラナート様だ。
「ラナート様、お久し振りですね……」
「覚えていてくれましたか、フィリア嬢」
「ええ、もちろんです……というか、ラナート様の方こそ、私のことを覚えていてくれたのですね?」
ラナート様とは、貴族として何度か顔を合わせたことがある。公爵家の令息ということもあって、私は彼のことを覚えていた。
ただ、逆はおかしな話である。私は子爵家の令嬢だ。ラナート様が覚えている必要があるとは思えないのだが。
「フィリア嬢は有名ですからね」
「有名? 私がですか?」
「人助けが趣味のご令嬢として、よく耳にします。その噂に違わぬ人であるようですね。あなたは優しい人だ」
「いえ、そんな……」
ラナート様の言葉に、私は苦笑いを浮かべていた。
別に私は、優しい人なんてことはない。人を助けるのは、自分のためだ。見返りを求めている時点で、それは善意からの行動とは言えないだろう。
というか、私が噂になっているというのが初耳である。一体いつの間に、そんな噂が流れたのだろうか。
「僕はあなたのことを尊敬しますよ」
「そんなに褒めても、何も出ませんよ?」
ラナート様は、私のことを評価してくれているようだった。
しかし私は、そんなに大そうな人間ではない。全ては自分のために、やっているだけだ。
「ラナート様、すみません。私はそろそろ行かなければならなくて……」
「ああ、そうですよね。すみません、呼び止めてしまって」
「いえ、お気になさらず……それでは、失礼します」
そこで私は、思い出した。自分にはこの後、約束があるのだということを。
充分に余裕を持って家を出た訳だが、流石にそろそろ向かわないとまずい。ラナート様には悪いが、これで失礼させてもらうとしよう。
「いいえ、お気になさらないでください」
「ほら、あなたもお礼を言って」
「お姉ちゃん、ありがとう……」
大通りに出た私は、迷子がいると呼びかけた。
その結果、無事に母親が気付いてくれた。彼女も必死で、子供を探していたようだ。
「すみません、この子はまだ礼儀をわかっていなくて……」
「そんなことは気にしませんから、安心してください。坊や、もうお母さんから離れたら駄目だからね?」
「うん」
涙を浮かべていた子供は、既にあっけらかんとしている。母親と合流したことで、すっかり安心したということだろう。
それを見ていると、私も安心することができた。これで心おきなく、ムートン伯爵家の屋敷に向かうことができそうだ。
「本当にありがとうございました。ほら、いくわよ」
「うん!」
最後に一礼をしてから、子供と母親は立ち去っていった。しっかりと手を繋いでいるし、これでもうはぐれるということもないだろう。
それを見届けてから私は、踵を返す。ディオンが馬車の用意はしてくれているので、すぐに出発するとしよう。
「お優しいのですね……」
「……え?」
そんな私は、聞こえてきた声に動きを止めることになった。
声がした方向に視線を向けると、そこには私と同年代くらいの男性がいる。
その男性には、見覚えがあった。彼は確か、リヴェリオ公爵家のラナート様だ。
「ラナート様、お久し振りですね……」
「覚えていてくれましたか、フィリア嬢」
「ええ、もちろんです……というか、ラナート様の方こそ、私のことを覚えていてくれたのですね?」
ラナート様とは、貴族として何度か顔を合わせたことがある。公爵家の令息ということもあって、私は彼のことを覚えていた。
ただ、逆はおかしな話である。私は子爵家の令嬢だ。ラナート様が覚えている必要があるとは思えないのだが。
「フィリア嬢は有名ですからね」
「有名? 私がですか?」
「人助けが趣味のご令嬢として、よく耳にします。その噂に違わぬ人であるようですね。あなたは優しい人だ」
「いえ、そんな……」
ラナート様の言葉に、私は苦笑いを浮かべていた。
別に私は、優しい人なんてことはない。人を助けるのは、自分のためだ。見返りを求めている時点で、それは善意からの行動とは言えないだろう。
というか、私が噂になっているというのが初耳である。一体いつの間に、そんな噂が流れたのだろうか。
「僕はあなたのことを尊敬しますよ」
「そんなに褒めても、何も出ませんよ?」
ラナート様は、私のことを評価してくれているようだった。
しかし私は、そんなに大そうな人間ではない。全ては自分のために、やっているだけだ。
「ラナート様、すみません。私はそろそろ行かなければならなくて……」
「ああ、そうですよね。すみません、呼び止めてしまって」
「いえ、お気になさらず……それでは、失礼します」
そこで私は、思い出した。自分にはこの後、約束があるのだということを。
充分に余裕を持って家を出た訳だが、流石にそろそろ向かわないとまずい。ラナート様には悪いが、これで失礼させてもらうとしよう。
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(他「エブリスタ」様に投稿)
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