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第十一部
四章-1
しおりを挟む四章 渇望の果て
1
ハイム老王を救出後、ランドたちは王都タイミョンへと戻った。
レティシアがハイム老王を王城に送っていくあいだ、ランドたちは魔術師ギルドでゴガルンの行き先について調べていた。
手掛かりは王都タイミョンから北の方角、そして不死の二つだけ。
魔術師ギルドの図書貯蔵庫では、リリンとランドが当たりを付けた蔵書を調べていた。
瑠胡も貯蔵庫にいたが、出入り口に近いところにある椅子に座り、ランドの姿をぼんやりと眺めていた。
リリンと話をしながら蔵書を調べているランドの声、そして顔は今までと変わらない。
だが神気が目覚め――いや、マハヴィロチャナと会話を交わしてから、ランドの言動が変わってしまった。
(ランドは……あんなことを言ったりはしない)
砦の前でランドが口にした言葉を思い出し、瑠胡は首を振った。
ランドが神気を宿したのは、瑠胡が龍神・恒河の血を飲ませたからだ。そのことへの後悔を覚えるが――しかし、ならどうすれば良かったのか。
あのままでは、ランドは死んでいた。死んで欲しくないから、できることをしただけなのに――。
そんな考えが頭の中で渦巻くたび、心が軋んでいく。
終わりの見えない苦悩を続けてた瑠胡の中で、虚実の認識がずれた。ハッと顔を上げた瑠胡の目は、ランドに向けられてはいたが、なにも見ていなかった。
(ランドの声、そしてランドの顔。だけど違う喋り方をする、あの人は――誰?)
ゆっくりと左右を見回す瑠胡は、肩を上下させながら、目を瞬かせた。
(ランドは……どこにもいないのかしら。ああ、もしかしたらメイオール村に戻ってしまったのかしら。だとしたら、わたくしも帰らなくては――)
「瑠胡様?」
急に立ち上がった瑠胡に、セラが驚いた顔をした。
ゴガルンの行き先が分かれば、皆で向かう――その予定だったはずだ。だから、どこか別のところへ行くような雰囲気で、瑠胡が立ち上がったことに違和感を覚えたのだ。
瑠胡は呼び止められたのを驚いたように、セラへと目を瞬いた。
「ああ、セラ。ランドが居なくなってしまったの。メイオール村に戻っているかもしれませんから、わたくしたちも戻らねば――」
「る、瑠胡様」
セラは瑠胡の両肩を掴むと、激しく揺さぶった。
「しっかりして下さい。ランドは……あちらでリリンと蔵書を調べております」
「そうは言うけれど、ランドは、あんな……あきらかな嘘で、その場をやり過ごしたり、慰めようとしたりしませんもの。だから、彼はランドでは――」
「瑠胡様」
セラは瑠胡と目を合わせると、肩を掴む手の力を増した。
「瑠胡様……現実から目を逸らしても、ランドは元に戻りません。わたしには、ランドになにが起きたのかわかりませんが……目を逸らしても、なにも変わりません。瑠胡様がランドを救おうとして、龍神様の血を飲ませたのでしょう。それが切っ掛けであるなら、最期まで見守るべきです」
「そんな……なぜ、なぜ二度もランドが命を落としかけるところに、立ち合わなければならないのです。そんな運命、非情すぎで……」
双眸からぼろぼろと涙を流す瑠胡の身体を、セラは抱きしめた。
抱きしめながら、その目にも涙が滲んでいた。
「瑠胡様……それは、わたしも同じ想いです。あなたの哀しみは、独りだけのものではありません。わたしも……共有できます、から……どうか、最期まで、共に見守り――」
最期のほうは。嗚咽混じりとなっていた。
二人で身体を抱きしめ合っていると、廊下の奥から軽い足音が駆け寄って来た。
「あ、すいません! リリンはここで――あれ?」
数冊の本を抱えた少女が、驚いた声をあげた。結い上げたヘーゼルブラウンの髪に、勝ち気な青い瞳。ランドの実の妹であるジョシア・コールが、瑠胡とセラを見て目を丸くしていた。
「瑠胡……さんに、セラさん? どうした――あ、もしかして、お兄ちゃんが、なにかしたんですか?」
「いや、そのようなことはない」
瑠胡の返答に「ふむ」と首を傾げてから、ジョシアは再び口を開いた。
「まさか……浮気されたとか」
「いや、それも違う」
今度は、セラが答えた。それだけではジョシアが納得しないと思ったのか、溜息を吐いてから言葉を付け足した。
「ランドが……少し変わってしま――」
「ああ、なにかよくわかりませんが、お兄ちゃんが原因なんですね」
セラの言葉を遮って、ジョシアが勝手に納得をした。
うんうんと頷きながら、二人へ真面目くさった顔を向けた。
「あのですね。こういうときは、ガツーンってしなきゃだめですよ? 基本的に、お兄ちゃんは糞馬鹿なんですから。一本気とか思われがちですけど、ただ馬鹿なだけですからね? 馬鹿なことをしたら、ガツーンって一発くらい殴らないと。こうですね、斜めにパーンって叩けば、少しは良くなると思うんですよ」
「そなたの言うようなことで、解決できる問題ではない」
瑠胡が力なく首を振ると、ジョシアは首を傾げた。
「なにか変わったってことですよね? うぅん……?」
ジョシアは目を細めながら、リリンと蔵書を調べているランドを見た。
背筋をピンと伸ばした姿勢は、確かに普段のランドらしくない。だが……ジョシアには、〝ちょっと変な真似をしてる、お兄ちゃん〟にしか見えなかった。
「あ、先に本を渡してきますね」
瑠胡たちに頭を下げると、ジョシアは本を抱えながらランドとリリンのいるテーブルへと、小走りに近づいていった。
我はリリンと魔術師ギルドの蔵書を調べていた。
不死を研究、もしくは不死者の調査をしていた魔術師は、ここインムナーマ王国の歴史でも例は少なくない。
だが、北の方角にいた魔術師という条件が加わると、事例が見当たらなくなる。それというのも、インムナーマ王国の歴史では、北側よりも南側のほうが歴史が古い。過去に記録を残した魔術師たちのほとんどは、南側の出身だ。
「これも外れだ。リリン、そこの本を取ってくれ」
「……はい」
リリンから次の本を受け取ると、俺はページを目に通し始めた。
序章の中程で、本を執筆した魔術師の出身地が、王国の西側であることが記載されていた。四、五〇〇年前の魔術師は、出身地で生涯を迎えることが多い。
だから、この魔術師もそのまま出身地で研究を続けた――とある。研究内容も精霊召喚に関することであるから、彼も目的の魔術師ではないのだろう。
リリンの推測が外れたか――と思ったが、我の第六感ともいえる部分が、そのような意見を否定した。
リリンの推測が当たっているという、確信だ。
さらに次の蔵書を手に取ろうとしたとき、リリンが声をあげた。
「ランドお兄様。こちらを見て下さい」
リリンが見せてきた書物には、南にある土地で産まれた男のことが記されていた。
ウィリアムという名の男は、魔術の修行に明け暮れた日々を送っていた。そんなある日、結ばれてはいないが愛していた女性と死別してしまう。
それからは不死への渇望、そして死者の蘇生についての研究に没頭することになる。そんなある日、見知らぬ魔術師が訪ねてきたらしい。
その魔術師も不死の研究をしており、共同研究を持ちかけてきた――と書かれている。男は魔術師の誘いに同意して、北へ向かったというところで、記述は途切れていた。
「リリン、この男――ウィリアムが向かった先は、わからぬか?」
「地図があれば……この当時と現在では、国の名や形が変わっていますから。それは手配をしています……でも、あの」
椅子に腰掛けたまま、リリンは不安げに我の顔を見上げた。
「ランドお兄様は、本当によろしいのですか。このままゴガルンを討伐してしまえば、もう二度と……瑠胡お姉様やセラさん、わたしやジョシアにも会えなくなってしまいます。それで、本当に……後悔はないのですか?」
「リリン。我も好んで、皆と別れようとはしておらぬ。だが、これも神々の意志によるもの。仕方がないことなのだ。リリン、どうか理解をしておくれ」
理解を求めた言葉に、リリンは僅かに俯いた。
眼鏡の奥にある彼女の瞳が、僅かに揺れた。
「お兄様は……普通なら叶わなかった、わたしの願いを聞き入れて下さいました。ですから、お兄様が本当に願うことなら……否定はできません」
「そうか」
そこで会話が途切れたとき、背後で足音が聞こえた。
「お兄ちゃん?」
振り返れば、妹であるジョシアがいた。数冊の本を抱えていることから、リリンが依頼した本を持ってきたのだろう。
ジョシアは本を抱えたまま、我の顔を見て口を曲げた。
「……なに似合わないことやってるの? 気持ち悪い」
「……今、なんと?」
ジョシアが口にしたことが、すぐには理解できなかった。
気持ち悪い……ジョシアの体調は、すこぶる良さそうだ。見た目には発熱もしていなさそうだし、顔色も普段通りだ。
我は咳払いをしてから、静かに問いかけた。
「なにが、気持ち悪いのだ?」
「もちろん、お兄ちゃんの言動に決まってるでしょ。なによ、その喋り方」
余りにも不躾な発言に、我は目を白黒とさせた。
神々と魂の深いところで繋がった我が、気持ち悪い? なにやら、悪い冗談を聞いているような気分になっていた。
なにかを言い換えさねばとしたのだが、その前にジョシアが矢継ぎ早に喋り始めた。
「あのねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、基本的に馬鹿なんだから。そんな別人のような喋り方をしたところで、誰も評価を変えないんだってば。だから似合わないことなんかしないで、普段通りに振る舞ったら? ただでさえ、気持ち悪いし」
「……」
我が呆気にとられた隙に、ジョシアはリリンに書物を渡していた。
そして去り際に我を一瞥すると、〝世話を焼かせないでよね〟という目を我に向けてきた。
……一体、なにが言いたかったのやら。
我が呆然としているあいだに、リリンが目的の書物を忙しく捲った。
「……ありました。インムナーマ王国の北にある、ザニアという小国です。そこを流れる川……昔は、ウィザン川と呼ばれていた川の源流に近い、滝の奥になります」
「そうか。行き先は決まったな」
我は瑠胡とセラを呼びに行こうとしたが、そこへレティシアがやってきた。隣には脇腹を怪我しているはずのテレサが、辛そうな顔で身体を支えられていた。
我が目を向けると、レティシアは確認するように訊いてきた。
「ゴガルンの行き先は?」
「……可能性の高い場所は、わかりました。ザニアという小国です」
「ザニア……」
リリンの返答を聞いて、レティシアは難しい顔をした。
「なら、わたしは同行できぬな」
感情の入り乱れた複雑な顔で、レティシアは告げた。
同行できないという理由も、大方の予想はつく。騎士が、他国で勝手に動き回るわけにはいかぬのだろう。もしザニアの兵士に知られれば、戦の切っ掛けになりかねない。
レティシアは我に目を向けると、絞り出すような声を出した。
「すまないが……奴を頼む」
我とレティシアは共に、ゴガルンの同期――訓練兵としてのだが――だ。レティシアの言葉は言外に、すでに王国の敵となった奴の討伐を我に託すという意味が含まれていた。
我が頷くと、レティシアの隣にいたテレサが、口を開いた。
「わたしも……同行をしてよろしいで、しょうか」
「……なぜだ?」
ゴガルンの妹であるテレサが、奴の討伐に同行する意味はない。またゴガルンを助けるために同行するというのだろうか?
我が真意を探るような目を向けると、テレサは僅かに頭を下げた。
「もう、邪魔はしません。兄の起こした、今回の騒動……その顛末を、自分の目で見なくては……それが、わたしの義務だと思いました」
「……義務、か」
肉親として、兄であるゴガルンの最期を見取るつもりなのだろうか。それを義務というのは、いささか 悩ましいところだ。
我は少しだけ考えると、頷いた。
「……よかろう」
これで目的地とそこへ向かう者が全員揃ったわけだ。ユバンラダケやウァラヌは魔術師ギルドの外にいるのだろうか。
図書館への使いを頼んだのだが、ウァラヌはともかく、ユバンラダケは不満を漏らしていたからな。ふて腐れて、外で待つことにしたようだ。
我は瑠胡やセラに声を掛けると、ザニアへと急ぐことにした。
部屋を出る前に、胸の奥が激しくざわついたが――それも清浄なる意識の波に埋もれていった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
一週間ぶりのアップとなりました。ジョシアの再登場もありましたが、次回から再びゴガルンを追っていきます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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