34 / 81
色は匂へど
3
家主でもない僕が出るわけにはいかなくて、翠を待つことしかできない。どうしようとあわあわする僕の元にシャツを届けた翠は、再び鳴らされたインターホンに顔を顰めている。
「はい、これ」
「ありがとう……、あの、早く出なくて大丈夫?」
「うん、どうせマネージャーだから。時間はまだ余裕あるし」
そう言って、シャツをぎゅと握り締める僕に何度も口付けを落とす翠は、昨日よりも少しだけ荒っぽかった。イライラしているのが伝わってくる。
「それでも、マネージャーさんなら余計出た方がいいんじゃ……」
「陽」
小言を言う僕を咎めるように名前を呼ばれて、項に噛みつかれる。アルファのフェロモンがそこから僕の中に流れ込んでくるみたいで、熱い息を吐いた。昨夜の情事を思い出して、身体が熱を持ち始める。
「駄目だな、陽のことになると途端に余裕がなくなる」
「ん、翠っ……」
「自分のシャツにさえ、こんなに嫉妬してるなんてね」
首筋から始まって、身体の至る所に咲く赤い花の数はこうしている間にもどんどん増えていく。翠に愛された証だと思えば、たとえそれが偽りだったとしても、その一つひとつがどれも愛おしくて堪らなかった。
――ピンポーン。
昨日の甘い熱がまたぶり返しそうになった時だった。三度鳴らされたそれに翠が遂に舌打ちをする。足音を立ててオートロックを解除しに行った翠は、顔に思いっきり「不機嫌です」と書いていた。
「最悪、もっと陽と一緒にいられるはずだったのに」
「……僕はここで待ってるから、頑張って、ね?」
「はぁ~~、離れたくない」
大袈裟なほどにため息を吐き出した翠にぎゅうと抱き締められる。離れがたいと思っているのは翠だけじゃない。恐る恐る翠の背中に手を回そうとしたときだった、玄関のドアが開く音がして知らない声が聞こえてきた。
「sui! お前、起きてるって言っただろ!」
「あいつ、スペア使いやがったな……」
いつもと違ってお口の悪い翠がぱっと体を離して、玄関に向かおうとするのを、あ……、とつい服の裾を掴んで引き止めてしまう。すぐにその手を離したけれど、翠がそれに気づく方が早かった。
「っ、もう、そんなかわいいことしないで」
「ご、ごめんなさい……」
「違う違う、怒ってるわけじゃないから」
しゅんとして謝罪の言葉を口にする僕の頭を撫でた翠は、これ以上ここにいたら決意が揺らぐと、重たい足取りで寝室を出て行く。
行かない方がいいって、頭ではそう分かっているのに、体が勝手に動いて、その後を追う。訪問者にバレないようにおずおずと寝室のドアから首だけ出せば、翠越しにばちんと知らない顔と目が合った。失敗したと、瞬時に察して息を飲む。
「ッ、」
「sui、またお前はその辺の適当なオメガを連れ込んでたのか」
「ちょっと、適当な嘘つくのやめてくれない? 陽、それ嘘だから」
冷淡な声が耳にこびりついて離れない。
翠が違うと言っているのだから、それを信じればいいのに。幸せで浮かれていた僕の頭に、がつんと襲ってきた現実。その衝撃は大きすぎて、うまく飲み込めない。
そうだ、翠はアルファだ。たとえ翠が覚えていなくても、発情したオメガに誘惑されて一晩だけの関係を持ったことがあるかもしれない……。その後処理を翠にも言わずにこのマネージャーがやっていたのだとしたら、翠にその自覚がなくて当然だ。
「はい、これ」
「ありがとう……、あの、早く出なくて大丈夫?」
「うん、どうせマネージャーだから。時間はまだ余裕あるし」
そう言って、シャツをぎゅと握り締める僕に何度も口付けを落とす翠は、昨日よりも少しだけ荒っぽかった。イライラしているのが伝わってくる。
「それでも、マネージャーさんなら余計出た方がいいんじゃ……」
「陽」
小言を言う僕を咎めるように名前を呼ばれて、項に噛みつかれる。アルファのフェロモンがそこから僕の中に流れ込んでくるみたいで、熱い息を吐いた。昨夜の情事を思い出して、身体が熱を持ち始める。
「駄目だな、陽のことになると途端に余裕がなくなる」
「ん、翠っ……」
「自分のシャツにさえ、こんなに嫉妬してるなんてね」
首筋から始まって、身体の至る所に咲く赤い花の数はこうしている間にもどんどん増えていく。翠に愛された証だと思えば、たとえそれが偽りだったとしても、その一つひとつがどれも愛おしくて堪らなかった。
――ピンポーン。
昨日の甘い熱がまたぶり返しそうになった時だった。三度鳴らされたそれに翠が遂に舌打ちをする。足音を立ててオートロックを解除しに行った翠は、顔に思いっきり「不機嫌です」と書いていた。
「最悪、もっと陽と一緒にいられるはずだったのに」
「……僕はここで待ってるから、頑張って、ね?」
「はぁ~~、離れたくない」
大袈裟なほどにため息を吐き出した翠にぎゅうと抱き締められる。離れがたいと思っているのは翠だけじゃない。恐る恐る翠の背中に手を回そうとしたときだった、玄関のドアが開く音がして知らない声が聞こえてきた。
「sui! お前、起きてるって言っただろ!」
「あいつ、スペア使いやがったな……」
いつもと違ってお口の悪い翠がぱっと体を離して、玄関に向かおうとするのを、あ……、とつい服の裾を掴んで引き止めてしまう。すぐにその手を離したけれど、翠がそれに気づく方が早かった。
「っ、もう、そんなかわいいことしないで」
「ご、ごめんなさい……」
「違う違う、怒ってるわけじゃないから」
しゅんとして謝罪の言葉を口にする僕の頭を撫でた翠は、これ以上ここにいたら決意が揺らぐと、重たい足取りで寝室を出て行く。
行かない方がいいって、頭ではそう分かっているのに、体が勝手に動いて、その後を追う。訪問者にバレないようにおずおずと寝室のドアから首だけ出せば、翠越しにばちんと知らない顔と目が合った。失敗したと、瞬時に察して息を飲む。
「ッ、」
「sui、またお前はその辺の適当なオメガを連れ込んでたのか」
「ちょっと、適当な嘘つくのやめてくれない? 陽、それ嘘だから」
冷淡な声が耳にこびりついて離れない。
翠が違うと言っているのだから、それを信じればいいのに。幸せで浮かれていた僕の頭に、がつんと襲ってきた現実。その衝撃は大きすぎて、うまく飲み込めない。
そうだ、翠はアルファだ。たとえ翠が覚えていなくても、発情したオメガに誘惑されて一晩だけの関係を持ったことがあるかもしれない……。その後処理を翠にも言わずにこのマネージャーがやっていたのだとしたら、翠にその自覚がなくて当然だ。
あなたにおすすめの小説
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話
さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り
攻め→→→→←←受け
眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。
高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。
有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。