神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第8章

8.紫烏色の中の黒

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 意地の悪い笑みでのたまった末の邪神が両手を広げる。ドス黒い神威が渦巻き、巨大な神紋が背後に出現した。そこから小さな紋が幾つも派生し、ラミルファの前に出現した光球に吸い込まれていく。間を置かず、鈍黒の光球がグニャリと歪み、形を変えて細い杖となった。

『ほら、完成だ』

 創り立てほやほやの神器を掌中で軽やかに回し、完璧すぎるほどに整った顔が嗤う。

『次は僕の特製神器がお相手しよう。効能は、危難きなん続発に厄災散布、奇病蔓延、不運誘致等々。ブラフのダミーも何個か含んでいる。前の短杖ステッキのような初心者用ではないから、心してかかるが良い』
「……頑張ります……」

 杖の先でチョンと肩を突かれたアマーリエは、若干虚ろな目で頷いた。アリステルのものとは段違いに強力かつ厄介で、ついでに底意地の悪い神器なのだろう。だが、断るという選択肢はない。これも経験だ。

『アマーリエならば大丈夫だ』

 静かに、しかし力強く述べたアリステルがパンと手を叩けば、先ほどと同じ青虫型の神器が出現した。かと思えばさなぎの形に転じ、ブルブルと小さく震えて弾けると、姿を変貌させていく。悪神の証である鈍い黒が剥がれ落ち、艶を帯びて輝く紫烏しう色に転じた。壮麗なる神風を巻き起こしながら宙高く羽ばたいたのは、婉麗な蝶だ。
 アリステルの神威は光沢のある紫烏色。その色彩を纏う蝶が、激励するがごとくヒラリヒラリとアマーリエの周囲を舞う。悪神の神器から通常の神の神器に創り変えたのだろう。

 神秘的な鱗粉を振り撒いて飛ぶ蝶に見惚れていると、ラミルファが忍び笑いを漏らした。

『気に入ったならば、僕が同じような神器を創ってあげよう。ターゲットの体内に卵巣状で寄生し、宿主の心身を食らいながら毛虫や繭に成長していき、最後は体を食い破り無数の蛾と化して顕現するのだよ。青薔薇の神も似たようなことをしているし、悪神の神器としてはごく優しい内容だ』
「丁重にお断りします……」

 そんな神器、全くもって欲しくない。アマーリエは心の底から首を横に振った。

『連れないことを言わないでおくれ。そうだ、次の修練はこの杖ではなく、今言った蛾の神器を使っても良いな。鎮静化に失敗したら群れを成して地上に飛んでいき、無差別に人間を襲って卵を産み付けるオプションを付与しておこう』
(いやあああああ!)

 青ざめるアマーリエに、紫烏蝶を指に停まらせたアリステルが冷静に告げた。

『心配するな、ラミ様はご冗談を仰せなだけだ。この方は悪神だが、聖威師の心を本気で踏みにじる真似はなさらない』

 その言葉に恐る恐る末の邪神を見れば、杖をクルリと一回転させ、悪戯めいた笑みで口笛を吹いている。

『ふふ、少し邪神ジョークを言っただけだよ』
「そ、そうでしたか……」
(心臓に悪いわ)

 内心でげんなりしていると、アリステルが僅かに唇を綻ばせて微苦笑を浮かべた。

『心配であれば、私も次の修練に立ち会う』
「大神様のお慈悲に感謝いたします」

 先代大神官ではなく天の神に対する礼を取ったアマーリエは、ふと思い付いて話題を変える。

「あ――そういえばアリステル様、エアニーヌと慧音の調子はいかがですか? 聖威師が気にすることではないと、葬邪神様から仰せつかっているのは重々承知ですが、気になってしまって」
『ああ……』

 白く細い指を離れ、再び頭上を羽ばたく蝶の神威に、一瞬鈍黒の瞬きが閃いた。俯いたアリステルの眼差しが、寸の間だけ変貌する。神秘的な深海の眼の奥に差す、一寸の闇。このまま年輪を重ねていけば、ラミルファや葬邪神に通じる酷薄さとなるであろう、悪神の残虐さの発芽。

 だが、はらりと落ちかかった前髪に隠され、その予兆をアマーリエが視認することはなかった。視線を前に向けているため、上を飛んでいる神器の変調にも気付かない。

 そしてアリステルが顔を上げた時、その瞳は常のものに戻っていた。蝶も元通りの紫烏色になる。

『私は今まで神使を持ったことがないため、確かなことは言えないが――我が使役としてと思う』
「そうですか……」
『シスも手伝ってくれているから、大丈夫だろう』
「ああ、サーシャさんですね」

 サーシャ・シス。アリステルの弟だ。血縁関係はなく、兄弟の契りを結ぶことで家族神となったと聞いている。年齢は兄より4つ下。幼少期はアリステルと共に虐待を受けて来た彼は、アリステルが寵を受けた際、神格を賜って鬼神の従神となったそうだ。神格を抑えることなく即時昇天したため、聖威師にはなっていない。
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