最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
11 / 113

二章ー3

しおりを挟む

   3

 前の村を出てから、二日後の朝。
 俺たちはガーブという少し大きな街で、商売を始めていた。


「さあ! あたしと力勝負をする人はいませんか!? 一回、二コパですよ! 見物をする人は、お供にカーターサンドをどうぞ!」


 アリオナさんの声が、厨房馬車まで聞こえてきた。
 時折、歓声らしき声が聞こえてくる。あっちはそこそこ、盛り上がっているようだから、暴漢の問題はないだろう。問題はスリとか、そっちだが……そこはフレディがしっかりと見張ってくれているはずだ。
 俺はといえば、多忙を極めていた。
 力自慢の少女による宣伝は十二分に効果があるみたいで、普段よりも客入りが多かった。
 おかげで接客と調理に大忙しだった。
 ユタさんが協力してくれているおかげで、なんとか客を捌けている。フレディからの経過報告では、どの商人たちも商売は順調のようだ。
 昼前になって商売が一段落すると、俺たちは移動の準備を始めた。


「ユタさん、洗い物をお願いします」


 商人たちが昼食を食べに行く前に、隊商の長としての仕事がある。
 俺は売り上げを確認するために、商人たちの馬車や荷車を巡り始めた。売り上げの入った革袋と、金額をメモした羊皮紙を受け取ると、俺は肩から斜めがけした袋に入れていく。
 三台目の馬車の集金を終えたとき、アリオナさんが駆け寄って来た。


「クラネスくん、これ集金するんでしょ?」


 そう言って、手の平よりも大きく膨らんだ革袋を差し出してきた。


「……これはまた、凄く稼いだね」


「うん! 挑戦者が多くって、少し肘が痛くなっちゃった」


 受け取った革袋は、思わず落としそうになるくらい重かった。持った感じ、先に回収した二人の商人よりも稼いだみたいだ。

 なるべくそっと袋に入れたけど……うう、重みで肩が痛い。


「今日は、何人と対戦したの?」


「んーっと、六〇人くらい?」


 一人二コパと換算して、一二〇コパ。銀貨に換算すると、一枚と二コパになる。金貨である一ゴパは、銀貨一〇枚……一〇シパだ。
 約半日で銀貨一以上というのは、下手な農産物を売るよりも効率がいい。
 稼ぎだけでいったら、俺とほぼ同額……か。しかも材料費などがないから、実際の利益だけ考えれば、アリオナさんのほうが上だ。

 ……なんか俺、立場がないなぁ。


 俺が少し落ち込んでいると、アリオナさんは両手を後ろ手に組みながら微笑んだ。


「ねぇ、クラネスくん。強引に雇ってもらったんだし、あたしは給料とかいらないよ? この前の分だって、返してもいいし……」


「いや。そんなブラック企業みたいなこと、しないから。働いた分の給料は、ちゃんと払うよ。っていうか、うちは諸経費以外は受け取ってないからね」


 護衛費と各種の税金、食費――それらを、俺を含めた商人たちで分割している。だから売り上げの大半は、商人たちの取り分だ。
 隊商の長としての取り分すら受け取っていないけど、それは善意ってわけじゃない。俺にとって隊商の長という立場は、厨房馬車で商売を行うついでみたいなものだからだ。
 だから自分の取り分は、自分の手で稼ぐ。商売人として、それが最低限の矜持だと思っている。


「服とか日用品なんかは、自分で買わなきゃなんだし。お金は必要だよ」


「あ……うん。そうかもしれないけど……ね」


 ちゃんとした説明をしただけのつもりなんだけど……アリオナさんはどこか不満げだ。
 これはちょっと……理由がわからない。女の子の気持ちは複雑怪奇って、前世から思ってはいたけれど。
 どうでもいい女の子なら、こんなに悩まないんだけど……一緒に過ごし初めて数日しか経っていないのに、こんな気持ちになるなんて。
 前世でも恋愛どころか、初恋の経験すらなかったんだ。だからこういうとき、どうすればいいか、まったくわからない。
 俺が悩んでいると、横から軽快な男の声が聞こえてきた。


「おおっ! いたいた。あの子だぜ」


 振り返ると鎖帷子に籠手、脛当てという剣士風の青年が、数人の仲間らしきものを引き連れてきた。
 金髪で青い目の青年は、短く切り揃えた髪を軽く撫でたあと、俺の存在に気付いた。


「……なんで、おまえがいるんだよ?」


「いやだって。俺の隊商ですし」


 俺が答えると、青年――冒険者のアランはフンと鼻を鳴らした。


「その子――おまえの隊商に参加した、旅芸人かなにかか?」


「違います。うちで雇っている用心棒兼――お手伝いさんです。腕相撲は、おまけですよ」


「はぁ? なんだそりゃ。あの腕力を無駄にしてねぇか?」


 アランは俺からアリオナさんい視線を移すと、さわやかな笑みを浮かべた。


「さっきの勝負、俺の完敗だったぜ。その腕力、女の子にしては大したもんだ。こんな隊商で無駄遣いするこたぁねぇ。俺たちと一緒に、自由な冒険へ行かないか?」


 アランは露骨に勧誘してきたが、アリオナさんには聞こえていない。
 きょとん、とするアリオナさんに、俺はアランの台詞をそのまま伝えた。


「えっと……ごめんなさい。そういうのに興味がないので……それに、クラネスくんがいないと、他の人と会話ができませんから」


 ごめんなさい――と謝るアリオナさんに、アランは渋い顔をした。


「なんだよ。クラネスと同じようなことを言いやがって……って、俺の言葉は聞こえてねぇのか、これ」


「そうですね」


「ったく……揃って向上心に欠けるやつらだぜ」


 アランは頭を乱暴に掻きながら、盛大な溜息を吐いた。
「やってられねぇぜ」と吐き捨てながら踵を返すと、アランは立ち去っていった。そのあとに続いて、アランと同じく剣士のグラガン、神官のチューイ、そして女性の魔術師であるマリーが、順に俺たちを振り返りながら去って行く。
 最後尾で申し訳なさそうに手を振るマリーに、俺が肩を竦めてみせた。アリオナさんは怪訝そうに、俺の顔を見上げた。


「……知り合いなの?」


「ずっと前に、警備で雇ったことのある冒険者だよ。俺の力を見て、勧誘が煩くってね……それっきり、護衛に冒険者は雇ってない」


「あらら。確かに、クラネスくんの力は、魅力的かもね」


「アリオナさんの腕力もね。まったく……厄介な人たちに見つかっちゃったかな? なんにもないとは思うけど……っと、仕事を続けなきゃ」


 俺が歩き出すと、アリオナさんも付いてきた。
 不思議そうに振り返ると、しれっとした顔で答えた。


「お手伝いができそうな馬車も探したいから」


 そう言われると、断る理由なんかない。
 二人で集金をしていると、商人たちの奥さんが対応してくれることが増えた。商人たちは荷物の片付けを行うフリをして、俺たちから距離を取った。


「ああ、仕方の無い人でごめんよ。気にしないでおくれ、長さん」


「ええ、大丈夫ですよ。それより、片付けで手伝えることがあれば、遠慮無く言ってやって下さい。アリオナさんも、そのほうが喜びます」


「ああ、そうだね――うん。少ししたら、頼むことにするよ。預かっている、あの木の札を振ればいいんだろ?」


「はい。そのときは、お願いします」


 四台目の馬車から離れた俺とアリオナさんは、アーウンさんの馬車へとやってきた。
 一人で片付けをしていたアーウンさんは、俺とアリオナさんを交互に見ると、無言で馬車の中へと入っていった。
 持って来た革袋と羊皮紙を差し出すと、アーウンさんは俺たちを睨みながら、馬車の中へと入ってしまった。
 どこか気落ちしたようなアリオナさんが、上目遣いで俺を見た。


「……なんか、ごめんね。あたしのせいで、クラネスくんまで嫌われちゃってるみたいで」


「いや……それより、ちょっとなぁ」


 俺はアリオナさんと、アーウンさんの馬車から離れた。
 あの目――怒りだけじゃない。なにかを狙っているかのような、まるで殺気でも込められたかのような憎悪が、そこにあった。
 これは、ちょっと身内にも警戒する必要があるかな……?
 アリオナさんの隣を歩きながら、しばらくは寝不足で悩みそうだと、俺は本気で悩み初めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う

シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。 当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。 そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。 その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚

熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。 しかし職業は最強!? 自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!? ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...