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二章-4
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翌日の朝となり、俺たちは早々に出発の準備を始めていた。
今朝は商人たちの買い付けくらいしか、やることがない。しかしそれは逆に、次の目的地が少々遠いことを意味するわけで。
俺も含めて急いで買い出しを終えると、すぐにガーブを出立した。
俺たち《カーターの隊商》は、西南へと伸びる街道を進み始めた。このまま進むと、コールナンという名の領地に入る。
目的地は、その西北端にある領主街コールタだ。
領主街とあって街の規模は、かなり大きい。それだけ売り上げや、他の交易商人との商売が期待できる。
問題なのは、先述したが距離が遠いということだ。
ガーブから領主街コールタまでは、二つほど大きな山を越える必要がある。そのため今から出発をしても、到着できるのは明日の昼過ぎだ。
途中に宿場町や村がないため、今日はどうしても野宿になる。
野宿に適した場所に行くためにも、どうしても急いで出発する必要があったわけだ。
空気に湿気はないけれど、空は曇り模様だ。まだ夏期だから寒くはないけど、日差しがないのは、どこか人を不安にさせる。
ガーブの近郊から離れるまで、俺は厨房馬車の手綱をユタさんに任せていた。そのあいだ、俺は仮眠をとっていた。
なにせ夜中は寝ずの番だったから……仮眠くらいとっておきたかったんだ。
俺が起きたのは、昼食のために馬車列が停止したときだった。身体を揺すられて目が覚めた俺が目を開けると、目の前にアリオナさんがいた。
「クラネスくん、起きた?」
「あ……うん。おはよ……」
「おはよって……もう正午か、それに近い時間なんじゃないかな? ユタ……さん、だっけ。女の人が、食事の準備をしてるもの」
「あ……そっか」
俺は欠伸をしながら起きあがると、くるまっていた毛布を足元に追いやった。
アリオナさんと停止している馬車を降りたとき、焼ける干し肉の香りが漂ってきた。隊商が休憩しているのは、川辺に近い林の外れだ。
生い茂る木々が屋根代わりになるから、ここを休憩場所にしたのは、雨を警戒してのことだと思う。
円を描くように馬車を並べた中で、商人たちは思い思いに腰を降ろしていた。外縁の一つとなった厨房馬車の近くで、焚き火前にいたユタさんが忙しく働いているのが見えた。
「クラネス君! 起きたんなら手伝って頂戴っ!」
一人で昼食の準備をしていたユタさんが、俺を振り返った。
どうやら昼は、焼いてあったパンと火で炙った干し肉、それに乾酪のようだ。質素に見える食事内容だけど、移動中の昼飯なんて、こんなものだ。
俺は火で炙った乾酪を垂らしたパンを、木製の皿の上に置いていく。その皿に、ユタさんが炙った干し肉を添えていく。
こうして出来た昼食を、アリオナさんが降ろした木箱の上に置いていった。
「皆さん、食事をどうぞ!」
ユタさんが大声で皆を呼ぶと、商人や傭兵たちが順にやってきた。
食事の準備が終わりかけたころ、一枚の羊皮紙を持ったフレディがやってきた。
「若、少しよろしいですか?」
「どうしたの?」
「今日の野営地についての相談なんですが。こちらをご覧下さい」
地面の上に地図を広げたフレディは、街道の先にある一点を指先で叩いた。
「今の進み具合ですと、この辺りが野宿に良さそうです。ただ山間の原っぱになりますから、若の助力が必要になりそうです」
「ああ、そういうこと」
要するに、俺の〈舌打ちソナー〉の助けが必要らしい。
周囲に遮るものがないという状況は、どこからでも襲撃を受ける可能性があるってことなんだ。だから、事前に襲撃者が来る方角がわかれば、警戒と護りに余裕ができる。
徹夜が続いてしまうけど、こればかりは仕方が無いと思って、諦めるしか――しか、ないかぁ……。
うう……たまには、ゆっくり寝たいよ。
頭の中で泣き言を喚きつつ、俺は努めて冷静に頷いた。
「じゃあ、そこで決めてしまおうか。悩みながら移動するより目的地があったほうが、野営の準備をする時間ができるしね」
「わかりました。皆には、その旨を伝えておきます」
「うん。お願いします」
俺の承諾を得て、フレディは地図を手に護衛や商人たちのあいだを回り始めた。
原っぱ、山の合間……狼や熊だけでなく、山賊や傭兵崩れの強盗あたりが、襲ってくる可能性があるのか。
定石通りに馬車で外縁を作って、護衛の傭兵たちに周囲の警戒……と、そこまで考えたところで、俺の脳裏にイヤな予感が走った。
最悪の結果を招く前に、対策を練っておく必要があるかも。
「クラネスくん、お昼御飯を食べないの?」
「え? ああ、ごめんね。食べる食べる」
一人で悩んでいた俺を心配してくれたのか、アリオナさんがパンや干し肉が並んだ皿を持って来てくれた。
俺はアリオナさんに微笑みながら、皿を受け取った。
「あ――旨っ」
「あ、自画自賛してる?」
「いや、そういうつもりじゃないんだけどね。腹が減ってるから、なんでも美味しいというか――」
なんで俺は、自分の発言に対する言い訳をしてるんだろう?
アリオナさんの笑顔を眺めていた俺は、だんだんと胸の奥が熱くなっていった。
*
自分の馬車の横で、アーウンは昼食を食べていた。
伸びてきた無精髭を手でなぞっていると、仲の良い商人が三人ほど近寄って来た。
「アーウン……」
「どうした?」
顔を上げたアーウンに、小太りの商人が顎で馬車列の前方を示した。
そこでは昼食を食べるクラネスが、アリオナと談笑していた。出会って数日だというのに、まるで昔からの知り合いのように、二人は親しげだ。
実際、前世では同級生だったわけだが――それはアーウンらにはわからないことだ。
初老の商人が、フンと鼻を鳴らした。
「長殿は、憑き者を情婦にでもするつもりなのかね?」
「オノウ――流石にそれは、言い過ぎというものだ」
アーウンは初老の商人を窘めると、残っていた干し肉を一口にした。
無言で咀嚼をしてると、アリオナに商人夫婦が手を振っているのを見た。荒くれの三人組に絡まれたのを、アリオナに救われた二人だ。
女性陣も、アリオナに好意的だ。
「……気に入らんな」
アーウンの呟きに、三人の商人がバラバラに頷いた。
「……憑き者は、唾棄される存在だ。そんなヤツと親しくする奴らも、仲間――いや、それ以上の関係になろうとしている長も、気に入らん。あんなヤツが側にいたら、我々に災いが降りかかるかもしれん。そうなったら、長はどう責任をとるつもりなのだろうな」
「長と言っても、まだ若い。こうした判断力は、やはり劣るのかもしれない」
アーウンと年の近い中肉中背の商人が、首を左右に振りながら嘆息した。ブラウンの目を向けられ、アーウンは小さく手を挙げた。
「おまえの言うことは、間違っていないと思う。これは――少々、お仕置きが必要かもしれんな」
「だからと言って、どうする? 下手に手を出せば、我々の立場が危ういぞ」
「そうだな……」
三人の商人仲間を見回しながら、アーウンは指についた肉の脂を嘗めた。
しばらく思案に暮れていたところで、フレディが近づいて来た。フレディは簡単に、野営場所の説明をした。
「わかりました。そのつもりで準備をしておきます」
「ええ。頼みます」
フレディが次の商人たちに野営場所の説明に向かうと、アーウンの目が鋭く光った。
「……長に教育をしてやろうじゃないか。いい手を思いついたぞ」
「本当か? それはどういう……」
初老の商人の問いを制すように、アーウンは片手を小さく挙げた。
「まあ、任せておけ。おまえたちは、俺に同調さえしてくれればいい」
アーウンは三人の商人たちに自分たちの馬車へ戻るよう促すと、アリオナと談笑しているクラネスへと目を向けた。
(長さんよ……あんたに隊商を任せるのは、まだ早いようだ)
右手で無精髭の生えた顎を擦っているアーウンの口に、ずる賢い笑みが浮かんだ。
(《アーウンの隊商》――悪くない響きだな)
思わす笑いそうになるのを堪えながら、アーウンは隊商を指揮する自分の姿に、しばし酔いしれていた。
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