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二章ー3
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前の村を出てから、二日後の朝。
俺たちはガーブという少し大きな街で、商売を始めていた。
「さあ! あたしと力勝負をする人はいませんか!? 一回、二コパですよ! 見物をする人は、お供にカーターサンドをどうぞ!」
アリオナさんの声が、厨房馬車まで聞こえてきた。
時折、歓声らしき声が聞こえてくる。あっちはそこそこ、盛り上がっているようだから、暴漢の問題はないだろう。問題はスリとか、そっちだが……そこはフレディがしっかりと見張ってくれているはずだ。
俺はといえば、多忙を極めていた。
力自慢の少女による宣伝は十二分に効果があるみたいで、普段よりも客入りが多かった。
おかげで接客と調理に大忙しだった。
ユタさんが協力してくれているおかげで、なんとか客を捌けている。フレディからの経過報告では、どの商人たちも商売は順調のようだ。
昼前になって商売が一段落すると、俺たちは移動の準備を始めた。
「ユタさん、洗い物をお願いします」
商人たちが昼食を食べに行く前に、隊商の長としての仕事がある。
俺は売り上げを確認するために、商人たちの馬車や荷車を巡り始めた。売り上げの入った革袋と、金額をメモした羊皮紙を受け取ると、俺は肩から斜めがけした袋に入れていく。
三台目の馬車の集金を終えたとき、アリオナさんが駆け寄って来た。
「クラネスくん、これ集金するんでしょ?」
そう言って、手の平よりも大きく膨らんだ革袋を差し出してきた。
「……これはまた、凄く稼いだね」
「うん! 挑戦者が多くって、少し肘が痛くなっちゃった」
受け取った革袋は、思わず落としそうになるくらい重かった。持った感じ、先に回収した二人の商人よりも稼いだみたいだ。
なるべくそっと袋に入れたけど……うう、重みで肩が痛い。
「今日は、何人と対戦したの?」
「んーっと、六〇人くらい?」
一人二コパと換算して、一二〇コパ。銀貨に換算すると、一枚と二コパになる。金貨である一ゴパは、銀貨一〇枚……一〇シパだ。
約半日で銀貨一以上というのは、下手な農産物を売るよりも効率がいい。
稼ぎだけでいったら、俺とほぼ同額……か。しかも材料費などがないから、実際の利益だけ考えれば、アリオナさんのほうが上だ。
……なんか俺、立場がないなぁ。
俺が少し落ち込んでいると、アリオナさんは両手を後ろ手に組みながら微笑んだ。
「ねぇ、クラネスくん。強引に雇ってもらったんだし、あたしは給料とかいらないよ? この前の分だって、返してもいいし……」
「いや。そんなブラック企業みたいなこと、しないから。働いた分の給料は、ちゃんと払うよ。っていうか、うちは諸経費以外は受け取ってないからね」
護衛費と各種の税金、食費――それらを、俺を含めた商人たちで分割している。だから売り上げの大半は、商人たちの取り分だ。
隊商の長としての取り分すら受け取っていないけど、それは善意ってわけじゃない。俺にとって隊商の長という立場は、厨房馬車で商売を行うついでみたいなものだからだ。
だから自分の取り分は、自分の手で稼ぐ。商売人として、それが最低限の矜持だと思っている。
「服とか日用品なんかは、自分で買わなきゃなんだし。お金は必要だよ」
「あ……うん。そうかもしれないけど……ね」
ちゃんとした説明をしただけのつもりなんだけど……アリオナさんはどこか不満げだ。
これはちょっと……理由がわからない。女の子の気持ちは複雑怪奇って、前世から思ってはいたけれど。
どうでもいい女の子なら、こんなに悩まないんだけど……一緒に過ごし初めて数日しか経っていないのに、こんな気持ちになるなんて。
前世でも恋愛どころか、初恋の経験すらなかったんだ。だからこういうとき、どうすればいいか、まったくわからない。
俺が悩んでいると、横から軽快な男の声が聞こえてきた。
「おおっ! いたいた。あの子だぜ」
振り返ると鎖帷子に籠手、脛当てという剣士風の青年が、数人の仲間らしきものを引き連れてきた。
金髪で青い目の青年は、短く切り揃えた髪を軽く撫でたあと、俺の存在に気付いた。
「……なんで、おまえがいるんだよ?」
「いやだって。俺の隊商ですし」
俺が答えると、青年――冒険者のアランはフンと鼻を鳴らした。
「その子――おまえの隊商に参加した、旅芸人かなにかか?」
「違います。うちで雇っている用心棒兼――お手伝いさんです。腕相撲は、おまけですよ」
「はぁ? なんだそりゃ。あの腕力を無駄にしてねぇか?」
アランは俺からアリオナさんい視線を移すと、さわやかな笑みを浮かべた。
「さっきの勝負、俺の完敗だったぜ。その腕力、女の子にしては大したもんだ。こんな隊商で無駄遣いするこたぁねぇ。俺たちと一緒に、自由な冒険へ行かないか?」
アランは露骨に勧誘してきたが、アリオナさんには聞こえていない。
きょとん、とするアリオナさんに、俺はアランの台詞をそのまま伝えた。
「えっと……ごめんなさい。そういうのに興味がないので……それに、クラネスくんがいないと、他の人と会話ができませんから」
ごめんなさい――と謝るアリオナさんに、アランは渋い顔をした。
「なんだよ。クラネスと同じようなことを言いやがって……って、俺の言葉は聞こえてねぇのか、これ」
「そうですね」
「ったく……揃って向上心に欠けるやつらだぜ」
アランは頭を乱暴に掻きながら、盛大な溜息を吐いた。
「やってられねぇぜ」と吐き捨てながら踵を返すと、アランは立ち去っていった。そのあとに続いて、アランと同じく剣士のグラガン、神官のチューイ、そして女性の魔術師であるマリーが、順に俺たちを振り返りながら去って行く。
最後尾で申し訳なさそうに手を振るマリーに、俺が肩を竦めてみせた。アリオナさんは怪訝そうに、俺の顔を見上げた。
「……知り合いなの?」
「ずっと前に、警備で雇ったことのある冒険者だよ。俺の力を見て、勧誘が煩くってね……それっきり、護衛に冒険者は雇ってない」
「あらら。確かに、クラネスくんの力は、魅力的かもね」
「アリオナさんの腕力もね。まったく……厄介な人たちに見つかっちゃったかな? なんにもないとは思うけど……っと、仕事を続けなきゃ」
俺が歩き出すと、アリオナさんも付いてきた。
不思議そうに振り返ると、しれっとした顔で答えた。
「お手伝いができそうな馬車も探したいから」
そう言われると、断る理由なんかない。
二人で集金をしていると、商人たちの奥さんが対応してくれることが増えた。商人たちは荷物の片付けを行うフリをして、俺たちから距離を取った。
「ああ、仕方の無い人でごめんよ。気にしないでおくれ、長さん」
「ええ、大丈夫ですよ。それより、片付けで手伝えることがあれば、遠慮無く言ってやって下さい。アリオナさんも、そのほうが喜びます」
「ああ、そうだね――うん。少ししたら、頼むことにするよ。預かっている、あの木の札を振ればいいんだろ?」
「はい。そのときは、お願いします」
四台目の馬車から離れた俺とアリオナさんは、アーウンさんの馬車へとやってきた。
一人で片付けをしていたアーウンさんは、俺とアリオナさんを交互に見ると、無言で馬車の中へと入っていった。
持って来た革袋と羊皮紙を差し出すと、アーウンさんは俺たちを睨みながら、馬車の中へと入ってしまった。
どこか気落ちしたようなアリオナさんが、上目遣いで俺を見た。
「……なんか、ごめんね。あたしのせいで、クラネスくんまで嫌われちゃってるみたいで」
「いや……それより、ちょっとなぁ」
俺はアリオナさんと、アーウンさんの馬車から離れた。
あの目――怒りだけじゃない。なにかを狙っているかのような、まるで殺気でも込められたかのような憎悪が、そこにあった。
これは、ちょっと身内にも警戒する必要があるかな……?
アリオナさんの隣を歩きながら、しばらくは寝不足で悩みそうだと、俺は本気で悩み初めていた。
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