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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
四章-1
しおりを挟む四章 残り続ける未練
1
街に戻るまでに、エリーさんは色々と調べてくれた。
どうやらあの柱に描かれていた星座は、一種の魔方陣らしい。あれは星座と惑星を示していて、それぞれに魔術の効果を発揮している――ということだ。
俺たちが触れた柱は、伝達の風星も彫刻されていたことから、フミンキーが外の様子を探るためのもの――と推測していた。
「まずは、あの柱の魔方陣をすべて確認しませんと。どうやって魔物を呼び出す……というか、造り出していると言うほうが正確かもしれませんが。その方法が探らなければなりませんし」
〝そうだな……そのときは、俺は行かない方がいいだろうな。俺が行ったら、ヤツはその場で攻撃してくるかもしれねぇ〟
「でもさ、それならそのまま攻めたほうが早くない?」
調査ばかりで進展がない状況に、俺は焦れ始めていた。商人たちのことを考えると、一秒でも早く、この件を解決したい。
だけどマルドーと、エリーさんまでが俺の意見に否定的だった。
「どんな魔術による仕掛けがあるかわかりませんし、対策はちゃんと考えませんと」
〝それに、斃したあとのことも考えねぇと……って、前にも話したと思うがな。なにを焦ってるんだ?〟
「……隊商の商人もそうだけど、街の人たちも限界がきているからさ。下手をすれば、フミンキーがなにかをする前に、街で暴動が起きるかもしれない」
民兵や街の住人だけならまだしも、街を護る衛兵の隊長までもが、精神的な負担に耐えきれなくなっている。
街にとって民兵として徴用しただけの俺に、不満を漏らしたことが、それを如実に表していた。
「民だけじゃなく、兵士たちまでもが暴動に加担したら、カレンさんの身だってヤバイんだ。あまり悠長にやっている暇はないと思うんだけど……」
俺の意見に、エリーさんとマルドーはハッとした顔をした。
エリーさんは街の部外者だし、ゴーストであるマルドーに至っては、そういった機微に触れなくなって、他人の感情に対して疎くなっている気がする。
俺の示した可能性に、マルドーの顔――今は猫だが――に、焦りみたいな感情が浮かんだ。
〝なるほどな……それでは、別の手段も考えたほうがいいか〟
「なにか、方法があるんですか?」
そう問いかけたフレディに、マルドーは頷いた。
〝ああ。星座の魔術を封じる手を考えようと思う。これまで調査したことを踏まえて、考えてみるさ。かなり大がかりになるかもしれないが……そのときは、ちょっと手伝ってくれ〟
「それは構いませんが」
フレディが頷くと、マルドーは猫の前脚で、魔物の核を突いた。
「さっきエリーと書物を見ていたときに気付いたんだが、これはかなり高度な魔術で作られている。かなりの魔力も必要になるはずだからな。少なくとも魔物の出現は抑えられるかもしれん」
「……そう願いたいなぁ。魔物が出なくなれば、街の治安や状態は回復できると思うし」
〝そういうことだ。あとは、ヤツの奥の手を封じる手段だけだ。ヤツは、俺の責任において、必ず滅ぼしてみせる〟
「前から聞こうと思ったんだけど……二人のあいだに、なにがあって殺し合ったんです?」
俺からの質問に、マルドーは――猫に憑いたまま――少し辛そうな顔をした。
〝彼女に――付きまとうのを止めてくれと、説得しに行ったんだ。話は拗れに拗れたんだが……怒りに任せたヤツが、俺を殺そうと〈魔力槍〉の詠唱を始めたんだ。だから、俺も頭に血が昇っていたからな……防御魔術を唱える代わりに、〈魂離〉を放ってしまったってわけだ〟
魔術の話に興味が沸いたのか、エリーさんが少しだけ身を乗り出した。
「その魔術は、どのようなものなんです?」
〝肉体と魂の繋がりと解き、分離させる魔術だ〟
「ちょっと待った。それじゃあ、フミンキーがゴーストになったのは、それが原因なんじゃ――」
〝直接の原因じゃない〟
マルドーは俺の追求を否定してから、一呼吸分の間を空けて言葉を続けた。
〝本来、肉体から魂が分離されたら、あとは魂も死を迎える。あの世に行くとか、霧散して別の魂の元になる、記憶が消えた状態で生まれ変わる――とか、色々と言われていたが、元々の個人は消滅するはずだった。だが、フミンキーの執着が強すぎて、魂が現世に残ってしまった〟
「執着……未練ってこと?」
〝ま、そんなもんだ。俺もヤツの〈魔力槍〉を受けて瀕死だったからな。なんとか家に帰って、自らをゴーストにしたってわけだ。ヤツを止める――って未練を媒介に、な〟
マルドーが語った過去の出来事に、俺は息を吸ったまま、吐き出すのを忘れるほどの感情に揺さぶられた。
マルドーだけではなく、フミンキーにも言えることだが、そこまで強烈に誰かのことを想うことができるのが、羨ましい――と思ってしまった。
俺はそんなふうに、誰かを――アリオナさんを想うことができるんだろうか? この世界に転生して、心に欠損のある俺が――。
〝クラネス、聞いているか?〟
「え? ああ、ごめんなさい……ちょっと考え事を」
「みなさん、睡眠不足ですからね。仕方ありませんよ」
エリーさんの擁護に、マルドーも否定はしきれなかったようだ。
〝ま、そういえばそうか。仕方ない……移動中は、すこし寝ててくれ。明日から仕掛けを作り始めて、できるだけ早く、魔物の侵攻を止めるとしよう〟
「……ホントに頼みます。それじゃあ、少しだけでも寝ておきます」
俺は言いながら、眠気に負けそうになっていた。
横にいたアリオナさんが、少しだけ距離を詰めてきたけど、眠気のほうが勝って、まったく気にならなかった。
「クラネスくん、横で寝ていい?」
「……うん」
アリオナさんに頷くと、肩が軽く触れた。
それを最後の記憶に、俺は微睡みの世界へと誘われていった。
「あらあら」
肩を寄せ合って寝ているクラネスとアリオナに、エリーは顔を綻ばせた。
「仲がよろしいのね、お二人は」
「ええ。わたくし個人としては、早めに片を付けて欲しいところですが」
「あら。まだ恋仲ではありませんの?」
「残念ながら。友だち以上――というところでしょうね」
フレディが苦笑すると、エリーは少し目を丸くした。
改めてクラネスとアリオナを『告白したも同然の状態ですのに』という目で見ていたエリーの手を、マルドーが憑いた猫の前脚が突いた。
〝それはそうと、話を続けよう〟
「クラネスさんたちは、参加しなくてよろしいの?」
〝魔術に関わる話だ。ほかの者がいても、内容についていけぬ。俺とエリーだけでいい〟
「そういうことですか。メリィ? あなたも寝ちゃっていいわよ」
「いえ……そういうわけには」
「そのご婦人が心配というなら、若たち同様、わたしが護りを担っておく。今のうちに寝ておくといい」
「で、でも……」
「メリィ? 今晩も街の防衛があるんですから。身体を休めておいて下さい」
エリーに窘められると、メリィは諦めたように頭を下げた。
メリィが横になるのを待ってから、エリーはマルドーに微笑んだ。
「これでよろしいですか? 人払いをしたのは柱に触れた影響を、懸念していらっしゃる?」
〝まあな。星座魔術の支配を受けた可能性は、考慮した方がいいだろう。それで相談だが……今日の夕方から、この使い魔に偵察をさせて欲しい〟
「魔物の召還現場を確認、ですか?」
〝そうだ。その様子を確認しないと、次の手を打てないからな〟
チョイチョイと手招きをするマルドーに従い、エリーは頭を低くした。
マルドーが小声で囁くと、エリーの口元に笑みが浮かんだ。
「まあ……ふふ。良い考えですわね」
顔を上げたエリーは、魔道書を捲り始めた。目的の項を広げて、目的の場所を指でなぞりながら内容を確かめる姿を見ながら、マルドーは楽しげに告げた。
〝だろう?〟
エリーとマルドーが魔道書の内容を確認をし始めた横で、メリィの瞼がうっすらと開いていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
プロローグの状況の説明が、やっと書けました。ここまで引っ張らなくても……なんですが。
魂というのも、設定的に困るというか。脳と魂、どっちが優先問題が、個人的と昔TRPGをしていた仲間内でありまして。
自我を保存できない容量の脳しか持たない生物に、果たして自我を残した転生は可能なのか――とか。
可能だとすると、脳の存在意義とは……などなど。
めんどくさいこと考えてるな……と、思われている方々――正解。
面倒臭いこと考えてました……その昔。
今は考えていないのかと問われれば、考えているんですけどね。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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