最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』

一章-5

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   5

 食事が終わってから、俺は厨房馬車に戻った。いつもの如く、護衛兵の一部を除いて宿に泊まらせている。ただ、いつもは俺と一緒に馬車に残るフレディは、エリーさんたちの護衛のために宿に泊まらせている。
 俺がいつものように〈舌打ちソナー〉をしながら、周囲の警戒をしていた。
 油が勿体ないから、ランプは点けていない。火事の危険性を防ぐため、蝋燭は厳禁だ。ほとんど視界の利かない、真っ暗闇の厨房馬車の中で一人、壁に凭れながら〈舌打ちソナー〉を続けていると、小柄な影が隊商の馬車列に近づいて来るのを感知した。
 俺は横に置いてあった長剣を手に取ると、そっと厨房馬車のドアへと近づいた。
 息を殺して外の様子を伺っていると、影は厨房馬車に近づいて来た。ドアを開けたら、速攻で《力》を放って昏倒させてから、拘束。物盗りだったら、衛兵に突き出して――なんて考えていたら、ドアが軽くノックされた。


「……厚使くん」


 厚使というのは、俺の前世での名前だ。このことを知ってるのは、この世界ではただ一人。この少し寂しげな声の主だけだ。


「アリオナさん……入る?」


「うん」


「あ、でも少し待って――」


 俺は〈舌打ちソナー〉を使いながらランプの場所を探ると、小さく火を灯した。
 それからドアを開けると、俯き加減のアリオナさんが立っていた。愁いを帯びているような表情に、少しばかりドキドキと心像が高鳴りながら、中へと促した。
 毛皮を床に敷いてアリオナさんを座らせると、俺はその正面に腰を降ろした。


「アリオナさん、どうし――」


「今は、前世の名前で呼んで欲しいの」


「えっと……そうなの? それじゃその……板林さ」


「下の名前」


 言い終える前に、訂正を求められてしまった。
 起こっている様子はないけど、どこか有無を言わせない気配を漂わせていて、とてもじゃないが逆らえそうにない。
 俺は普段からアリオナさんのことは、名前を呼んでいる。でも、それはこの世界の慣習というか、そういう文化だからだ。
 前世の名前となると、少し勝手が異なる。
辛うじて〈舌打ちソナー〉を続けていられているのは、奇跡に近い。俺は血液が逆流してるんじゃないかと思えるほど、顔を赤くした。


「えっと……精香さん」


「呼び捨てがいい」


 この訴えに、俺は言葉を詰まらせてしまった。だって、普段でも呼び捨てになんかしていないんだ。それなのに、いきなり前世の名前、しかも呼び捨てで呼んで欲しいとか。
 いくらなんでも――俺はアリオナさんの様子が、少しおかしいと気付いた。
 一体どうしてと思っていると、アリオナさんが上目遣いに俺を見上げげてきた。


「だって……安心、したいの」


「安心?」


 アリオナさんを不安にさせたこと――少しだけ考えて、俺は旅籠屋でエリーさんと喋っていたときのことを思い出した。
 フィーンさんが去ってから、俺とエリーさんは二人っきりで喋っていた。それを見て、嫉妬……させてしまったってことらしい。
 俺は少しの気まずさと、嫉妬してくれたことへの嬉しさを覚えながら、そっとアリオナさんの肩を抱いた。


「ごめんね。不安にさせたみたいで」


「そうだよ……あんなの見せられたら、寂しくて、息苦しくなるんだから」


 アリオナさんは、少しふて腐れた口調になっていた。


「借金のこととか気にして、あたしを気遣ってくれるのは優しいと思うよ? でも……なにもしてくれないのは、不安なの」


 アリオナさんは潤んだ瞳で、俺を見上げた。
 これは……これは、だ。きっとこれってのをして欲しいとか、これこれこういうことを言って欲しいとか、そういう感じのやつだ。
 ああ、いかん。ちょっと混乱してしまった。
 俺が少し身体を引き寄せると、アリオナさんは……目を閉じた。キスは……前に、一度だけやってもらったことがある。
 俺からしていない時点で、お察しなところもあるけど、一応は経験済み。

 ――ということは、いいの、かな? 怒られないよね?

 俺は〈舌打ちソナー〉をしてから、アリオナさんに顔を近づけ――ようとした。
 そのとき、〈舌打ちソナー〉が馬車列に近づく三人の影を感知した。


「……誰か来る」


「え? エリー……さん、とか?」


「違うよ。三人で、忍び足で来ている」


 今までのラブコメ波動から一転、一気に緊張が走った。盗人か賊か、刺客か――どちらにせよ、ただでは済みそうにない。
 長剣に手を伸ばそうとしたけど、アリオナさんは俺を離してくれなかった。
 戸惑っていると、アリオナさんは目を細くした。


「まずは、さっきの続き。それをしてくれたら、あたしも頑張るから」


「そういう、取り引き的な行為って好きじゃいんだよ……」


 俺は軽く唇を重ねてから、アリオナさんの頭を撫でた。
 自分の顔の熱さから、かなり真っ赤になっているはずだ。俺は身体を離したあと、まだ顔を赤くしたままで、改めて長剣を手にした。


「えっと、その、アリオナさんは、ここで待ってて。すぐに戻ってくるから」


「ううん。あたし、クラネスくんを手伝いたい」


 俺から離れたアリオナさんは、両手の拳を固く握り締めた。
 アリオナさんの両拳からギリギリと、なにかが鳴る音が聞こえてきた。これ、普通の人では鳴らないやつじゃないかな……その、腕力的な意味で。
 三人分の影は、まだ隊商の馬車列に到達していない。物陰から、護衛兵の様子を注視しているようだ。
 俺はアリオナさんと、そっと厨房馬車から出た。位置的に、まだ彼らから死角だ。護衛兵しかいないと思っているなら、そこに付け入る隙がある。
 俺はアリオナさんに指で合図を送りながら、〈舌打ちソナー〉で影の様子を監視し続けた。
 護衛兵が交代する時間なのか、影に近い護衛兵が仲間の元へ移動した。
 影たちは、意識が逸れた瞬間に馬車列へと駆け寄ってきた。馬車の下に潜った影たちは、馬車の下を移動し始めた。
 三人は、エリーさんの馬車の下で停まった。馬車の下から、護衛兵たちの動きを警戒しているような動きだった。
 どうやら、馬車の中に入ろうとしているらしい。なにをするつもりかは知らないが、これは止めたほうが得策だ。
 俺はアリオナさんと頷き合ってから、素早く移動した。
 馬車の車輪に隠れながら、俺たちは三人組に近づいた。三人のうちの一人が、御者台へと手を伸ばした。
 そんな彼らに対し、俺は長剣の柄を指で弾きながら、威力を制御した《力》を放った。


「――っ!!」


 三人組は鼓膜が破れそうなほどに大きな、金属音に襲われたはずだ。両手で耳を塞ぎながらも、馬車の下からは動かない。
 俺は連続で、さっきと同じ《力》を放った。四回目にして、三人は堪らずに馬車の下から這いだした。


「賊だ!」


 俺の声に、護衛兵たちが一斉に反応した。
 這い出た影たちは、全員が黒装束だ。骨格からして男らしいが、武器と言えるものは腰の短剣しか見えない。
 逃げだそうとする先に、俺は廻り込んだ。長剣を抜き払って行く手を遮ると、蹌踉けながらも短剣を抜いてきた。
 先頭の男の短剣を弾いた直後に、左右から残りの二人が斬りかかってきた。三半規管に衝撃を受けて朦朧としているはずなのに、連携までしてくるというのは、かなり訓練を受けた相手のようだ。
 だけど……周囲の様子を感じ取るのは、難しいらしい。
 背後からの足音に、気付かなかったらしい。


「やああああっ!」


 右の男の背後から、アリオナさんが背中を蹴りつけた。バキッという、なにか――多分、肋骨だと思う――が折れる音がして、男は二つ向こうの馬車まで吹っ飛んだ。
 護衛兵の一人がその男に長剣を突き立てる。
 だけど、左側の男は仲間が吹っ飛んだことに一瞬だけ動きを止めたが、すぐに意識を俺へと戻した。


「――っそ!」


 後ろに跳んで短剣を避けたけど、今度は最初の男が迫って来た。
 短剣が振り下ろされ――る直前に、男の動きが止まった。覆面から見える目が、いきなりぐるん、と白目を剥いた。
 なにかは知らないが――俺は残る左の男へと斬りかかった。男は短剣を振り上げて防ごうとしたが、無駄だ。
 勢いの乗った長剣は短剣を弾き飛ばし、そのまま男の右腕を切断した。


「うわああああああっ!」


 男の悲鳴が、町中に響き渡った。
 腕を押さえて蹲る男の首を蹴りつけ、地面に倒した。


「男たちを縛り上げて! それから、一人は衛兵を呼んできて下さい」


 護衛兵に指示を出したあと、大きく息を吐いた俺に、長剣を抜いたままのクレイシーが「よお」と声をかけてきた。


「長なんだから、一人でやろうとすんなよ」


「クレイシーさん。あ、いきなり気絶した一人は、あなたですか?」


「おう。ちょっとなんだ……《力》? あれの威力を調節したんだよ。それより、身体検査をしたほうがいいんじゃねぇか?」


「それは、衛兵たちの前でやりましょう」


 少しして、護衛兵が衛兵たちを連れてきた。
 俺たちは衛兵に引き渡す前に、男たちの素顔と所有物を確認した。男たちは無精髭を生やした、なんの特徴もない――ようするに、平凡な――顔立ちだった。
 問題だったのは、所有物のほうだ。
 男の一人が持っていたのは、御禁制の品だった。
 革袋に収められた真っ黒な種は、それ自体が麻薬だ。どうしてこんなもの――と思ったところで、ハッと気付いた。
 男たちは、エリーさんの馬車に忍び込もうとしていた。
 可能性としては、二つ。
 エリーさんを攫おう、もしくは暗殺しようとした。
 そしてもう一つは、エリーさんが御禁制の品を持っていると密告するためだ。衛兵たちが馬車を探したときに、御禁制の品があれば、間違いなく監獄行きだ。
 誰かを暗殺するには、かなり有効な手だろう。なにせ、自分たちの手を汚さずに、『合法』的に排除できる。拷問か地下牢での獄死か――その運命は、ほぼ決まっているだろう。

 ……ウータムで俺たちを襲って来たヤツの仲間か?

 もちろん、これは推測だけど……ほぼ、間違ってない気がする。
 どこかで誰かに、見張られているのかもしれない。男たちが衛兵たちに連れ去られたあと、俺は灯りの無い町並みをジッと見つめていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ちょっとだけイチャコラしましたね――な回です。

正直、中世期程度の世界観であれば、麻薬が御禁制というのは微妙なんですが……まあ、いいかなと。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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