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第8章
7.天界でも修練しています
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◆◆◆
足の裏に力を込めて後方へ飛び退けば、たった今まで自分がいた場所を、鈍黒の風刃が薙ぎ払った。鋭利な力が虚空を切り裂く。真っ二つに割れた大気の狭間に発生した真空が、周囲の空気を吸い込みながら収束した。
『対応が鈍い。気を散じるな、一点に集中しろ』
「はい!」
玲瓏な声で注意を促すアリステルに頷き、目の前でドス黒い旋風を撒き散らす神器を注視する。モゾモゾと蠢く巨大な青虫のような形態をした神器は、全身に埋まった無数の眼球をギョロリと巡らせてこちらを見返して来た。
『お前が鎮めるのは神器本体だ。余波に気を取られすぎるな』
『だが本体にばかりかまけていれば、噴き出した風が厄災を拡散させてしまうからねぇ、ふふふ』
助言を飛ばす先代大神官の横で、頭の後ろで両手を組んだ末の邪神が薄笑いを浮かべている。
『ヴェーゼも悪神らしくなって来たじゃないか。嬉しいよ』
鬼神様や怨神様、兄上方もお喜びだろう、とのたまう声を聞き流し、アマーリエは片足を退いて僅かに上体を屈め、青虫に向かって跳躍した。
大きな布の中に神器を包み込むように、広大な四角形型に展開した聖威の中心に異形の青虫を据える。布をたたみ、四隅の口を縛るイメージで力を絞り、中で一気に広がる災いの風を渦もろとも押さえ込んだ。
紅葉色の聖威が収縮し、綺麗にラッピングされた神器が床に転がる。
「鎮静化!」
掛け声と共に繊手を横薙ぎに振るえば、脱出しようとウゾウゾ暴れる青虫が大人しくなった。鎮静化に伴って振り撒かれる災厄は、聖威の袋の中で猛威を振るうのみ。外を侵食することはない。
(後は正常化だけ……!)
これで終わるかと思った瞬間、神器が膨張した。顔色を変えたアマーリエは正常化をすっぱり諦め、聖威の囲いごと神器を異空間へ転送した。
『よし、深追いしなかったな』
満足げに首肯したアリステルの声と共に、神器を飛ばした空間で大爆発が起こるのを感知する。
「自爆機能付きでしたか」
『ああ。一度暴走した時点でスイッチが入り、一定時間が経つか鎮静化をされた際に発動する。どれだけ適切に対処しようともだ』
(つまり、初めから鎮めるのは無理な代物だったのね……)
内心でげんなりしていると、末の邪神が高らかに哄笑した。絹糸のような白髪がサラリと揺れる。
『良いぞヴェーゼ、悪神の神器ならばそれくらいのギミックがなくてはな。処理者が上手く対応できたと喜んだところで自爆すれば、より大きな心理的ダメージを与えらえるだろう。これまでの努力が無に帰す徒労感も舐めさせられる。素晴らしい神器だ』
(傍迷惑で底意地が悪いだけですよ!)
口には出せないツッコミを堪え、ムゥッと唇を尖らせていると、アリステルが暗い双眸を向けて来た。光を通さない深海の青、だがその中に宿る気は穏やかで優しい。
『神器の消滅は、聖威師としては可能な限り避けたいところだ。経緯や状況によっては、創生神への報告と詫びが必要になり、不興を被る恐れもあるからな』
かつて自分も聖威師であったからこそ、彼はこちらの心情を詳細に予測できる。
『だがそれでも、如何に優れた対処をしようとも鎮静化が叶わないこともある。その際は、引き際のタイミングを見極めることも重要だ。今の行動を見た限り、お前はそれがきちんとできているようだ』
「恐れ入ります」
元大神官からの賞賛を受け、素直に答礼するアマーリエ。
『私が自爆のギミックを付けていなければ、お前の取った方法で鎮静化と正常化ができていた。腕を上げたな』
「ご指導いただきありがとうございます。この度は不躾なお願いをしてしまい、申し訳ございませんでした」
『謝ることなどない。私で力になれることがあれば、今後も手を貸す。先日はリーリアの演習にも付き合った。悪神の神器鎮静の実地訓練はそうできるものではないからな』
アマーリエとリーリアは、悪神との縁がやや薄い。数千年以上の星霜をかけ、多種多様な神々との縁故を紡いで来た大公家と一位貴族のように、気軽に神器を貸して下さいと頼める関係ではない。だがそれでも、幾らかは依頼しやすい悪神もいる。その筆頭がアリステルとラミルファだ。
『ふふ、今日はここまでだ。今度はもう少し難易度を上げようか』
足の裏に力を込めて後方へ飛び退けば、たった今まで自分がいた場所を、鈍黒の風刃が薙ぎ払った。鋭利な力が虚空を切り裂く。真っ二つに割れた大気の狭間に発生した真空が、周囲の空気を吸い込みながら収束した。
『対応が鈍い。気を散じるな、一点に集中しろ』
「はい!」
玲瓏な声で注意を促すアリステルに頷き、目の前でドス黒い旋風を撒き散らす神器を注視する。モゾモゾと蠢く巨大な青虫のような形態をした神器は、全身に埋まった無数の眼球をギョロリと巡らせてこちらを見返して来た。
『お前が鎮めるのは神器本体だ。余波に気を取られすぎるな』
『だが本体にばかりかまけていれば、噴き出した風が厄災を拡散させてしまうからねぇ、ふふふ』
助言を飛ばす先代大神官の横で、頭の後ろで両手を組んだ末の邪神が薄笑いを浮かべている。
『ヴェーゼも悪神らしくなって来たじゃないか。嬉しいよ』
鬼神様や怨神様、兄上方もお喜びだろう、とのたまう声を聞き流し、アマーリエは片足を退いて僅かに上体を屈め、青虫に向かって跳躍した。
大きな布の中に神器を包み込むように、広大な四角形型に展開した聖威の中心に異形の青虫を据える。布をたたみ、四隅の口を縛るイメージで力を絞り、中で一気に広がる災いの風を渦もろとも押さえ込んだ。
紅葉色の聖威が収縮し、綺麗にラッピングされた神器が床に転がる。
「鎮静化!」
掛け声と共に繊手を横薙ぎに振るえば、脱出しようとウゾウゾ暴れる青虫が大人しくなった。鎮静化に伴って振り撒かれる災厄は、聖威の袋の中で猛威を振るうのみ。外を侵食することはない。
(後は正常化だけ……!)
これで終わるかと思った瞬間、神器が膨張した。顔色を変えたアマーリエは正常化をすっぱり諦め、聖威の囲いごと神器を異空間へ転送した。
『よし、深追いしなかったな』
満足げに首肯したアリステルの声と共に、神器を飛ばした空間で大爆発が起こるのを感知する。
「自爆機能付きでしたか」
『ああ。一度暴走した時点でスイッチが入り、一定時間が経つか鎮静化をされた際に発動する。どれだけ適切に対処しようともだ』
(つまり、初めから鎮めるのは無理な代物だったのね……)
内心でげんなりしていると、末の邪神が高らかに哄笑した。絹糸のような白髪がサラリと揺れる。
『良いぞヴェーゼ、悪神の神器ならばそれくらいのギミックがなくてはな。処理者が上手く対応できたと喜んだところで自爆すれば、より大きな心理的ダメージを与えらえるだろう。これまでの努力が無に帰す徒労感も舐めさせられる。素晴らしい神器だ』
(傍迷惑で底意地が悪いだけですよ!)
口には出せないツッコミを堪え、ムゥッと唇を尖らせていると、アリステルが暗い双眸を向けて来た。光を通さない深海の青、だがその中に宿る気は穏やかで優しい。
『神器の消滅は、聖威師としては可能な限り避けたいところだ。経緯や状況によっては、創生神への報告と詫びが必要になり、不興を被る恐れもあるからな』
かつて自分も聖威師であったからこそ、彼はこちらの心情を詳細に予測できる。
『だがそれでも、如何に優れた対処をしようとも鎮静化が叶わないこともある。その際は、引き際のタイミングを見極めることも重要だ。今の行動を見た限り、お前はそれがきちんとできているようだ』
「恐れ入ります」
元大神官からの賞賛を受け、素直に答礼するアマーリエ。
『私が自爆のギミックを付けていなければ、お前の取った方法で鎮静化と正常化ができていた。腕を上げたな』
「ご指導いただきありがとうございます。この度は不躾なお願いをしてしまい、申し訳ございませんでした」
『謝ることなどない。私で力になれることがあれば、今後も手を貸す。先日はリーリアの演習にも付き合った。悪神の神器鎮静の実地訓練はそうできるものではないからな』
アマーリエとリーリアは、悪神との縁がやや薄い。数千年以上の星霜をかけ、多種多様な神々との縁故を紡いで来た大公家と一位貴族のように、気軽に神器を貸して下さいと頼める関係ではない。だがそれでも、幾らかは依頼しやすい悪神もいる。その筆頭がアリステルとラミルファだ。
『ふふ、今日はここまでだ。今度はもう少し難易度を上げようか』
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