最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

三章-3

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   3

 翌朝――俺たちは再び遺跡へと向かっていた。
 例によって襲撃のあとだから、眠さが半端ない。こればかりは、絶対に慣れる気がしない。マルドーは、昨日決めた言い訳――もとい、説得内容で、街に残ることを承諾してくれた。マルドー当人も星座のことについて、調べたいと言っていたから、上手く歯車が噛み合ったって感じだったんだろう。
 厨房馬車の中で寝ていると、馬車の壁が激しく叩かれる音で目が覚めた。


「若っ! 襲撃です!!」


 敵襲を告げるフレディの声で、俺は覚醒した。
 思考は濃霧に覆われ、瞼は重りでも乗っているかのように動きが鈍い。だけど、身体だけは機敏に動いていた。
 素早く立ち上がると、横に置いてあった長剣を掴んだ。アリオナさんやメリィさんは、まだ起きていない。
 だけどフレディの厳しい声音から察するに、俺たちは切羽詰まっている状況だ。二人を起こしている時間は、きっとない。
 俺はドアを開けると、厨房馬車から飛び降りた。


「フレディ!」


「若、左から化け物どもが!」


 すでに長剣を構えたフレディに倣って左を見れば、あの樹木の魔物が五体も迫っていた。そして。通常よりも小振りだけど、岩の魔物が一体。
 なるほど、なかなかに大ピンチな状況だ。
 駆け寄って来る樹木の魔物に、俺とフレディは揃って斬りかかっていく。先頭を書けてきた魔物を切り捨ててから、俺は複合の音撃を放った。
 バキバキっと木の砕ける音を立てて、樹木の魔物が朽ちていく。だけど、最大の難敵が残っている。
 岩の魔物は、まだ数ミクン(一ミクンは、約九八センチ)ほど離れている。俺が音撃の準備をしていると、岩の魔物の胴体部で爆発が起きた。
 衝撃で岩の魔物はぐらつきながらも、その場に踏みとどまった。なにごとかと目を瞬く俺の耳に、エリーさんの声が聞こえてきた。


「長さん、今です!」


 黒煙が晴れると、胴体に亀裂の生じた岩の魔物の姿が見えた。この状態なら、俺の音撃も効果を発揮しやすい。
 俺は長剣を指で弾いた。
 刀身から放たれた振動が音撃となり、岩の魔物の亀裂を穿った。岩の魔物の胴体に微細な振動が生じた、その数秒後――岩の魔物の胴体が崩れ落ちた。
 土煙をあげる残骸を眺めていると、背後から拍手が聞こえてきた。


「おーおー、ご苦労ご苦労。流石だねぇ」


 ポンポンとした拍手をするクレイシーは、俺を見て顔をにやけさせた。


「おまえらのお陰で、俺は楽できて助かるぜ」


 ……そりゃどーも。

 あの状態で、クレイシーは高みの見物を決め込んでいたらしい。俺たちの監視兼護衛のはずなのに――傭兵ってヤツは気楽だなぁ。
 さて寝直そうとしたとき、御者台にいるエリーさんが声をかけてきた。


「長さん、例の遺跡はここから近いですわ。メリィたちを起こして、ここから歩いて行きましょう」


 ……そっか。眠れないのか。

 俺はアリオナさんとメリィさんを起こしてから、改めて装備を整えた。
 全員が揃ってから、俺たちは遺跡へと歩き始めた。


「なんか……申し訳ありませんでした」


 襲撃時に爆睡してたことに、かなりの引け目と罪悪感を覚えたようで、メリィさんはかなり落ち込んでいた。
 俺たちの後ろからは、前回と同様にクレイシーと衛兵の一人が付いて来ている。
 さっきの魔物の件があるから、俺たちは慎重に遺跡のある場所へと脚を踏み入れた。相変わらず、大木以外は雑草すら生えていない。
 地面を踏み荒らしたような痕は、昨日よりも増えていて、真新しいものばかりだ。やはりここが、魔物の出現地点なんだろうか?
 俺が周囲を見回していると、エリーさんが前に出た。


「それで……お話のあった、声が聞こえた場所というのはどちらでしょう?」


「みんなで一緒に行きましょう。こっちです」


 俺の先導で、全員が例の石柱へと移動した。
 件の星座が刻まれた柱の前で、俺は地面に空いた隙間へと指先を向けた。


「この奥にも、大きな空洞があるんですけどね。声は、この石柱に触れたら聞こえて来たんです」


「柱に触れると……ですか? どのような魔術を使っているのかしら?」


「とりあえず、やってみます」


 俺が石柱へ手を伸ばすと、フレディが少し慌てたように声をかけてきた。


「若――用心して下さい」


 俺はフレディに頷くと、石柱にそっと触れた。


「フミンキー……さん。聞こえてます、か?」


 俺は声をかけてから、数秒ほど経っても返答はなかった。
 もう一度だけ声をかけてみようとしたとき、頭の中に例の声が響いてきた。


〝よく来てくれた。今回は、マルドーはいないようだね〟


「一応……別の用件を作って、置いては来ましたけどね」


〝君の――いや、君たちの機転と誠実さに感謝するよ。それじゃあ、皆にも話をしたいから、全員で柱に触れてくれるよう言ってくれないか?〟


 そんなフミンキーの願いに俺は素直に従いかけたけど、寸前で思いとどまった。まだ彼が、俺たちの味方と決まったわけじゃない。
 大昔の魔術師って話だし、柱に触れた瞬間に魔術を使われて、精神を操られたり呪われたりされるかもしれない。
 俺はフミンキーにも聞こえるよう、石柱に手を触れながら、近くにいる皆に告げた。


「フミンキーさんが、みんなとも話をしたいって言ってるけど……とりあえず、アリオナさんとメリィさんとで話を聞きましょう。フレディとエリーさんは、俺たちの様子がおかしくなったときの対応をお願いします」


〝……〟


 フミンキーが俺の発言に、反論しようとした気配が伝わって来た。それを思いとどまったのは、不用意な誤解を生じさせないためか。
 俺がそれらを無視していると、先ずはフレディが頷いた。


「……畏まりました」


「はい。皆様、お気を付けて」


「それじゃあ、アリオナさんとメリィさん。石柱に触れて下さい」


 俺の言葉に従って、二人が石柱に触れた。
 その感覚がフミンキーにも伝わっているのか、先ほどよりも慎重になった声が伝わってきた。


〝アリオナとメリィだったかな。わたしがフミンキーだ〟


「あ……声が聞こえる」


 テレパシーみたいなものだから、アリオナさんにもフミンキーの声が聞こえるようだ。


〝三人だけというのは、わたしはまだ警戒されているということかな?〟


「まあ、念には念をってやつです。マルドーについても言えますが、あなたがたのことは、ほとんどなにも知らないですからね」


〝ふむ……まあ、妥当な考えだろうね。それでは早速、話をしよう〟


 フミンキーはそう前置きをしてから、一呼吸分の間をあけた。


〝まずは、自己紹介からしたほうがいいだろう。わたしは、フミンキー・ジダード。第一等級の魔術師だ〟


「第一等級……古い等級なんでしょうか?」


〝かもしれない。わたしがマルドーに殺されてから、少なくとも五〇〇年は経っているだろうからね〟


 メリィさんに答えてから、フミンキーは〝さて〟と話を戻した。


〝今も言ったが、わたしはここ――わたしの住んでいた屋敷で、マルドーに殺された〟


「……殺されたって、なぜ?」


 家族を山賊に殺されたからだろうか、アリオナさんは人の生き死に過敏になっている気がする。
 俺が僅かに俯いたアリオナさんに声をかけようか迷っていると、フミンキーが怒りの混じった声で先に喋り始めた。


〝理由は……わたしが思いを寄せていた女性を、自分のものにするためだろう。わたしとマルドーは、一人の女性に思いを寄せてたのだ。わたしのほうが形勢有利だったが、マルドーはそれが気に入らなかったのだろう。話し合いをしたいと、わたしの屋敷に来たマルドーは卑怯にも背後から、わたしになにかしらの――攻撃をしてきたのだ。もちろん、攻撃を受けはしたが、わたしも〈魔力の矢〉を唱えて反撃したが……わたしは最初の攻撃が原因で、そのまま死んでしまった〟


 そこまで説明したあと、フミンキーの声は落ち着きを取り戻した。


「わたしは死ぬ直前まで、愛する彼女の身を案じていたのだが……どうやらそれが強い未練となって、ゴーストになってしまったらしい。この地に強く縛られてしまったのか、ここから離れることもできない――というわけだ」


「あなたの身の上は、わかりました。ですが、わたしたちが知りたいのは、街を襲う魔物が、ここから出ているかもしれない……ということへの答えです」


〝確かにそうだろう。その話は、これから語ることができる〟


 メリィさんの問いに、フミンキーは抑揚のない声で応じた。


〝わたしが日光や風雨を避けるために地下へ避難したあと、マルドーはここに魔物を召喚する仕掛けを施したらしい〟


「仕掛け……ですか?」


〝そうだ。それも、剣呑な類いのものだ。この石柱に刻まれた星座――それを魔方陣の代わりにして、魔物の召喚をしている〟


「この星座の彫刻……が? そんなことが、可能なんですか?」


〝そうだ。この柱に刻まれている星座は、ヤツの星座だ。星座を形作る星々、そして月や太陽などの天体の力を利用して、魔物を召喚しているのだろうな〟


 俺は自分の問いの返答を聞きながら、忙しく頭を廻していた。


「……ちなみに、フミンキーさん。生まれた月の星座は、何座ですか?」


〝わたしか? 蛇座だ〟


 その返答に、俺は一気に警戒心を強めた。


「この柱の星座は、蛇座じゃないんですか? だとしたら、さっきの発言と矛盾しますよね」


〝柱の星座が、蛇……なるほど〟


 フミンキーはそれっきり、黙ってしまった。再び声が聞こえてきたのは、数秒後のことだ。


〝恐らくだが……五〇〇年のあいだに、星座の形が変わってしまったか、彫刻の星座に欠損が出たのかもしれない。君が蛇座といった星座の彫刻に、翼に相当する部分がないか見てくれ〟


「……ある。三本の線から、左右に一本ずつ、線が延びてる」


 俺は、三本連なった線から左右に伸びた、二本の線を見ながら答えた。
 その返答に、フミンキーは納得したように言い始めた。


〝やはり、そうか。なぜ蛇座に、翼があると思ったのかな?〟


「それは……翼のある蛇って話だったから」


〝なるほど。この五〇〇年で、星座の形が少し変わったようだね。わたしが生きていた時代には、蛇座に翼はなかったんだ。やはり刻まれた星座に、欠損はあるらしいね。その形で一番近いのは、ワイバーン座だ。その星座の彫刻は、ワイバーン座――つまり、マルドーの星座なんだ〟


「あの、いいですか。それじゃあ、この星座の刻まれた柱を破壊すれば、魔物は出なくなるんですか?」


 アリオナさんの問いに、フミンキーは少し慌てた声を出した。


〝早まってはいけない。剣呑と言っただろう? この星座の柱を破壊すれば、何からの仕掛けが発動する。それが魔物の大量召喚か、この周囲を君ら諸共に破壊するのか……そこまでは、わたしにもかわらないが。魔物の召喚を止めるためには、マルドーのゴーストを斃すしかない。そうすれば、星座の力を悪用した仕掛けは、発動しなくなるはずだ。この星座の力は、ワイバーン座の生まれである、マルドーを媒介にしているはずだからね〟


 このフミンキーの説明を聞いて、アリオナさんとメリィさんは息を呑んだ。
 だけど俺は無言のまま、冷静さを失うことなく、彼の言葉を聞いていた。

 これは……街に戻ってから、長い話し合いが必要になりそうだ。

 調査をするでもない俺たちを見ているクレイシーへの、説明も必要だろうし。なにかと厄介ごとが多くて、知恵熱が凄くなりそうだ。
 せめて、帰り道は爆睡しなきゃ……そんな思いを抱きながら、俺は石柱から手を離した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

星座に関することは、今後の本編内にて書いていきますので……ここでは、あまり書きません。

関連したTipsでは、惑星は水星、金星、火星、木星、土星そのままではありません。
ここまでの名前は恐らく、陰陽道か六曜あたりが絡んでそうなので、この作品では変えています。

余談ですが、惑星名は水星、火星、土星、風星、樹星となってます。余り変わってない――という突っ込みがあるかもですが、呼び名は、ウィンディーネ、サラマンダー、ノーム、シルフ、ドライアド……という感じに、精霊の名になっています。

惑星の英語読みとか、神様の名……ヴィーナスとかマーズとか……ですし。
神官とかが絡むと神の名ですが、魔術魔法が盛んな世界だったら、魔法使いや魔術師が命名するだろう――という設定です。ドライアドを精霊とするか妖精とするか、悩ましいところではありますが。

以上、雑談レベルのTipsでした。

少しでも楽しんで頂ければ、幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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