最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

一章-1

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 一章 帰郷の地で


   1

 荒れ地の中を通る街道を、十台もの馬車列がゆっくりと進んでいた。
 夏ももう終わりを告げ、季節は秋に差し掛かっている。日差しは幾らか柔らかくなり、作物たちが生命のすべてを賭してきた、豊かな恵みを実らせようとしている。
 まだ昼前ということもあるけど、じんわりとした暑さから、ぽかぽかとしか暖かさへと変わった日差しを受けながら、俺――クラネス・カーターは焦げ茶色の前髪を掻き上げた。
 顔立ちは平均的くらい。服装は長袖のチェニックなど、秋らしいものに変わっている。
 まだ一七歳ではあるけど、これでも《カーターの隊商》という商人たちの一団を率いている。
 そんな俺の隣には、くすんだ金髪の少女が座っている。
 緑の目に白い肌。それに贔屓目かもしれないけど、なかなかの美少女――アリオナさんだ。
 彼女とは、前世からの付き合いとなる。
 日本という国で、同じ学校に通っていた同級生だったんだ。たまたま乗り合わせていた船が沈没し、そこで二人とも死んだんだ。
 ところが、二人揃って今の世界に転生。偶然というか、奇跡的な再会を果たし――それから色々だって、今はかなり、仲良くやっている。
 これは、アリオナさんの謀略――いや、少々強引な手法によるものが大きかったわけだけど。
 とにかく今の俺とアリオナさんは、恋人の一歩手前の関係なのである。恋人になっていないのは、俺が借金持ちということと、やはり欠落した感情をなんとかするまでは――という状況である。
 アリオナさんは俺の隣を陣取って、目を細めながら青空を見上げていた。


「クラネスくん、良い天気だね」


「そうだね。毎日が、こんな天気だったらいいのに」


 そんな返事をしながら、俺の声は少し沈んでいたと思う。こんな心地良い天気の下で、俺の気持ちは暗い影に覆われていた。
 そんな俺の表情に気付いたのか、アリオナさんが少し不安げな顔をした。


「クラネスくん……どうしたの? あの、あたしなにかしたかな」


「あ、いや……ゴメン、心配させちゃったね」


 俺はアリオナさんに謝ってから、小さく溜息を吐いた。


「いや……ね。予定通りの行程とはいえ、もう爺さんのフィレン領に入ったんだな……って思うと、憂鬱でね」


「お爺さんの……って、あの伯爵様?」


「そ。バートン・カーター伯爵。ちなみに、祖母はグラネンス・カーター。こっちが本来の伯爵様でね。祖父は婿入りらしくって」


「貴族にも婿入りとかあるの?」


「詳しくは知らないけどね。なんか、そういう話らしいよ。なんでも、かなり古い家系らしくって、婆様の兄弟がみんな跡を継げなくなっちゃったから、婿養子をとったとか。だから他の貴族との関わりも爺様より、婆様のほうが多いんだって」


 俺の説明にアリオナさんは、なんともいえない微妙な顔をした。


「なんか、思ってたより複雑な家庭環境なんだね」


「貴族社会なんて、複雑怪奇を地で行くようなもんじゃない? だから、あまり関わり合いたくないんだよ。今までの経験上、碌なことにならないしさ」


 婆様はまだ人当たりがいいけど、爺様がな……。借金とはいえ厨房馬車を作ることに手を貸してくれたり、フレディやユタさんを付けてくれたけど……かなりの成果主義だから油断をしていると、すべての自由を奪ってきそうだ。
 まあ婆様は婆様で、少々排他的なところはあるけど。アリオナさんなんか、絶対に家に近づけさせないだろう。
 とまあ……こんな憂鬱な気分のまま《カーターの隊商》は、昼を少しばかり過ぎたころに、フィレン領の領主街である城塞都市ムナールテスに到着した。
 顔なじみとなった衛兵に軽い挨拶をして城塞を通ると、活気のある客引きの声が聞こえてきた。
 門のすぐ側は、旅籠屋と商店が建ち並ぶ区画になっている。この位置に商人が集まることによって、街を訪れた行商人や隊商らの商いが活性化している。
 市場の顔役に会って手続きを済ませると、俺は隊商の商人たちに商売の開始を通達した。 商人が馬車の前で店を広げる中、俺も厨房馬車でカーターサンドの調理を始めていた。


「クラネス君、それじゃあ行ってくるけど」


「はい。お願いします、ユタさん」


 俺がしたためた書簡を手に、ユタさんが大通りを歩いて行く。それを見送っていたアリオナさんが、厨房馬車の小窓から顔を出している俺を見上げてきた。


「ユタさんは、何処へ行ったの?」


「爺様のところに、書簡を届けに行ったんだよ。急に押しかけても、会ってくれないからね。前の日に、連絡を入れておくんだ」


「ふうん。それじゃあ、今日はお爺さんのところへは、行かないんだ」


「そ。商売で稼げている様子を知ってもらうには、丁度いいかな……という現実逃避をしてるわけ」


 俺の努力なんか、意味がないのは承知の上だ。爺様たちはもう、なんらかの手段を使って、俺の商売の様子とかを知っているだろうし。
 そんな俺の返答に苦笑しながら、アリオナさんは力試しの準備を始めていた。まだ腕相撲ではあるけど、当人も「そろそろ新しいことしなきゃね」と、意欲を見せているけど……ほんと、隊商という環境に慣れてきはったものである。
 このムナールテスは、そこそこ大きな街ということもあって商売は盛況だった。俺のカーターサンドはもちろん、アリオナさんの力自慢も大賑わいだ。
 ただ気になるのは……ふと気付くと不可解な視線を感じることだ。だけど、これは爺様の手の者なんだと思う。
 日が暮れかけてくると、商いも終わりとなる。
 商人たちは、ユタさんが手配した宿に泊まることになる。
 後片付けをしている俺のところに、宿に行く途中なのか二人の女性がやってきた。一人はフワフワとした印象の美人で、もう一人は表情を引き締めているが、物腰は柔らかい。
 薬草などを売っているエリーさんと、護衛のメリィさんだ。


「クラネスさん、お疲れ様でした。お客様が多くて、驚きましたぁ」


「実際、今までの街と比べても賑やかですよね」


 二人の様子を見るに、そこそこ稼げたみたいだ。ニコニコと微笑むエリーさんの横で、護衛のメリィさんも笑みを浮かべていた。
 エリーさんも商人なんだけど……この二人、戦いの腕前もそこそこにある。エリーさんは魔術師だし、護衛のメリィさんは剣士だ。
 エリーさんたちは、ギリムマギという街で知り合った。魔物に襲われていた街で、民兵として雇われたことが切っ掛けとなり、俺たちの隊商に加わったんだ。


「稼げたなら、良かったですよ。今日は、ゆっくりと休んで下さい」


「ええ。そうさせて頂きますね」


 エリーさんとメリィさんが去ったあと、入れ替わるように一人の傭兵がやってきた。
 ボサボサの髪に、少し斜に構えた表情の傭兵は、俺に口を曲げて見せた。


「よお、クラネスさんよ。俺も休んでいいのかい?」


「クレイシーさんは……確か、馬車の番だった筈でしょ? 旅籠屋で飯を食べたら、馬車の警備をお願いします」


「うげぇ……マジかよ。まあ長の指示じゃ、しゃーねーか」


 頭を掻きながら、傭兵――クレイシーはのんびりと馬車列へと戻っていった。
 彼を見送ってから、俺は厨房馬車に鍵をかけた。そして近くに居た護衛兵頭であるフレディに声をかけた。
 無精髭を生やしてはいるが、精悍な顔立ちの男が振り返る。


「若、お呼びですか?」


「俺は先に飯に行ってくるから、馬車の警護を頼むよ」


「承知しました」


 俺は一緒に旅籠屋へ行こうと、アリオナさんを探した。さっきまで、力試しの片付けをしていたから、近くに居るはずだけど……。
 辺りを見回していると、上質な衣服を着た中年の男が近づいて来た。見覚えのあるその顔は、爺様の使いの者だ。


「クラネス様。バートン伯爵様から言伝で御座います。朝の二度目の鐘が鳴ったあとに屋敷へおいで下さいませ」


「……わかりました。お爺様には承知しましたと、お伝え下さい」


「畏まりました」


 使い者が去ったあと、俺は明日のことを考えて気持ちが暗くなった。
 できれば、行きたくないんだけど……そうも言ってられない。俺は溜息を吐くと、アリオナさんを探し始めた。

 ……なんかもう、胃が痛くて食欲が無いなぁ。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

前に中の人の他の作品で、伯爵夫人のことを女伯とかいうこともある――と書いたのですが。夫人や未亡人は女伯とは伯爵夫人っていうらしいんですが、一人娘が伯爵の地位を受け継いだ場合……というのが、ちょっと調べきれませんでした。

ですので、本作では普通に伯爵を使っております。

貴族社会や爵位などは、軽く調べただけだと複雑怪奇に思えますね……一代限りの爵位とか。

国王とかの「気分でやってね?」って思ったりもしました。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくおねがいします!
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