最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

三章-4

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   4

 ギリムマギに戻った俺たちは早速、エリーさんの馬車に集まった。
 厨房馬車でも良いんだけど、エリーさんの馬車には数冊の魔術書があるという話で、魔術について調べることもできる、という利点がある。
 エリーさんとメリィさん、それにアリオナさんには荷馬車に入って貰い、俺とフレディが外から中を覗いている格好だ。
 フミンキーから聞いた内容を羊皮紙に書き出しながら、俺は一番の問題点だと思っていることを、最初の懸案事項としてあげた。


「蛇座とワイバーン座……この違いから調べたいんですけど」


「クラネスくん、それって重要なの?」


 アリオナさんに頷いた俺へと、エリーさんは手にした魔道書を開いた。


「星座については、ざっくりとしか記載がないんです。これが蛇座で、ワイバーンはその隣です。それぞれ、七月、八月の星座ですね」


 魔道書の開かれたページには、手書きで一月からの星座が並んでいた。イメージ画だろうか、星座を表す絵柄に、星と、星々を繋ぐ直線が描かれていた。
 その中で、蛇座とワイバーン座は非常に良く似ていた。
 細かい違いとしては蛇座に比べて、ワイバーン座は胴体を構成する星が一つ多い。それに、羽以外にも脚を表す二つの星がある。
 大きな違いとしては、角度がまったく異なる点が挙げられる。蛇座は右上から左下への斜めだが、ワイバーン座はほぼ垂直だ。
 やはり、あの星座がワイバーンというのは、少々無理がある……と言わざるを得ない。


「五〇〇年で星座の形が変わってしまったという話が、どこまで本当か……そこも調べないといけませんね。今の星座の形と違うのであれば、この図も当てになりませんから」


「ああ……そうか。そうですね。それを調べてからじゃないと、判断はできませんね」


 俺が腕を組むと、メリィさんは眠気の混じった目を向けてきた。


「クラネスさんは、あのフミンキーという声の主を疑っているんですか?」


「疑うっていうか……信用してないだけです。でもそれは、マルドーだって同じですよ。まだどちらも、頭から信用しちゃ駄目だって思ってます」


「でも、あたしはマルドーに殺されたってところは、真実を語っているとしか思えませんでした」


「それは、そうかもしれませんけど。でも、そこは主観の違いって可能性もあります。相手が卑怯な手段を使った――でも、もしかしたら最初に手を出したのは、フミンキーかもしれませんから」


 俺の考えを聞いていたメリィさんは、肩を大きく上下させた。


「それじゃあ、我々はどうすればいいんですか?」


「どっちが街を襲っている張本人なのか、見極めることが最優先だと思います。ただ、そうやって見極めるのかが難しいんですけどね」


「やはり公平性の観点からみても、マルドーさんからも話を伺わないといけませんね」


 エリーさんが、俺の発言のあとを継いだ。


「お二人の話を比較検討して、わたくしたちで、その後のことを決めましょう」


「そのあと――どちらが敵だとしても、我々はゴーストと戦うことになります。その際、この長剣で対抗できるのでしょうか?」


 腰の長剣に触れるフレディの問いに、エリーさんはメリィさんと目配せをした。それはどこか、同意を得るためのものに見えた。
 諦めたようにメリィさんが頷くのを待って、エリーさんは側に置いてあった書物に手を伸ばした。


「確かなことは言えませんが……恐らく普通の長剣では、傷一つ負わせられません。他にも手段はありますが、ゴーストを斃すためには魔術を使うのが最適解でしょう」


「失礼ながら……その、他の手段というのは?」


「日光の下に誘き寄せること、です。ですが、マルドーさんや、フミンキーさんに対して、この手段は使えないでしょう。あれだけ自己を保っているゴーストさんなら、日光に対して用心を怠らないでしょうから」


「……なるほど」


 自分の長剣に目を落としながら、フレディは少し苦い顔をした。
 生粋の剣士であるフレディもそうだけど、俺だって訓練を積んだ剣技がまったく通じないと知って、少なからず口惜しい気持ちがわいてくる。
 俺はフレディにかわって、エリーさんに問いかけた。


「それで、ゴーストを斃せそうな魔術は、覚えているんですか?」


「覚えている、という表現は正確ではありませんが。ゴーストなどの、不死族に類する魔物に効果のある魔術は、知っています。詠唱の簡略化を含めた、前準備が必要になりますから、一日で使えるのは、四、五回が限度になるでしょう」


 前準備がどんなものか、俺にはわからない。だけど肝心なところは、そこじゃない。


「その四、五回の魔術で、ゴーストを斃せますか?」


「普通なら二、三発もあれば、斃せます。ですが、マルドーさんもフミンキーさんも、魔術の知識がありますから……護りの魔術を使われたら、斃しきれないでしょう」


「五回じゃ斃しきれない……か」


 俺の呟きを聞いたのか、アリオナさんがエリーさんを見た。


「ゴーストって、肉体がないんですよね。精神的な攻撃が効果ある……とか、ないですか?」


 アリオナさんの問いに、エリーさんは少し困った顔をした。


「申し訳ありません。わたくしでは、その案は返答しかねます」


 もちろん、エリーさんの返答はアリオナさんには聞こえない。俺がそのままの内容を伝えると、アリオナさんはまた別のことを考え始めたみたいだ。
 だけど、今日はこれ以上、意見は出なかった。
 夜に備えて眠ろうと、俺たちはそれぞれ、就寝場所へと別れた。
 俺が厨房馬車に入ろうとしたとき、俺のあとを追ってきたらしいメリィさんが、声をかけてきた。


「あの、クラネスさん。一つだけ聞かせて下さい」


「なんです?」


 振り返ると、メリィさんは眉を曇らせていた。


「あなたは……フミンキーを疑っているんですか?」


「……少なくとも、信じてはいませんね。言っていたことが、ちょっと……違和感がありましたし」


「違和感……? わたしは、なにも気づけませんでしたが」


「寝不足ですしね。細かいところに気づけないのは、仕方ないですよ。俺が感じた一番大きな違和感は、星座です」


「……星座?」


 怪訝な顔をするメリィさんに、俺は手を振った。
 これ以上の話をしていても、頭の廻っていない今では、迷路に迷い込むだけだ。防衛戦の時間まで、仮眠を……じゃない。
 俺もやっぱり、頭が廻っていない。思考が短絡的になっていて、肝心なことが頭からすっぽぬけていた。
 俺は周囲を見回すと、ユタさんを探した。
 隊商の馬車列を順に目で追っていくと、炊き出し中のユタさんを見つけた。隊商の商人や傭兵たちが食事をしている中、ユタさんはスープを掻き回していた。
 状況的に、これは好都合。
 俺は彼らに小さく手を挙げながら、近づいていった。


「皆さん、状況はどうですか?」


「長……」


 憔悴しきった商人の一人が、俺を見上げた。ギリムマギに来る直前、マルドーが出たあとに「迂回しよう」と言った俺に、いの一番に突っ込みを入れてきた商人だ。


「長……長の言うとおりだった。こんな街……来るべきじゃなかった。碌に商売も出来ず、無駄な日々を過ごすだけ……しかも、長だけを戦わせて、自分だけ安全な場所で……」


 言葉の途中で顔を伏せてしまった商人の肩に、俺は手を置いた。


「まあ、前のことを悔やむのは止めましょう。それに隊商を護るのは、長である俺の役目ですからね。気にしないで下さいよ」


「でもさあ、俺たちだって戦えるぜ? なんで街の防衛に使わないんだ?」


 傭兵の一人が、不思議そうな顔をした。


「こういうときに、傭兵を使うものだろ。なんで、長たちだけで民兵に参加してんだ?」


「……うちは、隊商を護るために傭兵を雇ってるんです。余分なことをさせて、特別手当を支払うだけの余裕はありません」


 俺がきっぱりと言い切ると、傭兵たちの中から笑みが漏れた。
 だけど彼らの表情からは焦れているような、そんな気配が伝わって来た。商人たちに至っては、それ以上だ。
 商人たちが隊商に参加する理由――それは商売で稼ぎたい、その一点だ。それは生活のため、そして故郷や家で待つ家族のため。
 この街に住む人や兵士たちだけじゃない。俺たちの隊商にいる人たちも、もう限界だ。


「クラネス君、御飯は食べてく? お腹空くと、気分も暗くなっちゃうしね」


 暗くなりかけた雰囲気を払拭するように、ユタさんがスープを掻き回している鍋を木の杓で叩いた。
 俺はそれを丁重に断ると、厨房馬車へと戻った。
 もう、手段なんか選んでいる余裕はない。こんな理不尽な状況……さっさと終わらせてやる。
 厨房馬車に入った俺は、ギリギリまで眠ろうと横になった。今するべきなのは、気力と体力を回復だ。
 俺は床の上に蹲ると、さっさと寝てしまうことにした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!

わたなべ ゆたか です、

隊商の商人たちも、商売ができずに限界がきてます……な回。そして、意見も分かれているわけですが。
クラネスとメリィが顕著ですね。

そしてゴーストの厄介さ。だから、出したくないんですよね……(汗

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。次回も宜しくお願いします!
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