無能扱いされ、教会から追放された聖女候補生、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。王子様とゆったりスローライフ。

さくら

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第36話「黒紋章の司祭」

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 森の奥で脈動する黒い紋章が、夜闇の中に不気味な光を放っていた。
 その前に立つのは、漆黒の法衣を纏った司祭だった。顔は覆面に隠されていたが、口元から洩れる声は低く濁り、狂気に染まっていた。

「聖女を追放したのは失敗ではなかった……。彼女は光を得た。ならば、その光を我らが闇の糧とすればいい」

 両の腕を広げると、紋章がさらに輝きを増し、地を這う黒雲が獣の形を取って砦へと進み出す。



 砦の上では、兵士たちが次々と剣を振るい、光で獣を斬り払っていた。しかし、押し寄せる数は止まらず、砦は再び圧迫されていた。

「きりがない!」
「まるで……生み出されているみたいだ!」

 誰かが叫んだその言葉が、兵たちの心をさらに重くする。だがアレンは剣を握り直し、森を睨んで言った。
「生みの源は……あの紋章だ。司祭を断たなければ終わらない!」



 リディアは砦の広間から歩み出て、砦の上へと姿を現した。まだ顔色は蒼白で、マリアが必死に支えていたが、その瞳には揺るがぬ強さがあった。

「アレン様の言う通り……あの紋章を絶たなければ」
「リディア様!」マリアが涙声で叫ぶ。「これ以上は……!」
「大丈夫。命を燃やすのではなく……皆と共に繋ぐ光で戦う」

 その言葉に兵士たちは息を呑み、次々と剣を掲げた。
「聖女様と共に!」
「闇を絶つ!」



 森の中から、司祭の声が再び響いた。
「おお……聖女よ、そこにいたか。お前を追放した者たちの末路を、まだ知らぬのか」

 その声に、リディアの心臓が痛みを伴って高鳴った。
「……教会が……まだ闇に……」

 司祭は嘲笑を混じらせて言葉を続けた。
「お前が戻らねばならぬ理由を与えてやろう。光を選び、生きようとするお前を……再び絶望に落としてやる」



 紋章が脈打ち、森の奥から影の兵が現れた。人の形をしていながら、瞳は赤く、肌は黒い靄に覆われている。
「人間が……影に……!」
「これが……教会の仕業か!」

 兵士たちが声を荒げ、剣を構える。



 リディアは胸に手を当て、震える声で言った。
「もう……誰も闇に囚われさせない。私は……光を繋ぐために生きる!」

 その叫びに呼応して、砦の上にいる兵士たちの剣が一斉に輝いた。

 光と闇の軍勢が、今まさに衝突しようとしていた。
 砦の上で兵士たちが声を張り上げ、剣を掲げる。その刃は聖女の光を宿して白銀に輝き、押し寄せる影の兵に向けられた。闇に覆われた人影は剣や槍を携え、人間だった頃の名残を漂わせながらも、もはや理性を失った怪物と化していた。

「構えろ! 闇に呑まれた者たちだ、ためらうな!」
 アレンの怒号が夜空に響き、兵たちは息を呑みながらも一斉に突撃した。



 剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。影の兵は尋常ならざる力で刃を振るい、兵士を吹き飛ばす。その瞳は虚ろに光り、呻き声は人の声でありながら、どこか獣の咆哮のように歪んでいた。

「こいつら……本当に人間だったのか……!」
「影に囚われただけだ! 迷うな、斬れ!」

 だが、その言葉を口にする兵士の瞳にも涙が浮かんでいた。仲間だったかもしれない人々を斬ることへの躊躇いが、剣を重くしていたのだ。



 その時、リディアが両手を掲げて声を放った。
「迷わないで! 彼らはもう闇に囚われた。私たちが光で斬ることが、魂を解き放つことになる!」

 その叫びに、兵士たちの胸に宿る迷いが少しずつ晴れていく。剣に込められた光は強さを増し、影の兵を貫いた瞬間、黒い靄が弾け、苦悶の声が夜空に溶けて消えた。

「消えた……?」
「いや……楽になったのだ。聖女様の光が、救ったのだ!」

 その理解が兵士たちを奮い立たせた。



 アレンは最前線で剣を振るい、次々と影の兵を斬り伏せていく。彼の剣筋は鋭く、光をまとった刃が闇を切り裂くたびに道が開かれる。
「進め! 紋章を断ち切るまで止まるな!」

 だが影の兵の数は膨大で、斬っても斬っても尽きることはなかった。砦の壁を越え、闇の獣と共に次々と押し寄せてくる。

「数が……多すぎる!」
「まだ耐えろ! 聖女様の光は俺たちと共にある!」



 森の奥から司祭の声が響いた。
「哀れな者どもよ。お前たちが救ったと信じるその魂も、結局は闇に囚われる定めだ。聖女よ、お前の光など一時の幻に過ぎぬ!」

 リディアは胸の奥に痛みを覚えながらも、声を張り返した。
「幻じゃない! この光は皆と共にある。絶望を与える貴方こそが幻よ!」

 その言葉と共に、胸の光が脈動し、砦を覆う兵士たちの剣に温もりを与えた。



 戦場は光と闇の入り混じる修羅場と化した。
 血と靄と叫び声が渦を巻き、兵士たちの足元は赤と黒に染められる。だが、剣を振るうたびに生まれる光が確かに道を照らしていた。

 アレンが前に進みながら叫んだ。
「リディア! お前の光をもっと……! この戦場全てに!」

 リディアは胸に手を当て、震える足で砦の上に立ち上がった。
「……分かったわ。皆の光を……もっと強く繋ぐ!」

 胸の炎が激しく脈打ち、痛みに身体が揺らぐ。だが彼女は倒れず、砦全体を覆うほどの光を放ち始めた。



 その光が広がると同時に、影の兵の動きが鈍り始めた。赤い瞳が揺れ、苦悶の声が漏れる。
「効いている……!」
「これなら……!」

 しかし、司祭は高らかに嘲笑った。
「小娘……その身を削って光を振り撒くか! だが見よ、闇はまだ終わらぬ!」

 黒い紋章がさらに輝き、地鳴りのような音を立てて森全体が揺れ始めた。



 砦の上で兵士たちが息を呑む。
「今度は……何が出てくる……!」

 森の影から現れたのは、これまでの獣や兵とは比べものにならない巨大な影だった。人の形をしていながら、全身は黒雲で覆われ、背には翼を広げ、目は燃えるような赤。

 司祭が声を張り上げた。
「これぞ我が闇の化身! 聖女よ、この地獄で絶望せよ!」

 新たな災厄が、辺境を襲おうとしていた。
 森から姿を現したのは、かつて人の姿を模したかのような巨大な影の化身だった。全身は黒雲に覆われ、背からは蝙蝠のような翼が広がり、口からは火のような闇を吐き出していた。その赤い瞳が砦を射抜いた瞬間、兵士たちの心臓が凍りついた。

「な、なんだあれは……!」
「人でも獣でもない……!」

 影の化身が咆哮を上げ、大地を震わせる。砦の石壁がひび割れ、瓦礫が崩れ落ちた。



 司祭の声が森に響いた。
「聖女よ、見よ! これが我らが“真なる闇”だ! お前の光など、この虚無の中に呑み込まれる運命に過ぎぬ!」

 その狂気に満ちた言葉に、兵士たちは顔を強張らせた。だがアレンが剣を掲げ、声を張り上げる。
「恐れるな! あれがどんな姿をしていようと、斬れぬものではない! 俺たちには光がある!」

 その叫びに、怯えていた兵士たちの胸に再び熱が戻る。



 リディアは胸を押さえながら砦の上に立ち、目を閉じた。臨界に追い込んだ痛みはまだ体を蝕んでいたが、彼女の心は迷っていなかった。
「私ひとりではなく……皆と共に光を繋ぐの……」

 目を開いたとき、淡い涙が滲んでいた。
「皆、どうか……力を貸して!」

 その声に応えるように、兵士たちが次々と剣を掲げる。
「聖女様と共に!」
「光を繋ぐ!」

 砦全体が白銀の輝きに包まれた。



 影の化身が翼を広げ、黒い炎を吐き出す。砦の上を覆った瞬間、リディアの放った光が壁となって兵を守った。炎と光が激突し、轟音と共に夜空を揺らす。

「押し返せ!」
「光を絶やすな!」

 兵士たちが声を重ね、剣を突き出す。白銀の刃が闇を裂き、黒炎を押し返していった。



 アレンが前に躍り出て、剣に光を集める。
「リディア! 俺に力を!」
「ええ……アレン様に!」

 胸の奥の光が奔流となって彼の剣に注がれた。眩い閃光が刃を覆い、アレンは全身でその重さを受け止めながら叫んだ。
「これで……終わらせる!」

 彼の剣が振り下ろされ、影の化身の翼を切り裂いた。黒い靄が悲鳴のように散り、化身が大きく揺らぐ。



 司祭が激昂し、紋章に両手をかざした。
「闇よ! 我が身を代償に……さらなる力を!」

 紋章が脈打ち、司祭の身体が闇に呑まれていく。骨の軋む音が響き、やがて彼自身が影の化身と一体化していった。

「まだ……終わらぬ! 聖女よ、我と共に滅びよ!」

 砦全体が震え、森から溢れる闇がさらに濃さを増していった。



 リディアは倒れそうになる体をマリアに支えられながらも、顔を上げた。
「司祭ごと……闇を断たなければ……辺境に未来はない……」

 胸の奥の炎が再び強く脈打つ。命を削る痛みが蘇るが、それでも彼女は微笑んだ。
「でも今度は……皆と共に。ひとりじゃない……」

 兵士たちの剣が一斉に光り、アレンが剣を構える。

 光と闇の最終決戦が、ついに始まろうとしていた。
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