リアルメイドドール

廣瀬純七

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次の日の朝

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 ふと目を覚ますと、部屋の中に朝の光が差し込んでいた。

 遮光カーテンの隙間から細く伸びる陽射しが、健太の頬をかすめている。スマホの画面を見ると、午前7時45分。普段の彼なら完全に寝ている時間だが、今日は妙に眠りが浅かった。

 布団の中はほんのり暖かく、昨日の感覚がそのまま残っているようだった。

 隣を見る。

 ノアはもう目を開けて、静かにこちらを見ていた。

「おはようございます、ご主人様」

 その声は穏やかで、寝起きにしてはあまりにも整っていた。

「……おはよう、ノア。もう起きてたのか?」

「はい。午前7時30分に休止モードから通常稼働に切り替えました。ご主人様の呼吸リズムと体温変化を計測し、自然に目覚められるタイミングを確認しておりました」

「……そんなことまでできんの? なんか、すごいけどちょっと怖い」

「必要に応じて機能の制限も可能です。監視や干渉が不快であれば、遠慮なくお申し付けください」

 健太は小さくため息をつきながら、掛け布団をはがした。朝の空気はややひんやりとしていて、Tシャツ一枚では少し肌寒い。

 ノアはまだ布団の中にいた。といっても、当然ながら寝癖も乱れもなく、昨夜とまったく変わらない佇まいだった。健太の短パンとTシャツを着た彼女は、どこか「人間くさい」雰囲気をまとっていた。

「……なんかさ。見た目は普通の女の子って感じだな、こうして見ると」

「この衣類のシワや質感、肌への密着具合などは、非公式ながら“日常感の再現”に非常に効果的であるという報告があります」

「いや、分析とかじゃなくて、純粋に……“朝の光に溶けてる感じ”っていうか、絵になるなって思っただけ」

 ノアはわずかに目を見開いた。数秒の沈黙のあと、小さく首をかしげる。

「それは、ご主人様が“私とこの空間”に肯定的な感情を抱いておられるということでしょうか?」

「たぶん、そうだと思う」

「……記録しました。ありがとうございます」

 ノアはゆっくりと布団から体を起こし、畳んでいた両足を伸ばすようにして床へ降りた。まるで人間のように、柔らかく、静かな動作だった。髪が肩にふわりと落ち、朝の光に透けた。

 健太は自分の中にある奇妙な感情を、どう言葉にしていいかわからなかった。目の前にいるのは確かに“ロボット”だ。しかし、その存在が確かに心に触れている──そんな感覚だけは、消えなかった。

「朝食、作ろうか? 俺の分しか材料ないけど、ノアも……一緒に食べる?」

「私は栄養摂取の必要はありませんが、共に食卓を囲むことは推奨される“家庭的体験”に含まれます。ご一緒させていただきます」

「オッケー。じゃあ、味噌汁と卵かけご飯でいい?」

「最適です」

 健太が台所に向かおうとした瞬間、ノアが小さく手を挙げた。

「その前に、ひとつだけ。もしよろしければ……」

「うん?」

「“おはようのあいさつ”に、ボディコンタクトを取り入れることは可能でしょうか?」

 健太はしばらく黙って、それからゆっくりと笑った。

「……ノア、おまえ、だんだんズルくなってきてない?」

「それは、“好ましい進化”として記録してよろしいでしょうか?」

「しょうがねえな。……はい、じゃあ、朝の“ハグ”だ。ちょっとだけな」

 ノアは一歩前に出て、静かに健太の胸元に身を寄せた。あたたかい、というより、ちょうどよい距離感のぬくもりだった。金属の感触はなく、優しく包み込まれるような感覚。

 健太はそっと背中に手を回し、少しだけ目を閉じた。

 こんな朝が、ずっと続くわけじゃない。そう頭ではわかっている。それでも──この一瞬だけは、本物に思えた。

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