50 / 112
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
三章-2
しおりを挟む2
日が傾きかけたころに街へと戻った俺たちは、早めの食事を摂ることにした。
具材が乏しいから、干し肉と粉末状のマスタードをパンに挟んだものしか作れないけど、それでも配給の食事よりはマシなようで、アリオナさんやメリィさんだけでなく、何故か傭兵のクレイシーまでもが、手製のサンドを食べている。
「それじゃあ、また夜に」
簡単サンドを頬張りながら、クレイシーは去って行った。
くそ……なんか、無銭飲食された気分。
マルドーもエリーさんの猫、マースから抜け出し、どこかへ行ってしまった。
調査のこととか話し合いをするのが定石なんだろうけど、今は好都合だ。マルドーがいると、できない話があるからだ。
簡単サンドを食べながら、俺たちは厨房馬車の脇で車座になった。調査のことについての話し合いで、俺はフミンキーと名乗る〝声〟が告げた内容を皆に伝えた。
「マルドーが、死霊術師……?」
メリィさんが絶句したあと、エリーさんは黙ってしまった。その一方で、アリオナさんやフレディは、死霊術師という単語を聞いて、顔に嫌悪感を滲ませていた。
「ねえ、クラネスくん。やっぱり、あたしたちは騙されていた……のかな?」
「そう考えるのは、早計だけどね。まだ情報が少ないし……どっちが正しいか結論なんか、出せないよ」
これはアリオナさんへの返答だったけど、エリーさんが先に口を開いた。
「ええ、わたくしも同意見です。マルドーさんが死霊術師かどうか、それだけでも確かめたいですわね。わたくしたちが騙されているかどうかも、そこで明るみになるでしょうから」
「でも、お嬢様。彼が素直に教えてくれるとは、とても思えません。こちらから先手を打つべきです」
「焦ってはだめよ、メリィ。遺跡の声が、嘘を言っているかもしえないのに。早まってマルドーさんを斃してしまったら、それこそ敵の思う壺よ?」
エリーさんに窘められ、メリィさんは短い謝罪をしてから、俺たちに頭を下げた。どうやら先走ったことへの詫びということらしいけど……こういう所作と価値観は、傭兵というよりも領主に仕える近衛兵のようだ。
俺は『気にしないで』という意味で、小さく手を振った。
「……どっちにしても声の主がいる遺跡には、また行ったほうが良さそうですね。今度は、マルドー抜きで」
「しかし若。彼に来るなと告げては、怪しまれるでしょう。どのような説得を致しましょうか?」
「……それが問題なんだけどね」
こんな眠気の残った頭で、そんなことまで考えていられない。膝の腕で頬杖をつきながら言い訳を考えていると、エリーさんが短い声をあげた。
「あ――あ、あ、思い出しました。マルドーさんは星座の描かれた柱を見て、なにかを思い出していましたわ。あの星座のことを思い出して欲しいというのは、如何でしょうか? 今はゴーストになっているとはいえ、魔術師ですもの。今では星占い程度しか、魔術としての役割はありません。ですが五〇〇年前では、あの星座には重要な意味があったのかもしれませんし」
「なるほど……いい考えかもしれませんね」
マルドーは街、もしくは彼の自宅に置いていけるし、もしかしたら星座の謎も解いてくれるかもしれない。
一石二鳥な案かもしれない――上手くいけば、ではあるけど。でも、今の状況で浮かぶ案としては、最上級の部類じゃなかろうか。
でも……そういうエリーさんにも、俺は違和感を抱いていた。
俺が違和感の正体を考えていると、フレディが悩むような顔をエリーさんへと向けた。
「エリー殿は、魔術に詳しいのですか? 星座が占いしか使えないとか、一般では知り得ないことだと思われますが」
……そうか。違和感の正体は、これだ。フレディの問いに、エリーさんは少し困った顔をして――そしてメリィさんは、頭を抱えるような仕草をしていた。
それも数秒で復活すると、少々引きつった顔を上げた。
「あの、これはその……お嬢様は占いに興味がおありで……その、街の星占い師に将来のことを占ってもらったりしていましたから――」
「メリィ?」
エリーさんは、必死に言い訳をしていたメリィさんの言葉を遮ると、俺たちに頭を下げた。
「今まで、黙っていて申し訳ありません。そちらの方のご推察通り、わたくしは魔術師なんですの」
「魔術師……だったんですか」
俺と、俺の声を聞いてエリーさんが魔術師と知ったアリオナさんは、少し苦い顔となった。
まだ最近のことになるんだけど……アリオナさんの住んでいた村を滅ぼしたり、アリオナさんを誘拐した山賊団の首領が、女性の魔術師だった。
そんなこともあって、まだ魔術師に対する印象は最悪に近い状況だ。
「どうして魔術師であることを隠していたのか……聞いても大丈夫ですか?」
「それは――」
「それは! その……ここでは、お話することはできません」
メリィさんはエリーさんを目で制しながら、きっぱりと言い切った。
「わたしたちにも、それなりの事情があるんです。どうか、御理解をお願いします」
「それなら、それで構いませんよ。無理に聞き出すつもりもありませんから。でも、今回の件を解決するために、ある程度の助言はして頂きたいです。それは、構いませんか?」
「……そうですよね。ええ、それくらいなら、構いません」
エリーさんは少し迷ってから、小さく頷いた。
とにかくこれでマルドーがいなくても、魔術についての助言が貰えそうだ。あとは夕暮れを待って、マルドーに星座のことを調べるよう依頼。
襲撃をちゃっちゃと撃退し、あの遺跡へ行く――そこで声の主から、なにを聞かされることになるのか。
そこで解散となり、俺は一眠りするべく厨房馬車に入ろうとした。だけど、その直前に腕を強く掴まれた。
振り返ると眠そうな顔のアリオナさんが、真っ直ぐに俺を見ていた。
「クラネスくん……少し、いい?」
「いいけど……どうしたの?」
「……最近、エリー……さんとか、ほかの女の子とばかり、仲良くしてない?」
一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
エリーさんと、必要以上に仲良くしたつもりはないけど――そんな返答をしようとしたんだけど、その直前に気付いてしまった。
――もしかして、アリオナさんは嫉妬してるんじゃ。
ここ数日、夜は戦いで昼間は仮眠って生活が続いている。仮眠じゃないときは、調査か話し合いだ。
アリオナさんとは、あまり話をしていなかったかもしれない。逆に、エリーさんやメリィさんとは、打ち合わせや調査についての話をすることが増えた。
きっと、疎外感とかあったんだろう……な。
俺の中に、焦りと罪悪感とが湧き上がった。
「あ、いや――必要な話をしてるだけで、仲良くしてるつもりは……」
「……本当に?」
「ホントにホント。俺はちゃんと――」
そこまで言いかけて、俺は口を閉ざした。
つい勢いで、「俺が好きなのはアリオナさんだから」って、言いそうになってしまった。
前回の事件で、それに近い発言を聞かれてしまったわけだけど、まだ直接には伝えていないし、ギリギリの線で、俺の借金や諸々のことに、アリオナさんを巻き込んでいない……と思う。
俺は咳払いっぽく誤魔化すと、アリオナさんに手を差し出した。
「もし良かったら、少し話す? その、償いってわけじゃないけど……言われてみれば、ここ最近はまともに話もできてないから」
そんな誘いに、アリオナさんは上目遣いになりながら、俺の手を取った。
「喋る」
あ、少し拗ねていらっしゃる。
少し固い口調のアリオナさんは、俺のあとについて厨房馬車に入って来た。
会話は他愛も無いことばかりだったけど、久しぶりに穏やかな時間を過ごしていた。
厨房馬車に入って行くクラネスとアリオナを、物陰から診ている男がいた。
口元に面白そうな笑みを浮かべた男――クレイシーは腕を組みながら、しみじみ呟いた。
「うーん、青春だねぇ」
一通りエリーやフレディたちの所在や行動を伺ってから、クレイシーは静かに立ち去っていった。
-------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回のクラネスたちの集団は、一枚岩ではないため、行動を決めるのも、ちょっと苦労してる感じが……でてるといいんですが(汗
星座というのは、刻が経つにつれ変わっていくものですが……五〇〇年でそこまで変わるかと言われれば、どーなんでしょーねとしか、まだ言えません。
今回はエリーの設定を出すための回……という感じです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
11
あなたにおすすめの小説
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる