神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第8章

6.ある過去の情景 後編

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 正規の神格は決して失うことがないものだが、最高神の使役が箔付けに賜る神格に関しては例外で、剥奪される場合がある。すなわち、神の領域からの――神族からの追放だ。この世界では、それを神逐かむやらいと称する。

 神格を喪失した瞬間、神々はその使役への情を綺麗さっぱり失くす。だが、これまた不公平で不条理なことに、使役の側は思慕を忘れないのだ。限定のものとはいえ神格を得た時点で、使役には神々への絶大な同族愛が芽生えている。それは神格を喪っても残り続ける。酷い話だ。神の方はあっさりと愛情を消失させるのに。

 ブレイズの手が掲げられた。段下に転がされた彼――精霊であった頃のフレイムを虐げていたら、そのフレイムが焔神になったことで今までの行いが明るみになり、今こうして箔付けの神格を剥奪されかかっている大精霊――の顔が、絶望に染まる。
 捨てないで、どうか見限らないでと、ぐしょぐしょに濡れた目が訴えている。血涙ちなみだを流す目と、鮮血と同じ色をした眼。物言えぬ双眸が発する、尾を引くような慟哭と哀願。

 それらを目の当たりにし、山吹色の目を閉じてしまいたくなる気持ちを押さえ込んで、ギュッと拳を握った。
 自分には彼の気持ちが痛いほど分かる。自分も火神の使役であった頃は、こうならないよう必死だった。下手を打って神格を奪われれば、何より愛しい存在という認識が発芽した神々に見捨てられてしまう。それだけは嫌だと心から思っていた。

 もし今、自分が大精霊の立場だったなら、恥も外聞も面子も全てをかなぐり捨てて泣き喚き、涙と鼻水と唾液を撒き散らしながら神々に取り縋っているだろう。捨てられたくない、と。
 神格を持つ者にとって、愛しい同胞と認識した者に切り捨てられることは何よりの地獄なのだから。

 目を逸らそうとする自分を叱咤し、その瞬間を瞳に焼き付けようとする。彼がこうなってしまった原因は自分だ。自分を虐げたことが理由で、この事態になった。さらに、大精霊には妻子がいる。夫、父としての評はさておき、家庭を持っているのだ。なのにこんなことになっては、それは完全に崩壊してしまうだろう。
 だからこそ自分は、つぶさに見なければならないのだ。これから起こることを。

 そう思った瞬間、視界が赤黄一色に染まり、耳から入って来る音が消える。

《……何の真似だ》

 いけ好かない奴の神威で目隠しをされ、耳を塞がれたのだと悟り、押し殺した念話を送る。自分の神威を炸裂させれば耳目の覆いは取れるだろうが、そんなことをすれば確実に神々に気付かれ、どうしたのかと騒ぎになってしまう。

《君ハ見なくテ良い。聞く必要モない》

 返って来た応えに、神威を被せられた内側で転瞬した。
 コイツのことだから、どうせ正論をぶち上げて説教でもかまして来るものだと思っていた。君は動くな、君がやることは、この神逐を洗いざらい見聞きして己が記憶に刻むことだ、と。
 そう思っていたのに――

《被害者デあり犠牲者でアり、十二分に辛イ目に遭った君ガ、こんナ場面を見るコとも聞くことモないんだ》

 思いがけないほど、そして信じられないほど温かくて優しい声に、胸の底から熱い塊が噴き上がった。何でコイツは悪神のクセに親切ムーブなんかかますんだ、しかもよりによってこんな時に。神格通り嫌な奴でいてくれれば良いのに、と。

《……まさか、このために俺の側に来たのかよ。自分の表決権を委任してフリーになってまで》
《ソうだよ。君にこレ以上傷付いて欲しクないかラな。全てガ終わるマで、このままデいれば良イ》

 いっそ明快なほどに軽やかな即答が返った。胸中に渦巻いた熱が瞳の奥へ突き上がり、嗚咽が漏れそうになるのを根性で耐える。
 ああそうだ。神という存在は、どこまでも、とことん、徹底的に、同胞を愛おしむのだ。だからこそ大精霊は絶望しており、かつての自分も捨てられまいと死に物狂いになっていた。

 ああ、どうしようか。この忌まわしくも優しい神威を取り払い、初志貫徹で大精霊の末路を見届けるべきか。それとも、神々の寛大な配慮に寄りかかり、このまま目と耳を塞いで全てが終わるまでじっとしていようか。

 自分は、自分は――

 脳裏で、禍神の末御子が放つ純粋な労わりの声が響いた。

《馬が合ワずいけ好かナくてムカつく奴だが、それデも君ハ僕の大切な同胞だ、フレイム》



 重苦しい沈黙と静寂のとばりが落ちる場に、悲痛な慟哭の背面音響サウンドトラックが奏でられる中、神の鉄槌が振り下ろされた。
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