入れ替わり夫婦

廣瀬純七

文字の大きさ
9 / 20

カフェでの会話

しおりを挟む

 ショッピングモールの一角にあるカフェは、柔らかなライトに包まれていた。木目調のテーブルと観葉植物に囲まれ、客たちが思い思いにくつろいでいる。
 その片隅の席に、山本夫妻――ただし中身が逆になった二人が腰を下ろしていた。

 テーブルの上には、白い紙袋がひとつ。中には婦人服、そして先ほど慌ただしく購入した淡いブルーのランジェリーセット。袋の存在感がやけに重たく、二人の視線は自然とそこに集まってしまう。

「……なんか、こうして見ると妙にリアルだな」
 隆司――今は美咲の姿である彼が、カフェラテを一口すすりながら苦笑する。
「まさか俺が“美咲として”服や下着を買う日が来るとは思わなかったよ」

 対面に座る美咲――隆司の体をしている彼女は、カップを指で軽く回しながら楽しそうに笑った。
「ふふ、意外と似合ってたじゃない。スカート姿も、下着を選んでる時の顔も、全部新鮮で」

「おい、そんなに楽しそうに言うなよ……」
 隆司は照れ隠しのように小さく咳払いをした。頬がほんのり赤らんでいるのが、ガラスに映る姿からも分かる。

 しばし沈黙。二人ともドリンクを飲みながら、目の前の袋をちらちら見ては目をそらす。夫婦で買い物に来たはずなのに、この袋ひとつでこんなにも気恥ずかしい空気になるのだから不思議だ。

「……なあ」
 やがて隆司が口を開いた。
「結局さ。こうして服を買ったり下着を選んだりしてると……思うんだけど」

「うん?」
 美咲がカップを置き、彼を見つめる。

「もしかして……最初から、自分の服が買いたかっただけなんじゃないのか? それで、“入れ替わるモニター”だなんて話に飛びついたんじゃないか?」

 半ば冗談、半ば本気。隆司は眉をひそめながらも、どこか探るように問いかけた。

 一瞬、美咲はきょとんとした表情を浮かべた。次の瞬間、大柄な体を揺らして朗らかに笑い出す。
「ふふっ、鋭いわね。そうね、それもあるかな!」

 あまりにもあっさりとした答えに、隆司は思わず口を半開きにした。
「やっぱりそうか……!」
「だって、自分の服を買うときっていつも“似合うかな、派手すぎるかな”って悩むでしょ。でも隆司になってたら堂々と選べるじゃない。しかも、目の前で“美咲に似合う”って言ってもらえるんだから、一石二鳥でしょ?」

 さらりと言い切る妻に、隆司は呆れたようにため息をついた。
「……恐るべしだな、うちの奥さんは」
 けれど、その口元はほんのり緩んでいた。

 袋の中には、確かに美咲に似合う服と下着が入っている。けれどその買い物は、入れ替わった二人にしか味わえない不思議な体験であり、思い出になった。
 そして隆司は心のどこかで思っていた――「結局、これも夫婦の新しい形のコミュニケーションなのかもしれない」と。

 カフェの窓の外には、休日を楽しむ人々のざわめきが広がっていた。二人の奇妙な“入れ替わりデート”は、まだまだ続いていく気配を漂わせていた。

---

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

夫婦交錯

山田森湖
恋愛
同じマンションの隣の部屋の同い年の夫婦。思いの交錯、運命かそれとも・・・・。 少しアダルトなラブコメ

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...