最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
65 / 112
第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

一章-1

しおりを挟む


 一章 帰郷の地で


   1

 荒れ地の中を通る街道を、十台もの馬車列がゆっくりと進んでいた。
 夏ももう終わりを告げ、季節は秋に差し掛かっている。日差しは幾らか柔らかくなり、作物たちが生命のすべてを賭してきた、豊かな恵みを実らせようとしている。
 まだ昼前ということもあるけど、じんわりとした暑さから、ぽかぽかとしか暖かさへと変わった日差しを受けながら、俺――クラネス・カーターは焦げ茶色の前髪を掻き上げた。
 顔立ちは平均的くらい。服装は長袖のチェニックなど、秋らしいものに変わっている。
 まだ一七歳ではあるけど、これでも《カーターの隊商》という商人たちの一団を率いている。
 そんな俺の隣には、くすんだ金髪の少女が座っている。
 緑の目に白い肌。それに贔屓目かもしれないけど、なかなかの美少女――アリオナさんだ。
 彼女とは、前世からの付き合いとなる。
 日本という国で、同じ学校に通っていた同級生だったんだ。たまたま乗り合わせていた船が沈没し、そこで二人とも死んだんだ。
 ところが、二人揃って今の世界に転生。偶然というか、奇跡的な再会を果たし――それから色々だって、今はかなり、仲良くやっている。
 これは、アリオナさんの謀略――いや、少々強引な手法によるものが大きかったわけだけど。
 とにかく今の俺とアリオナさんは、恋人の一歩手前の関係なのである。恋人になっていないのは、俺が借金持ちということと、やはり欠落した感情をなんとかするまでは――という状況である。
 アリオナさんは俺の隣を陣取って、目を細めながら青空を見上げていた。


「クラネスくん、良い天気だね」


「そうだね。毎日が、こんな天気だったらいいのに」


 そんな返事をしながら、俺の声は少し沈んでいたと思う。こんな心地良い天気の下で、俺の気持ちは暗い影に覆われていた。
 そんな俺の表情に気付いたのか、アリオナさんが少し不安げな顔をした。


「クラネスくん……どうしたの? あの、あたしなにかしたかな」


「あ、いや……ゴメン、心配させちゃったね」


 俺はアリオナさんに謝ってから、小さく溜息を吐いた。


「いや……ね。予定通りの行程とはいえ、もう爺さんのフィレン領に入ったんだな……って思うと、憂鬱でね」


「お爺さんの……って、あの伯爵様?」


「そ。バートン・カーター伯爵。ちなみに、祖母はグラネンス・カーター。こっちが本来の伯爵様でね。祖父は婿入りらしくって」


「貴族にも婿入りとかあるの?」


「詳しくは知らないけどね。なんか、そういう話らしいよ。なんでも、かなり古い家系らしくって、婆様の兄弟がみんな跡を継げなくなっちゃったから、婿養子をとったとか。だから他の貴族との関わりも爺様より、婆様のほうが多いんだって」


 俺の説明にアリオナさんは、なんともいえない微妙な顔をした。


「なんか、思ってたより複雑な家庭環境なんだね」


「貴族社会なんて、複雑怪奇を地で行くようなもんじゃない? だから、あまり関わり合いたくないんだよ。今までの経験上、碌なことにならないしさ」


 婆様はまだ人当たりがいいけど、爺様がな……。借金とはいえ厨房馬車を作ることに手を貸してくれたり、フレディやユタさんを付けてくれたけど……かなりの成果主義だから油断をしていると、すべての自由を奪ってきそうだ。
 まあ婆様は婆様で、少々排他的なところはあるけど。アリオナさんなんか、絶対に家に近づけさせないだろう。
 とまあ……こんな憂鬱な気分のまま《カーターの隊商》は、昼を少しばかり過ぎたころに、フィレン領の領主街である城塞都市ムナールテスに到着した。
 顔なじみとなった衛兵に軽い挨拶をして城塞を通ると、活気のある客引きの声が聞こえてきた。
 門のすぐ側は、旅籠屋と商店が建ち並ぶ区画になっている。この位置に商人が集まることによって、街を訪れた行商人や隊商らの商いが活性化している。
 市場の顔役に会って手続きを済ませると、俺は隊商の商人たちに商売の開始を通達した。 商人が馬車の前で店を広げる中、俺も厨房馬車でカーターサンドの調理を始めていた。


「クラネス君、それじゃあ行ってくるけど」


「はい。お願いします、ユタさん」


 俺がしたためた書簡を手に、ユタさんが大通りを歩いて行く。それを見送っていたアリオナさんが、厨房馬車の小窓から顔を出している俺を見上げてきた。


「ユタさんは、何処へ行ったの?」


「爺様のところに、書簡を届けに行ったんだよ。急に押しかけても、会ってくれないからね。前の日に、連絡を入れておくんだ」


「ふうん。それじゃあ、今日はお爺さんのところへは、行かないんだ」


「そ。商売で稼げている様子を知ってもらうには、丁度いいかな……という現実逃避をしてるわけ」


 俺の努力なんか、意味がないのは承知の上だ。爺様たちはもう、なんらかの手段を使って、俺の商売の様子とかを知っているだろうし。
 そんな俺の返答に苦笑しながら、アリオナさんは力試しの準備を始めていた。まだ腕相撲ではあるけど、当人も「そろそろ新しいことしなきゃね」と、意欲を見せているけど……ほんと、隊商という環境に慣れてきはったものである。
 このムナールテスは、そこそこ大きな街ということもあって商売は盛況だった。俺のカーターサンドはもちろん、アリオナさんの力自慢も大賑わいだ。
 ただ気になるのは……ふと気付くと不可解な視線を感じることだ。だけど、これは爺様の手の者なんだと思う。
 日が暮れかけてくると、商いも終わりとなる。
 商人たちは、ユタさんが手配した宿に泊まることになる。
 後片付けをしている俺のところに、宿に行く途中なのか二人の女性がやってきた。一人はフワフワとした印象の美人で、もう一人は表情を引き締めているが、物腰は柔らかい。
 薬草などを売っているエリーさんと、護衛のメリィさんだ。


「クラネスさん、お疲れ様でした。お客様が多くて、驚きましたぁ」


「実際、今までの街と比べても賑やかですよね」


 二人の様子を見るに、そこそこ稼げたみたいだ。ニコニコと微笑むエリーさんの横で、護衛のメリィさんも笑みを浮かべていた。
 エリーさんも商人なんだけど……この二人、戦いの腕前もそこそこにある。エリーさんは魔術師だし、護衛のメリィさんは剣士だ。
 エリーさんたちは、ギリムマギという街で知り合った。魔物に襲われていた街で、民兵として雇われたことが切っ掛けとなり、俺たちの隊商に加わったんだ。


「稼げたなら、良かったですよ。今日は、ゆっくりと休んで下さい」


「ええ。そうさせて頂きますね」


 エリーさんとメリィさんが去ったあと、入れ替わるように一人の傭兵がやってきた。
 ボサボサの髪に、少し斜に構えた表情の傭兵は、俺に口を曲げて見せた。


「よお、クラネスさんよ。俺も休んでいいのかい?」


「クレイシーさんは……確か、馬車の番だった筈でしょ? 旅籠屋で飯を食べたら、馬車の警備をお願いします」


「うげぇ……マジかよ。まあ長の指示じゃ、しゃーねーか」


 頭を掻きながら、傭兵――クレイシーはのんびりと馬車列へと戻っていった。
 彼を見送ってから、俺は厨房馬車に鍵をかけた。そして近くに居た護衛兵頭であるフレディに声をかけた。
 無精髭を生やしてはいるが、精悍な顔立ちの男が振り返る。


「若、お呼びですか?」


「俺は先に飯に行ってくるから、馬車の警護を頼むよ」


「承知しました」


 俺は一緒に旅籠屋へ行こうと、アリオナさんを探した。さっきまで、力試しの片付けをしていたから、近くに居るはずだけど……。
 辺りを見回していると、上質な衣服を着た中年の男が近づいて来た。見覚えのあるその顔は、爺様の使いの者だ。


「クラネス様。バートン伯爵様から言伝で御座います。朝の二度目の鐘が鳴ったあとに屋敷へおいで下さいませ」


「……わかりました。お爺様には承知しましたと、お伝え下さい」


「畏まりました」


 使い者が去ったあと、俺は明日のことを考えて気持ちが暗くなった。
 できれば、行きたくないんだけど……そうも言ってられない。俺は溜息を吐くと、アリオナさんを探し始めた。

 ……なんかもう、胃が痛くて食欲が無いなぁ。

-------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

前に中の人の他の作品で、伯爵夫人のことを女伯とかいうこともある――と書いたのですが。夫人や未亡人は女伯とは伯爵夫人っていうらしいんですが、一人娘が伯爵の地位を受け継いだ場合……というのが、ちょっと調べきれませんでした。

ですので、本作では普通に伯爵を使っております。

貴族社会や爵位などは、軽く調べただけだと複雑怪奇に思えますね……一代限りの爵位とか。

国王とかの「気分でやってね?」って思ったりもしました。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくおねがいします!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る

がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。 その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。 爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。 爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。 『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』 人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。 『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』 諸事情により不定期更新になります。 完結まで頑張る!

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

処理中です...