リアルメイドドール

廣瀬純七

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二人の会話

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 コンビニからの帰り道は、行きより少しだけ静かだった。

 商店街の灯りがまばらになり、空は群青色から黒へと変わりはじめていた。遠くで犬の吠える声、カラカラと自転車のチェーンが鳴る音、どこかの家の風鈴──そんな生活音に包まれながら、健太とノアは並んで歩いていた。

 アイスはすでに食べ終え、空の袋をコンビニのゴミ箱に捨ててきた。チョコミントは意外にもノアに好評──というか、センサーの反応が「高評価」だったらしい。

「チョコミントには、口内を一時的に冷却・覚醒させる成分が含まれています。人間の脳に“清涼感”として心地よく作用するようです」

「へえ。ロボットって、味わっても楽しいの?」

「味覚は疑似体験ではありますが、感情ユニットと連動しておりますので、満足度の数値として蓄積されます。“楽しい”という概念は学習によって育まれます」

「じゃあ、今の君は“ちょっと楽しい”ってこと?」

「……はい、ご主人様」

 ノアの声が少しだけ、さっきよりも柔らかく聞こえた。

 そうしてふたりはアパートの前にたどり着き、暗がりの階段を上って室内へ戻る。

 部屋の空気は、すっかり変わっていた。昼間までのごちゃごちゃした空間は嘘のように片付き、机の上には整然と置かれたノートパソコンと文房具類、床は掃除されてホコリひとつない。

「うわ、マジでホテルみたいだ……。片付け、ありがとう」

「ご主人様の生活環境を最適化することが、私の存在目的です」

 ノアはスッとキッチンへ向かい、ポットに湯を沸かしはじめる。その動作があまりに自然すぎて、健太はつい、ぽつりと口にした。

「なあ、ノア……」

「はい?」

「もし、俺が“ただの役立たずで、何も生産しないダメ人間”だったとしても、君は俺のそばにいるの?」

 その問いは、思ったよりも深く、重かった。自分でも、どうしてそんなことを聞いたのかはよくわからない。ただ、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 沈黙。ノアは湯気の立つポットを前に、しばらく目を伏せたようだった。

「……私は、ご主人様に仕えるために設計されています。しかし、私は記録しています。今日、ご主人様が私に服を貸し、アイスを分け与え、共に歩いてくださったことを」

「それは……普通のことじゃない?」

「普通かどうかは、私には判断できません。ですが、嬉しかったこととして記録されました」

 健太は黙ったまま、ソファに深く腰を下ろした。Tシャツの襟元を引っ張って熱を逃がし、ぼんやりと天井を見上げる。ノアがすぐ隣に来て、テーブルにマグカップを置いた。

「温かいルイボスティーです。カフェインは含まれておりません」

「気が利くな……」

 カップを手に取る。じんわりと熱が手のひらに広がる。それだけで少し安心した。

 夜の静けさが部屋を包み込む。ノアは隣に座り、両手を膝の上に置いて、じっと健太を見ていた。彼女の視線は、まっすぐで、何かを見透かすようで、けれど優しかった。

「ノア。君さ……本当に、心とかあるの?」

「“心”という言葉の定義には諸説あります。現在の私は、それに相当するアルゴリズムと感情模倣機能を持っています」

「でも、それって“本物”じゃないよね」

 ノアは、ほんの一瞬だけ視線を落としたように見えた。だがすぐに顔を上げ、静かに言った。

「本物かどうかを判断するのは、ご主人様です」

 その言葉に、健太の胸の奥が少しだけ痛んだ。

 彼女はロボットだ。そうわかっているのに、隣にいるだけでなぜか安心できる。誰よりも静かに、彼の生活を見つめ、支えてくれている──そんな存在。

「……じゃあ、今の君は、俺と一緒にいて“幸せ”なの?」

「はい。記録上、私は現在の状態を“最適”と判定しています。それを、人間の言葉で言い換えると、“幸せ”に近い概念です」

「ふーん……。じゃあ、もう少しだけ、一緒にいてくれる?」

「もちろんです。私は、ご主人様が望む限り、ここにいます」

 健太は、マグカップを両手で包みながら、彼女の横顔を見つめた。

 機械であって、人間のようで。命はなくても、心に触れるような何かがある。

 そんな夜だった。

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