トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣

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色は匂へど

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 「陽、」
 「sui、時間だ。早く荷物を取ってこい」
 「茨木……」
 「余裕を持ってきたのに、お前のせいでもう時間がない。今日は前々から決まっていた大事な仕事だって分かってるだろ」


 血の気をなくして顔を青くした僕を見た翠がこちらに足を進めようとするけれど、冷たい声がそれを止めた。

 翠もそろそろここを出ないといけない時間だと分かっているのだろう。逆らえない立場の翠は僕の頭を撫でてから、リビングへ向かった。その顔はやりきれない表情を浮かべていて、僕の心臓がぎゅと痛んだ。


 「全く、困ったもんだ。君もあまり自惚れない方がいい」
 「…………」
 「あいつが運命の番を探すために芸能界に入ったことは知っているのか?」
 「え、」
 「はは、知らなかったのか。suiの番でもないくせに、恋人面しているなんて笑わせるね。君はただの暇潰しだよ」


 もうやめて、と。
 耳を塞いで、そう叫んでしまいたかった。

 絶え間なく突き刺さる言葉の刃がぶすぶすと心臓を突き刺していく。あまりの衝撃と痛みに一瞬呼吸の仕方を忘れてしまう。足元が崩れ落ちて、奈落の底に落ちていくかのような感覚に、ふらりと体が揺れた。

 分かっていたはずだった。明確な社会的地位の差、性の差。翠と僕の間にある境界線はどれだけ足掻いても越えられないって、最初から理解していたつもりだった。

 だけど、改めて他人に釘を刺されるとその考えすら甘かったと自覚する。痛みの消えない傷がどんどん増えていって、自分が自分じゃなくなってしまいそう。心が壊れそうだった。


 「最近、あいつの様子がいつもと違うからな。もう直、番が見つかるって本能が予感してるんだろう」
 「…………」
 「君はそれまでの前座に過ぎない」


 靴を脱いで上がってきた男は、僕の前に立ちはだかる。びりびりとしたアルファ特有の圧を感じて、萎縮する。黙り込んだまま俯く僕を見て、不愉快そうに眉を寄せた男がすんと匂いを確かめた。


 「オメガかと思ったが、何の匂いもしないな。なんだ、君は番にもなれない、ただのベータか」
 「ッ、」
 「はぁ……、哀れだね。suiは俺たちアルファの中でも特別な存在だから、お前のようなベータが選ばれることはない。精々、早く離れる準備をしておくことだな」


 ――ただのベータ。
 何度も自分に言い聞かせてきたその言葉が重く伸し掛る。歪に積み上げられた幸せが崩れていく音がした。

 何も言葉は出てこなかった。肯定も否定もできなくて、ただ浴びせられる言葉の意味を飲み込もうとするけれど、うまく咀嚼できなかった。

 理解してしまったら最後、翠には黙って離れるしかないと思った。

 だけど今はまだ、……翠の番がまだ見つかっていない今だけは、隣にいることを許してほしかった。まだ幸せを手放す勇気も、翠に番ができることを祝福する気持ちも持ち合わせていないから。


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