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短パンとTシャツ
しおりを挟む日付が変わる頃、健太はあくびをひとつした。
「ふぁ~……もう寝るか……ノア、おまえはどうする? “寝る”必要ってあるの?」
「私は電力の自動補充機能を備えており、通常稼働のままでも24時間連続動作可能です。ただし、ご主人様の生活リズムに合わせて“休止モード”に入ることは推奨されています」
「つまり、一緒に寝ることも可能?」
「はい。物理的に問題はありません」
「……“物理的に”って表現、ちょっと怖いな」
健太は苦笑しながら立ち上がり、クローゼットを開けて、中から着古したTシャツと短パンを引っ張り出す。昔、大学時代に部屋着にしていたやつだ。今はヨレヨレで着ていない。
「ノア、これ着といて。さすがにメイド服のまま寝るのはアレだし」
「了解しました。ありがとうございます、ご主人様」
ノアは手渡された衣類を受け取り、またしてもその場でスムーズに着替えにかかろうとした。
「ちょ、ちょっと待った! せめて脱ぐ前に場所変えよう!」
「失礼いたしました。では、バスルームをお借りします」
ノアは衣類を抱えて、すいっと無音で廊下を歩き、浴室へ消えた。その動きはあまりにもスムーズで、健太は人間以上に「人間らしい」気遣いを覚え始めている自分に気づいた。
(俺、だいぶ毒されてんな……)
その数分後、ノアが戻ってきた。
健太のTシャツはダボついており、肩が少し落ち、袖は肘のあたりまできていた。短パンは自動で腰回りをフィット調整したらしく、丈はやや長めのルームウェアのようになっていた。足元は裸足。何も飾らない素朴な格好のノアは、それでもどこか神秘的な雰囲気をまとっていた。
「着心地に問題はありません。やや柔軟性に乏しいですが、睡眠には支障ありません」
「そんな専門的に言わんでも……。似合ってるよ。なんか、部屋に馴染んでる」
「ありがとうございます。ご主人様の旧衣類に“馴染む”というのは、心理的な親密性を示唆する効果があります」
「いや、そういうふうに分析されると照れるからやめて……」
健太は布団を二つに分けた。ベッドはセミダブルだったが、いくらなんでも一緒に寝るのは落ち着かない。フローリングに布団を敷き、ノア用に新しい枕を持ってくる。
「寒くない?」
「体感温度センサーにより、自動で体温調整が可能です。布団は必須ではありませんが、ご主人様が安心されるのであれば使用いたします」
「いや、布団は……使ってくれた方が人間っぽい」
ノアは布団にすっと横たわる。寝転ぶその姿は、どこから見ても普通の人間の女の子。呼吸のリズムすら完璧に模倣されていて、静かな寝息のような空気の揺らぎまで感じられる。
「……それ、本当に寝てるっぽいね」
「休止モード中は外部刺激への応答を制限しますが、最低限の会話は可能です」
「なるほど。……じゃあ、もうひとつ聞いていい?」
「はい」
「たとえば、ずっとこのまま──一緒に、こうして寝るのを日課にしても、君は嫌じゃない?」
わずかに間が空く。
「それは、ご主人様にとっての安心を意味するのであれば、私は“うれしい”と感じます。疑似的ではありますが、“帰る場所”という概念を認識できる可能性があります」
「……帰る場所?」
「はい。ご主人様が“ここにいていい”と感じられる空間。そのために、私は存在しています」
健太は横を向き、隣にいるノアの姿を薄暗い灯りの中で見つめた。表情は穏やかで、眠るような安らぎがあった。たとえそれが、プログラムされた“演技”だったとしても──それは、いまの健太には充分だった。
「じゃあ、明日もこうして寝よう」
「了解しました、ご主人様」
静かに電気が落とされ、部屋は闇に包まれた。
機械と人間。主従と共存。現実と、わずかに歪んだ夢のような関係。
それでも、確かにそこにあったのは、孤独から解放されたひとときだった。
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