57 / 112
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
四章-2
しおりを挟む2
俺たちが作戦の内容を決め終えたのは、夕方の召集前だった。
とはいえ時間をかけていなから、大雑把な内容ではあるんだけど……それでも方向性が決まっただけでも、大きな進歩だと思う。
厨房馬車で、俺とフレディ、それにエリーさんにマルドーの四人だけがいる。アリオナさんは会話に参加できないし、メリィさんはどうやら、こうした頭脳労働には向いていない、らしい。
所謂脳筋――というか、考えるよりも先に身体が動くタイプ、ということだ。
狭い馬車の中に多くの人が入るのは、それだけでストレスになるし。それに今の状況では仕方なく作戦会議や仮眠場所として使っているけど、厨房馬車には最低限の人しか入って欲しくないんだ。
今回の件が終わったら、徹底的に掃除をしないと……ああ、考えるだけでも気が滅入る。
小窓から外光を入れているけど、それだけでは光量が足りなくなってきた。一本だけだけど燭台を灯している馬車の中で、エリーさんは魔術書を読んでいた。
「街の安全を確保するには、マルドーさんから教えて頂いた魔術を使います」
エリーさんは魔術書に目を落としながら、俺たちにそう説明した。
「結界という強力なものではありませんが、方向感覚を狂わせて、街に近寄らせないようにできますから。最悪、斃したあとに魔物を出現させられても、時間を稼ぐことができます」
「しかし、その内容では旅人に被害が出る怖れがあると思いますが」
〝そこは傭兵などに頑張って貰うしかないだろう。そのためにも、今夜で魔物がどうやって造り出されているか、確かめる必要がある〟
不安げな顔をしたフレディの意見に、ゴーストの身体に戻ったマルドーが答えた。
〝ヤツも幽体だろうから、活動が活発になるのは日が暮れてからだろう。使い魔は、もうフミンキーの宅地跡に向かわせたんだろう?〟
「ええ――まだ、向かっている最中ですけれど。日が落ちる前には、到着できると思います」
〝ギリギリだが……頼む。フミンキーとの戦いもそうだが、作戦全般において、要となるのはエリーなんだからな〟
マルドーの言葉に、エリーさんは淑やかに微笑んだ。
「お任せ下さい。わたくしにとっても、未知の魔術が学べる機会ですから。普段よりも気合いが入ってしまいます」
〝このへんの魔術程度なら、存分に学んでくれて良い。彼女の子孫――生まれ変わりかもしれないが、とにかくあの娘や街が助かるのなから、安いもんだ〟
「高い安いはいいとして……さ。ゴーストをどう斃すかと、星座の魔術をどう防ぐかのほうが重要なんじゃないの? まだ未確定のままな気がするんですけど」
俺の問いに、マルドーは大きく肩を上下させた。顔は苦笑していたけど、その目には真剣そのものだ。
〝フミンキーを斃すのは、俺に任せろ。伊達に死霊術師なんかやってねぇ〟
「……まあ、手段があるならいいんですけど。ただ、自分を犠牲にした禁呪的なヤツっていうなら、俺は反対しますよ」
〝……ッ〟
僅かに息を呑む仕草をした――実際に息を吸ってはいないだろう――マルドーは、僅かに視線を下げ、なにもない虚空を見つめた。
〝俺はヤツの野望を止めるために、ゴーストになったんだ。ヤツと刺し違えたとしても、後悔はねえ〟
「あんたはそれでもいいんだろうけど、後に残されるこっちは、後味が悪いでしょうが。この世から消えるんなら、俺たちのいないところでやって下さい」
〝おま……〟
絶句したのはマルドーだけでなく、フレディやエリーさんも同様だった。
俺としては、正直な意見を述べただけなんだけど。ギリムマギを迂回しようと言ったとき同様、理解されがたい内容だったかも……しれない。
マルドーは少々呆れ気味に、俺を見た。
〝なんていうか……清々しいほどの身勝手さだな〟
「自分勝手に、自爆特攻するヤツよりマシだと思うんですけどね。そのあとになにか残るなら別ですけど、フミンキーを斃すだけでしょ? そんなの冗談じゃない。自己陶酔とまでは言わないですけど、もっと冷静になって考えて下さいよ」
〝……まったく。しかしなんだ。どうして、そういう手段を持ってるってわかった? おまえさんは、魔術師じゃないんだろ?〟
「マルドーさんは、ちょっと浪漫的な性格をしてるんだろうなって思ってたんで。愛する人のために、自らゴーストになったりとかしてますしね。だから、そういう自己犠牲を厭わないって思ったんです」
俺が問いに答えると、マルドーは前髪を掻き上げた。
〝まったく……おまえって人間が、わからねぇな。多重人格だったりしないか?〟
「……もしかして、馬鹿にしてます?」
こんな軽口を叩いてみた俺だけど、内心ではドキリとしていた。
俺は多分、転生した影響で良心の一部が欠如している。その自覚があるだけに、二重人格という言葉は、かなり的を射ているといっていい。
小窓から外光を入れていた厨房馬車の中が、かなり暗くなってきた。燭台が一本だけでは、字を読むのは辛い暗さだ。
〝さて……もう日が暮れる、か。エリー、頼むぜ〟
「はい」
エリーさんは頷くと、使い魔と精神を繋げるために目を閉じた。
*
森の中はもう、街より先に夜の帳が降りていた。
鳥の囀りはなくなっているが、夜に活動する獣どころか、虫の囀りすらしていなかった。
(さて――もうすぐ、あの遺跡に着きますねぇ)
使い魔と精神を繋げたエリーは、木の陰に身を隠しながら、遺跡へと急いでいた。夜行性の獣がいないのは、エリーにとって幸いだった。
狼や野犬が彷徨いていたら、ここまで順調に進めなかっただろう。
森の中が少し明るくなってきたのは、月明かりによるものだ。そしてそれは、あの木々がない荒れ地となった、遺跡に近づいたという証拠だ。
(え?)
ピリッとした感覚が伝わったのは、その直後だ。手足が痺れたような感覚が、前脚から徐々に全身に――いや、頭部へと伸びていた。
エリーは意識を集中させながら、痺れに抵抗した。
(これは、魔術?)
足を止めた使い魔の目に、なにかが動くのが見えた。
目を向けると蟻や芋虫、ナメクジといった昆虫やそれに近い生き物が、エリーの進行方向、つまり遺跡へと向かっていた。
なにかに逃げているというわけではない。まるで、なにかに引き寄せられているように、一方向へと向かっている。
(これは……操られているのかしら? 精神を繋げていなければ、この子も危なかったかもしれません)
エリーは昆虫たちを追うように、遺跡へと向かった。
木々のあいだから差し込む光量が増していくと、それが月光ではなく、別の光源であるとわかってきた。
エリーは使い魔の足を止め、木の影から遺跡を見た。
〝集まれ――森に住むか弱き者どもよ。我が元へ集まれ〟
やや反響する男の声は、遺跡の中から聞こえていた。
星座の彫刻がある柱の残骸の上に、半透明の男の姿があった。かなり痩せこけた男は、白のローブに金髪の髪。頬の痩けた男の目は三白眼で、なにかを睨んでいるかのような視線を周囲に向けていた。
〝我が望みを叶えるため――力を貸せ、命を寄越せ〟
独特な旋律をともなった詠唱が始まると、昆虫たちが光に包まれた。光が幾つかの集団に集まると、遺跡にある七本の柱が光り始めた。
燐光のようなものが周囲の地面に降り注ぎ始めた数秒後、周囲の木々がざわめき出した。
(あら……ここも危ないかしら)
魔力の広がりを感じたエリーは、後ずさりをして遺跡から離れていく。
真上にある木の枝が、何本も折れる音がした。
(きゃっ)
頭上から降り注ぐ枝から逃れてから、遺跡を振り返った。
周囲の木々から折れた枝が集まると、それが徐々に人型へと組み合わさっていく。そして光球が中に入ると、街を襲う樹木の魔物へと変わっていった。
それが二十数体も組成されると、男は不満げに表情を歪めた。
〝魔物にできるほどの岩は、もう周囲には存在しないか。代わりとなるものを考えねばならんな。あの者たちがマルドーを斃してくれれば、最後の手段を仕えるのだが〟
(……最後の手段?)
エリーはその言葉が気になったが、それを確かめる術はない。
男の視線が、なにかを探すように動き始めた。その様子に長居は禁物だと悟ったエリーは、急いで街へと戻ることにした。
------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
魔物の作成(?)方法が判明です。あとはちょっと引きもありです。
終盤なだけに、書けることが少ないです……。
クラネスのマルドーへの説教は、性格の欠如も原因だったりします。容赦ない感じは、書いていて前作のトラストン(トト)を思い出しました。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
11
あなたにおすすめの小説
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる