神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第2章

52.神を狂わせる者たち

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 フルードは柔らかな面差しで即答した。スプーンを持ち、クラッカーに乗っているジャムを剥がす。

『聖威師になって間もない頃の君は、ガルーンの減刑を狼神様に願い出たこともあると聞いたが』
「20年以上も前の話です。今はもうしません」
『ミリエーナとシュードンが僕に連れて行かれそうになった時は、必死に庇っていたじゃないか』

 もはやレフィーという秘め名を呼びもしない。今のラミルファが、ミリエーナを眼中に入れていない証でもある。真に大切な宝玉の窮状を知った瞬間、生き餌でしかない愛し子のことなど頭から吹っ飛んだというのが正しい。

「あの二人は、悪神の生き餌や神罰牢行きにされそうになっていましたから。それはあまりに酷なので、助けようとしました。ですが、今回のガルーンたちは邪霊の玩具なのでしょう。それならまだマシですし、良いのではないでしょうか」

 正確には邪霊の玩具か悪神の生き餌だが、選択権は生贄たち自身にある。皆、まだマシである前者を選ぶはずだ。神官ほど神や妖魔の事情に詳しくない老夫婦が、トチ狂って後者を選んだなら、前者にしてやってくれと取りなすことはするかもしれないが……そこまでだ。

『良い傾向だ』

 指先で弾いたアーモンドが宙を舞う。入れ替わりに持ったスプーンで、落ちて来るそれを受け止めた。

『君の優しさと甘さを案じていたが、もう大丈夫なようだ』

 フルードがジャムを紅茶に落とした。葬邪神の力で飲み頃の温度が保たれているカップは、まだ湯気を立てている。

「自分のために怒ること、自分の権利を守ること、必要であれば反撃もすること、時には助けの手を出さないこと。そういうことをしても良いのだと、聖威師たちが教えてくれました」

 苦味を帯びたオレンジ色の水色に溶けていくジャムを見ながら、透き通った青が和んだ。昔の優しさをまるごと残したまま、強く深くなった双眸。

『なるほど。君を導いたのは、天の神々だけではない。心の傷を癒し、聖威の扱いを教えるところまでは、フレイムを筆頭とする神々が担当した』

 フルードはかつて、焔神のお召しを受けたという形を取り、天界にあるフレイムの領域で心身のケアと修行を付けてもらっていた。およそ5年半に渡る期間だった。

『その先は……君が地上に戻った後は、聖威師たちが引き継いだ』

 先達たるライナスやオーネリア、当波と佳良。同年代のアシュトンに当真、少し年上の恵奈。皆がそれぞれのやり方で、全力をもってフルードを守り支えてくれた。

『君が弱音を吐けず、抱え込んで壊れてしまうのではないかという狼神様の心配は、はっきり言って杞憂なのだよ』

 狼神は最初期に顕現した神だ。太古からいる神は、滅多に地上に降りることがない。星降の儀や勧請などで降臨しても、必要最小限で還る。ゆえに狼神は、地上にいるフルードの様子をじっくり見たことが少なかったのだろう。その変化を把握できていなかったのかもしれない。

 ……とはいえ、時折天界から地上の愛し子を覗くことはあったはずだ。それでも変容に気が付かなかったのかという疑問はあるが。

『今回のことでよく分かった。君はもう一人で負担を背負い込んだりしない』
「はい」
『弱音も不安も苦しみも、正直に訴えられるよう、聖威師たちが君を変えた』
「ローナとお義父様も、よく相談に乗ってくれます。もちろん他の聖威師たちも」

 勤務中は呼ばない愛妻の秘め名を出して微笑む。義父というのは舅のライナスのことだ。

「イステンド邸とお義父様の邸には、時空神様がお創りになられた特殊な部屋があります。その中は遠視や透視ができないので、悩み事や愚痴はいつもそこで聞いていただくのです」
『その中で話していたから、狼神様も君が胸中を晒せるようになっていることを把握できなかったのかな』

 時空神の支配下にある部屋を、無理を押して透視しようとする神はいない。部屋の中でだけ弱い姿を晒し、入退室の前後は普段通りに切り替えるようにしていれば、気付けないかもしれない。

 また、フレイムが降臨してからは彼にも度々相談をしていたようだが、その際も焔神用の神殿内で話していたようだ。フレイムの領域と化しているため、他の神には中の様子が分からない。

『やれやれ、最古参の神たる狼神様ともあろう御方が、杞憂に振り回され、要らぬ試験まで課して大騒ぎとは。……いや、君は狼神様の愛し子なのだから当然か。特別な存在は神をどこまでも狂わせる』

 愛し子やそれに等しい存在――親子兄弟や包珠の契りなどを結んだ存在――は、紛うことなき『特別』なのだ。フレイムは発狂したとしか思えないイカれた神器を創り、ラミルファは己の矜持も誇りも何もかもを捨てて良いと思った。きっと狼神も同じだ。フルードが絡むことではまともな判断ができるか怪しい。

 ジャムを剥がしたクラッカーを咀嚼したフルードが、目線をやや下げる。

「オーブリーに関してはやや過罰に感じますが……御山洗の儀での失態とアマーリエへの仕打ちを考えれば、あの子の主神とお兄様が最終的な判断を下すでしょう」

 すげなく言い切り、ですが、と続ける。

「ですが、リーリアに関しては別です。仮定の話、彼女に非がない状況で邪霊に憑かれているならば、助けなくては」
『それはこれから聞こうじゃないか。ほら、ちょうど僕たちの兄同士の念話が終わったようだ』

 スプーンでピンと前を指すラミルファに倣い、紅茶を一口飲んだフルードは視線を上げた。その先には、念話を切って苦笑いしている葬邪神がいた。
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