53 / 113
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
三章-5
しおりを挟む5
夕方になると、召集の鐘が鳴った。
俺たちは全員で西門の壁際に移動した。全員というのは、いつもの面子に、エリーさんを加えた五人ってことだ。
もしかしたら、マルドーとの戦いになるかもしれない。その覚悟は、調査から帰ってきたときに、もう終えている。
いつもの場所で、マルドーが出てくるかはわからない――だけど、ヤツは必ずやってくるという確信が、俺の中にはあった。
今日の調査の結果は、気になるところだろうし。
壁際に集まった俺たちは、門の前に布陣をする指示が出るのを待っていた。普段なら、調査のことや魔物のことなど、会話も交わしている時間だ。だけど今日は、誰もが口を開かない。
それだけ、全員が緊張しているんだ。
日が陰ってきて、壁際の影が濃くなってきた。俺たちが周囲を見回してると、いつものように、ボンヤリとした影が壁際に現れた。
〝よお、集まっているな。おお、今日はエリーも一緒か。調査のことも聞きたかったから、こりゃあ丁度いい〟
こっちの気も知らないで、めっちゃ陽気だなぁ……このゴースト。
影になっているからか、無警戒に近づいて来たマルドーは、俺たちが好意的な表情をしていないことに気づき、やや困惑した顔をした。
俺たちの顔を見回すマルドーに、俺は静かに告げた――いや、少し喧嘩腰だったかもしれない。
「マルドーさん……死霊術が使えるって、本当ですか?」
この問いで、マルドーがどう出るか……だ。居心地の悪い沈黙が降りる中、俺たちは睨み合うような格好となった。
そのまま、十秒は経ってないと思うけど……緊張からかアリオナさんが「ふぅ」と息を吐いた直後、マルドーがいきなり破顔した。
〝はっはっはっ! そうか、ばれちまったか!〟
まいったねーと笑うマルドーは、好奇心に満ちた目を俺たちに向けた。
〝ところで、どうやって知ったんだ? 伝聞――っていうのは、ちょっと無理があるか。なんの書物を見たんだ?〟
俺たちは、誤魔化すどころか苦い表情一つ浮かべないマルドーに、呆気にとられていた。
……っていうか。この人……いや、この幽霊、死霊術師っていう陰鬱なイメージとは真逆に、目茶苦茶陽気な言動をしてくるんだけど。
陽気なゴーストってだけで、イメージとかけ離れてるのに、さらに死霊術師のイメージからも遠すぎる。
なんか、マルドーの存在自体が、なにかのドッキリ企画だって言われても、なんか納得してしまいそうな気分だ。
俺が軽い頭痛に襲われ始めた横で、メリィさんが複雑な顔をマルドーに向けた。
「……死霊術師ということを知られても、平気なんですか?」
〝うん? ああ……まあ、一般的な印象が最悪の部類だってことは、知ってるさ。だから隠してたわけだしな。けどまあ、知られたからって、困ることはなにもねぇしな〟
「……どういうことです?」
〝どういうこと……ね。それじゃあ逆に問うが、俺が普通の魔術師だった場合でも、俺への心証が変わるか?〟
マルドーの問いに俺とメリィさん、それにフレディは、それぞれに視線を交錯させた。
問いの内容にあった状況を想像したけど……確かに、今とさほど変わらない、ってことがわかった。
強引にこの街に来させて、厄介ごとに巻き込んだ糞野郎――って部分が大きすぎるからね……魔術師とか死霊術師とか、それに比べたら瑣末なこと過ぎる。
頭を掻きながらマルドーに肩を竦めた俺が、質問を投げようとした直前に、エリーさんが口を開いた。
「一つ、お訊ねしても宜しいでしょうか? マルドーさんの守護星座は、なんですか?」
〝ワイバーン座だ。それが、どうかしたか?〟
その返答は、俺が予想した通りのものだった。
カレンさんが見つけた書物に、書物を書いた女性と恋仲になったのは、ワイバーン座の魔術師だという記述があった。
だからフミンキーの話を聞いている途中で、俺はヤツの言葉に疑いを持ち始めたんだ。
どうやらエリーさんも、そのことに気付いていたらしい。
「いえ、実は――」
エリーさんは、前回の調査で起きたことを、順序立てて話を始めた。
遺跡の柱を介して、フミンキーの話を聞いたこと。その中で、マルドーが死霊術師ということや、星座のこと、マルドーが魔物を召喚していると行っていたこと――それらを話終えたエリーさんに、マルドーは険しい顔を向けた。
〝なるほどな。こんな話を聞けば、俺のことを危ぶんでも仕方が無い……か〟
「そうですね。まあ、どっちが怪しいかって問われれば、フミンキーのほうだと思ってはいるんですけどね」
俺が自分の考えを告げると、メリィさんが不思議そうな顔で訊いてきた。
「そこです。前にも聞きましたけど……なんで、そう思うんですか?」
「カレンさんが探し当てた書物に、書いてありましたよ。あの本を記した女性と恋に落ちたのは、ワイバーン座の魔術師だって。フミンキーは蛇座ですから、該当しません。このことは、エリーさんも気付いていると思いますよ」
「え? そうなんですか、エリー……?」
驚いた顔をするメリィさんに、エリーさんは目をパチパチと、何度も瞬かせた。
「メリィ、気付いてなかったの?」
「……う。いや、あの……その……はい」
がっくりと項垂れたメリィさんを横目に、マルドーが少し呆れた顔で俺とエリーさんとを交互に見た。
〝そこまで察しがついているなら、なぜ皆に説明をしなかった?〟
「そうは言うけど、こっちは情報も少なければ、状況判断をする材料だってほとんどないですし。直接、当人の口から聞くのが、一番良い気がしたんですよ」
〝だからって、疑い過ぎな気がするぜ〟
「うちの隊商も限界が近いんで、手段を選んでる余裕がないんですよ。それに、この街の兵士や民兵たちも」
〝……〟
俺の返答を聞いて、マルドーは大きく肩を上下させた。ゴーストだから呼吸はしていないんだろうけど、生前の癖なんだろう。
言葉が途切れたとき、唐突にフレディが口を開いた。
「しかし、これでフミンキーという幽霊が黒幕である可能性が、高まったのでしょう。彼を斃してしまえば、解決では?」
〝……本当にヤツが黒幕なら、それで終わるとは思えねぇんだよ。ヤツは星座に関する魔術を創設した家系の末だ。そうなると最悪、魔術師無しで魔物の召喚や合成くらいは、やれるのかもしれん。まずは、魔物を出現させている仕掛けを止めるのが先決だ〟
「あの。星座の魔術というのは占星術くらいしか知りませんが……」
魔術師でもあるエリーさんの意見に、マルドーは難しい顔をしたまま顔を上げた。
〝それは恐らく、フミンキーが死んだせいだろうな。説明をすれば長くなるが……星座というのは、どういうものだと思う?〟
「それは大昔の神話や伝承などを、星々の形に当てはめたもの……だと。少なくとも、わたくしはそう教えられました」
〝だろうな。だが、それはフミンキーの一族が、星座の秘密を隠すために広めた、嘘だ。俺が調べた範囲でしかねぇが……元々は星々の力を得るために、魔方陣のシンボルとして造り出したものらしい〟
「魔方陣のシンボル? 六芒星のようなものということでしょうか」
〝そうだ。一族の秘儀として、星々を魔方陣として使っていたらしい。それを秘匿するために、星座に伝承や神話を当てはめ、人々の目を誤魔化したんだ。これは星の力を使うことで、術者の魔力なしで魔術が行使できるって代物だ。それだけじゃなく、もっと剣呑なものになると、守護星座の影響下にある者に、強力な魔術を施すこともできる……らしい〟
「すいません。最後の部分の解釈が少し難しいです」
〝ああ、すまん。俺もそれほど詳しくなくてな。そうだな、例えば……だ。貝座の産まれの者がいたとしよう。そいつに貝座の魔方陣を利用して、拘束の魔術を使った場合、その威力が数倍以上になるって感じだな。産まれに関することだからか、守護星座は人々に大なり小なり影響を与えている」
「俺は一月五日の馬座だから、馬座の魔術を使われたらヤバイってこと?」
「あたし、十二月三十日の……熊座? 熊座の魔術なんてあったら、なにか拙いの?」
会話の流れは理解できてないようだけど、俺の言葉を聞いてか、話に入って来た。
俺たちの言葉に、マルドーは頷いた。
〝そうだ。そう思ってくれ。そういった星座の力を利用したものだと……俺は推測している〟
「よくわかりませんが。つまり、その星座の魔術を止める手段を探す必要がある……と? 先にフミンキーを斃してから、魔術を止めれば良いのでは」
〝その場合、最後っ屁に星座の魔方陣で何をしでかすか、わからねぇ。だから、先に星座の魔方陣なり、魔物を召喚する仕掛けを破壊する必要がある〟
マルドーの言い分には、矛盾がないように思えた。
だけど一点、どうしても気になるところがある。
「昼間に斃しに行けば、星座の魔方陣だって使えないんじゃない?」
〝夜空じゃないから、星は出てない……か? だが、夜か昼間かは、あまり関係ないんだよ。昼間の空、青空の向こう側には星々が浮かんでいる。夜や昼で、効果に差は出るだろうが、魔術が使用できないって状況にはならねぇのさ。星座占いだって、昼間にやってるだろ? あの程度の魔術でも昼間に行使できるんだ。秘儀っていうなら、時間に関係無く行使できるさ〟
マルドーの説明を聞いて、俺は夕暮れの空を見上げた。
たしかに、空の向こう側には宇宙がある。そこには星々が煌めき、太陽や月がある――前の世界じゃ基本的な知識であるはずなのに、すっかり忘れていた。
「それでは、我々はどうすれば良いのでしょう?」
〝そっちを調べる手伝いをしてくれると、助かるが……知識がないんじゃ、わからねぇだろうしな。俺の家に、関係した書籍があるはずだ。そこで、資料を読んでみてくれないか? 魔方陣を探す手が増えれば、俺も助かる〟
そう言われてしまったら、断れない。
とりあえずの方針が決まったとき、閉門の鐘が鳴り響いた。
---------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
というわけで、誕生日の設定が出せました……と。死んだ日が同じなのに誕生日が違うのは、転生したときは、まだ母親のお腹の中だったので、出産日の差が出た……という感じです。
それだけかって言われると、そうじゃないんですけど。とりあえずは、そういうことで。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
11
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜
Tri-TON
ファンタジー
核戦争で死んだ俺は、神災級と呼ばれるチートな力を持ったまま異世界へ転生した。
目的はひとつ――行方不明になった“妹”を探すことだ。
だがそこは、大量の転生者が前世の知識と魔素を融合させた“魔素学”によって、
神・魔物・人間の均衡が崩れた危うい世界だった。
そんな中で、魔王と女神が勝手に俺の精神世界で居候し、
挙句の果てに俺は魔物たちに崇拝されるという意味不明な状況に巻き込まれていく。
そして、謎の魔獣の襲来、七つの大罪を名乗る異世界人勇者たちとの因縁、
さらには俺の前世すら巻き込む神々の陰謀まで飛び出して――。
妹を探すだけのはずが、どうやら“世界の命運”まで背負わされるらしい。
笑い、シリアス、涙、そして家族愛。
騒がしくも温かい仲間たちと紡ぐ新たな伝説が、今始まる――。
※小説家になろう様でも掲載しております。
スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う
シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。
当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。
そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。
その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる