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風呂に入って
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夕暮れの街を抜けて自宅へ帰り着く頃には、二人とも少し疲れたような、けれど心地よい充実感に包まれていた。
買い物袋を玄関に置き、台所に立って簡単な夕食を一緒に作る。体は入れ替わっていても、慣れた動作や声の調子にはどこか“いつもの夫婦”のリズムがあった。
「んー、美味しい!」
食卓で、隆司の身体をしている美咲が満足げに頷く。
「なんか、食べる時の感覚も違って面白いね。力強く噛んでる感じがする」
「そりゃあ俺の体だからな」
美咲の姿をした隆司は、照れ笑いを浮かべながら箸を進めた。
「でも美咲が作る味付けは、体が違ってもやっぱり安心する」
普段なら当たり前の夕食の時間が、不思議と新鮮に感じられる。お互いの視点を交換しただけで、こんなにも日常は違って見えるのか――二人はそんな小さな驚きを楽しんでいた。
食事を終え、後片付けを済ませると、二人はそろって浴室に入った。
曇った鏡、湯気の立ち込める狭い空間。湯船に並んで肩まで浸かると、一日の疲れがじんわりと解けていく。
「ふぅ~……」
隆司の姿をした美咲が、湯にのぼせたように大きく息を吐く。男の低い声が浴室に響くのが、まだ自分でも慣れないらしい。
「なんか、不思議な感じだね!」
その隣で、美咲の姿をした隆司が、頷きながら笑った。
「ああ、そうだね。体は君なのに、仕草が俺っぽくて……変な気分だよ」
二人は同時に顔を見合わせ、くすりと笑った。鏡に映るのは、まるで別人同士が笑い合っているようだが、心は確かに夫婦のまま。なんとも形容しがたい安心感がそこにあった。
やがて、美咲――つまり隆司の姿の彼女が、思い出したように声を弾ませた。
「ねえ、今日買った洋服さ!」
「うん?」
「これからは私も着れるし、隆司も着れるんだから、二人でシェアできるよね? お得だよね!」
満面の笑みで言い切るその表情は、体は隆司なのに仕草は完全に美咲そのもの。湯気の中で目を輝かせているのを見て、隆司は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……ははは! そんな発想なかったよ」
肩を揺らして笑いながら、タオルで顔の汗を拭った。
「でも、確かにそうだな。今日のスカートもワンピースも……今の俺が着ても、まあ似合っちゃうわけだし」
「そうでしょ? 二人で共有できるなんて、すごく新しいよね!」
美咲は嬉しそうに湯をぱしゃりと跳ねさせる。
隆司は首を振りながらも、どこか誇らしげに微笑んだ。
「……本当に、君は前向きだよな。俺だったら“どっちが着るか”で頭を抱えそうなのに」
「ふふ、いいじゃない。二人とも着れるんだから、順番に着ればいいのよ。ね?」
その柔らかな笑みに、隆司は胸が温かくなるのを感じた。入れ替わりの不思議な体験は、戸惑いや恥ずかしさもあったけれど、結局は夫婦の絆を少し強くしたように思える。
浴室に湯気が満ちるなか、二人の笑い声がまた響いた。
買い物袋を玄関に置き、台所に立って簡単な夕食を一緒に作る。体は入れ替わっていても、慣れた動作や声の調子にはどこか“いつもの夫婦”のリズムがあった。
「んー、美味しい!」
食卓で、隆司の身体をしている美咲が満足げに頷く。
「なんか、食べる時の感覚も違って面白いね。力強く噛んでる感じがする」
「そりゃあ俺の体だからな」
美咲の姿をした隆司は、照れ笑いを浮かべながら箸を進めた。
「でも美咲が作る味付けは、体が違ってもやっぱり安心する」
普段なら当たり前の夕食の時間が、不思議と新鮮に感じられる。お互いの視点を交換しただけで、こんなにも日常は違って見えるのか――二人はそんな小さな驚きを楽しんでいた。
食事を終え、後片付けを済ませると、二人はそろって浴室に入った。
曇った鏡、湯気の立ち込める狭い空間。湯船に並んで肩まで浸かると、一日の疲れがじんわりと解けていく。
「ふぅ~……」
隆司の姿をした美咲が、湯にのぼせたように大きく息を吐く。男の低い声が浴室に響くのが、まだ自分でも慣れないらしい。
「なんか、不思議な感じだね!」
その隣で、美咲の姿をした隆司が、頷きながら笑った。
「ああ、そうだね。体は君なのに、仕草が俺っぽくて……変な気分だよ」
二人は同時に顔を見合わせ、くすりと笑った。鏡に映るのは、まるで別人同士が笑い合っているようだが、心は確かに夫婦のまま。なんとも形容しがたい安心感がそこにあった。
やがて、美咲――つまり隆司の姿の彼女が、思い出したように声を弾ませた。
「ねえ、今日買った洋服さ!」
「うん?」
「これからは私も着れるし、隆司も着れるんだから、二人でシェアできるよね? お得だよね!」
満面の笑みで言い切るその表情は、体は隆司なのに仕草は完全に美咲そのもの。湯気の中で目を輝かせているのを見て、隆司は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……ははは! そんな発想なかったよ」
肩を揺らして笑いながら、タオルで顔の汗を拭った。
「でも、確かにそうだな。今日のスカートもワンピースも……今の俺が着ても、まあ似合っちゃうわけだし」
「そうでしょ? 二人で共有できるなんて、すごく新しいよね!」
美咲は嬉しそうに湯をぱしゃりと跳ねさせる。
隆司は首を振りながらも、どこか誇らしげに微笑んだ。
「……本当に、君は前向きだよな。俺だったら“どっちが着るか”で頭を抱えそうなのに」
「ふふ、いいじゃない。二人とも着れるんだから、順番に着ればいいのよ。ね?」
その柔らかな笑みに、隆司は胸が温かくなるのを感じた。入れ替わりの不思議な体験は、戸惑いや恥ずかしさもあったけれど、結局は夫婦の絆を少し強くしたように思える。
浴室に湯気が満ちるなか、二人の笑い声がまた響いた。
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