桜庭かなめ

文字の大きさ
82 / 118
特別編

第18話『温泉と君に浸かる』

しおりを挟む
 午後10時前。
 僕と沙奈会長は801号室に戻ってきた。散歩中は人とはほとんど会わなかったけど、部屋に戻ると2人きりでいられるからか安心する。

「部屋に戻るとより気持ちが落ち着くなぁ」
「そうですね。沙奈会長、コーヒーありがとうございます。いただきますね」
「うん」

 ベッドの横にある椅子に座って、僕は沙奈会長が買ってくれたベットボトルのブラックコーヒーを飲む。

「これは苦味だけではなく酸味も強いコーヒーですね。美味しい」
「ふふっ、そっか。お昼のときみたいな嬉しそうな顔をしてる。本当にコーヒーが好きなんだね、玲人君は」
「ええ。以前はカフェオレが大好きだったんですけど、今はすっかりとブラックが一番好きになりました」
「そうなんだ。私は当分の間……カフェオレかせいぜい微糖のコーヒーかな。いつかはブラックを飲めるようになりたいな」
「そのときを楽しみにしていますよ。試しにちょっと飲んでみますか?」
「うん、挑戦してみる」

 沙奈会長はブラックコーヒーを一口飲む。すると、昼間と同じようにそれまでの笑顔が崩れてしまう。

「……苦い。あと、お昼に飲んだものよりも酸っぱい……」
「コーヒーにも色々なものがありますからね」
「なるほどね。……やっぱり、ブラックが飲めるようになるのは当分先かも」
「ははっ、そうですか」

 僕もコーヒーを飲み始めた頃にブラックに挑戦したら、苦くて思わず吐き出してしまったことがある。甘いコーヒーから少しずつ慣れていけばいいんじゃないだろうか。

「ねえ、玲人君。そろそろ……このお部屋にある温泉に入らない?」
「いいですね、入りましょうか」

 そういえば、まだ部屋にある温泉がどんな感じなのか見ていなかったな。貸切温泉も素敵なところだったから、きっと部屋の方もゆったりとできるだろう。
 部屋の温泉は洗面所から行けるようだ。浴室とは別に河乃湖天然温泉というプレートが貼られている扉があった。

「玲人君は部屋の温泉を見るのは初めてなんだっけ」
「ええ」
「そっか。夕方、樹里先輩と一緒に見たんだけど、とても素敵なところだよ。富士山も綺麗に見えるし」
「へえ、そうなんですね」

 沙奈会長が天然温泉に繋がる扉を開けると、そこには石造りのお風呂があった。2人で入るには十分すぎる広さに見える。外の涼しげな空気を楽しみながら、富士山などの風景を楽しめる半露天風呂という感じかな。

「いいところじゃないですか。素敵な風景を見ることもできて」
「そうだね。夕方に調べてみたら、どうやら各階に1部屋ずつこういった温泉付きのお部屋があるみたい」
「そうなんですか。じゃあ、運良くこの部屋に泊まることができたんですね」
「直前に予約したから本当に運が良かったと思うよ。さっ、玲人君。一緒に入ろう」
「はい」

 僕と沙奈会長は一緒に温泉に浸かる。隣同士に腰を下ろし、脚を伸ばして。それでもゆったりとできる広さだ。夜だけれど、月明かりもあってうっすらと富士山を見ることができる。

「気持ちいいね、玲人君!」
「ええ、本当に気持ちいいですね」

 夜の涼しい空気を感じていることもあってか、温泉の温もりがとても心地よい。それを沙奈会長と2人きりで堪能できるなんて。本当に幸せなことだと思う。

「まさか、付き合って間もないこの時期に、玲人君と2人きりで温泉に浸かりながら富士山を眺めることになるなんてね。1ヶ月前には想像もできなかったな」
「僕だって想像できませんでしたよ」

 旅行のこともそうだけど、沙奈会長のことをここまで好きになるなんて。この旅行を通してより一層彼女のことが好きになったし。きっと、忘れることはないだろう。

「夜の富士山も悪くはないけど、やっぱりはっきりと見える方が好きかな」
「それは同感です。じゃあ、明るいときにも一度は入りましょうか」
「そうだね。あと、樹里先輩達さえよければだけど、またみんなで入るのもいいかもね」
「ここに6人で入るんですか?」
「うん。このくらい広ければそれもできるかもよ?」

 沙奈会長は笑ってそう言う。まあ、この広さなら全員正座をすれば6人一緒に入ることはできるかもしれない。

「そういえば、みんな玲人君のこの筋肉質な体に興味を持っていたね。恋人としては、素敵だと思っていることに嬉しく思うけど、変に欲が出たら恐いっていう不安な気持ちもあって、何とも言えなかったな」
「そうだったんですか。何かその……ごめんなさい」
「ううん、玲人君は全く悪くないし、健康のことを考えたらむしろこの体はいいと思うよ。ただ、その……玲人君の体を堪能していいのは恋人である私だけなんだって嫉妬しちゃった。大げさだとかひ弱だって思うかもしれないけど、心がポロポロと崩れ落ちていく気もして」

 沙奈会長は切なげな笑みを浮かべながらそう囁いた。
 あのときは僕のすぐ隣で笑みを絶やさなかったけど、考えてみれば……そうだよな。何人もの女性が恋人の体に興味を持って触ってもいたから。沙奈会長が嫉妬するのは当然のことだろう。
 そんなことを考えていると、沙奈会長は僕の目の前に回り込んで、僕のことをそっと抱きしめてきた。

「もう我慢できないよ、玲人君。私……玲人君のことをたくさん感じたい。一緒に気持ちいいことを……したい」

 沙奈会長は上目遣いで僕のことを見つめ、そっとキスしてきた。
 きっと、旅行の話が決まったときから、夜には僕と一緒に濃密な時間を過ごしたいと考えていたんだろう。旅が始まって、常に一緒にいることでその欲は溜まっていく一方で。嫉妬がそれに拍車をかけて。

「……分かりました」

 沙奈会長の気持ちを受け入れて包み込みたい。彼女のことをぎゅっと抱きしめる。

「僕も、旅先での夜は沙奈会長と2人きりで色々なことをしようと思っていましたから。たっぷりとしましょう」
「……うん!」 

 すると、今度は満面の笑みを浮かべて沙奈会長は熱いキスをしてきた。


「さあ、玲人君。旅先での恋人との夜の過ごし方を一緒に勉強しようね」


 僕は沙奈会長とベッドの上や浴室でたっぷりと体を通じて求め合い、愛し合った。
 そのときの沙奈会長がとても可愛らしくて、彼女への好意や欲は深まっていくばかり。
 沙奈会長からはどのくらい好きだと言われて、キスされただろうか。ただ、何回だったとしても、お互いに好きである気持ちを強く抱いていることは確かなのだ。きっと、それでいいんだと思う。

「……今日もたくさんしちゃったね、玲人君」
「そうですね。どんどん可愛らしくなりますよね、会長って。甘えんぼだし」
「それは……君のおかげだよ。気持ち良くしてくれるから……」
「……今も可愛い」
「ふふっ。ねえ、今日はこのまま玲人君と同じベッドで寝てもいい?」
「もちろんですよ。むしろ、旅行に行く前から、沙奈会長さえ良ければ一緒のベッドに寝たいくらいでしたから」
「……嬉しい。たとえ、玲人君に嫌だって言われたとしても、寝ている間に潜っちゃうけれどね。それで、起きないように気を付けながらたくさんキスするの」

 ふふっ、と沙奈会長は楽しげに笑う。いかにも彼女らしい言葉だ。
 ツインルームのベッドだけれど、家のベッドよりも大きいので沙奈会長と一緒に寝るには問題ない。むしろ、このくらいの広さがいいくらいで。

「そういえば、玲人君。いちご狩りのときにあなたが予約した2つの果実……いちごよりも甘かった?」
「……当たり前じゃないですか。僕好みでした」

 だからこそ、絶対に他の人には味わわせたくないな。
 今も下着を何も着けず、ただ浴衣を羽織っているだけの状態なので、例の2つの果実の一部がチラッと見えている。

「ふふっ、それなら良かった」
「……また、味わってもいいですか?」
「もちろんだよ。じゃあ、一生予約だね。さっ、明日のためにもそろそろ寝ようか」
「そうですね。もう日を跨いじゃましたし」

 それだけ沙奈会長に夢中になっていたということだろう。それもあってか眠い。会長が買ってくれたブラックコーヒーをたまに飲んだんだけれどな。

「じゃあ、スマホで目覚ましをかけておこうかな。トランプを遊び終わったとき、確か明日は7時に待ち合わせをして、朝ご飯を食べる約束をしたもんね。だから、6時45分くらいにセットしておくね」
「僕もやっておきます」

 眠るのが大好きだし、一度寝たらかなり長い時間寝てしまうこともあるので、目覚ましはかけておいた方がいいな。

「これでOKと。玲人君は?」
「僕も6時45分にかけました。ボリューム大きめにして」
「玲人君はよく寝るもんね。それがいいと思う。じゃあ……おやすみ」
「おやすみなさい」

 寝る前のキスをし、僕は沙奈会長と身を寄せ合い、優しい温もりを感じながら眠りにつくのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!  杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

サクラブストーリー

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。  しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。  桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。  ※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。

東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」 ──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。 購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。 それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、 いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!? 否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。 気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。 ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ! 最後は笑って、ちょっと泣ける。 #誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

処理中です...