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3章
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だからこそあの時、初対面のレストランで思ったのだ。誰かではなく、何かに似ている、と。
「彼はバチカンの大理石像だよ」
弓を放った直後の緊張を残した、引き締まった肢体。飛んでいく矢を追う眼差しは高潔でいて憂いを帯び、神秘的ですらある。知性と美しさを備えたローマ時代の男神像に、隣に座る色男はよく似ている。
そう教えてやると、高潔さの欠片もない婀娜な色気を滴らせながら、テオバルドはその男らしい顔に妖艶な笑みを塗り広げた。
「その像はそんなに男前なのか。だが俺は、大昔の石像みたいな短小包茎じゃない。アポロンというよりは、むしろサテュロスだ。俺の自慢の息子なら、凍えたあんたを芯から悦ばせて熱くしてやれる」
サテュロスは半人半獣の精霊で、ワインと女性と美少年を愛し、常時勃起した巨大な陰茎を持つとされる。近似の属性を持つ妖精、笛を愛する陽気なパックがシェイクスピアの『真夏の夜の夢』に登場するが、テオバルドが示唆するのはその憎めない戯曲のキャラクターではなく、あらゆる肉体的快楽を貪ろうとする生々しい神話の精霊の方だろう。
ベルヴェデーレのアポロンには、梶についてローマへ出張した際、休暇として与えられた日に足を運んだ美術館で出会った。崇敬の念すら持ってしばらく眺めた傑作を穢されたように思われ、また「息子」という俗語に無垢な英を貶められたような気がして、意図せずして声が尖る。
「桐機関が必要な限り、私はここにいる。その間、君とは適切な仕事上の付き合いを維持したい。そうやって下世話に揶揄うのは、そろそろやめてくれないか」
そう告げて、手を突き出す。報告書を受け取ったら、もう用はない。言外に突き放す志貴に、テオバルドはやれやれとわざとらしく肩を竦め、上着の内ポケットから取り出した封筒を志貴の手のひらに乗せた。
「散々焦らして弄んで、用無しになればとっとと国に帰るつもりか。憎らしいほどつれない想い人だな。ただ、こんなに健気で一途な俺を捨てるのは考えものだが、利用価値がなくなればこの国とおさらばするのは賢明だ」
返された言葉には、浮ついた男の明るさと、相反する冷たい影が潜む。意味するところを計りかねて見つめ返すと、テオバルドは底の知れない虚無が蹲ったような、濁った笑みを浮かべている。
隠し持っていた昏い闇を不意にたたえてみせた男は、思わず身震いするほどに――魅力的だった。
「あんたも知っての通り、この国は酷い有り様だ。酷くなかった時はないのかもしれないが、今が指折りの暗黒時代ってことは確実だ。ついこの間まで、同じ国の人間同士ってだけじゃなく、味方の中でも内ゲバで殺し合ってたんだからな。でもって、今も粛清は続いてる」
「……君は、体制側の人間じゃないのか」
「生きて政府に友人がいる人間が、みんなあの独裁者に忠誠を誓っているとでも思ってるのか」
「彼はバチカンの大理石像だよ」
弓を放った直後の緊張を残した、引き締まった肢体。飛んでいく矢を追う眼差しは高潔でいて憂いを帯び、神秘的ですらある。知性と美しさを備えたローマ時代の男神像に、隣に座る色男はよく似ている。
そう教えてやると、高潔さの欠片もない婀娜な色気を滴らせながら、テオバルドはその男らしい顔に妖艶な笑みを塗り広げた。
「その像はそんなに男前なのか。だが俺は、大昔の石像みたいな短小包茎じゃない。アポロンというよりは、むしろサテュロスだ。俺の自慢の息子なら、凍えたあんたを芯から悦ばせて熱くしてやれる」
サテュロスは半人半獣の精霊で、ワインと女性と美少年を愛し、常時勃起した巨大な陰茎を持つとされる。近似の属性を持つ妖精、笛を愛する陽気なパックがシェイクスピアの『真夏の夜の夢』に登場するが、テオバルドが示唆するのはその憎めない戯曲のキャラクターではなく、あらゆる肉体的快楽を貪ろうとする生々しい神話の精霊の方だろう。
ベルヴェデーレのアポロンには、梶についてローマへ出張した際、休暇として与えられた日に足を運んだ美術館で出会った。崇敬の念すら持ってしばらく眺めた傑作を穢されたように思われ、また「息子」という俗語に無垢な英を貶められたような気がして、意図せずして声が尖る。
「桐機関が必要な限り、私はここにいる。その間、君とは適切な仕事上の付き合いを維持したい。そうやって下世話に揶揄うのは、そろそろやめてくれないか」
そう告げて、手を突き出す。報告書を受け取ったら、もう用はない。言外に突き放す志貴に、テオバルドはやれやれとわざとらしく肩を竦め、上着の内ポケットから取り出した封筒を志貴の手のひらに乗せた。
「散々焦らして弄んで、用無しになればとっとと国に帰るつもりか。憎らしいほどつれない想い人だな。ただ、こんなに健気で一途な俺を捨てるのは考えものだが、利用価値がなくなればこの国とおさらばするのは賢明だ」
返された言葉には、浮ついた男の明るさと、相反する冷たい影が潜む。意味するところを計りかねて見つめ返すと、テオバルドは底の知れない虚無が蹲ったような、濁った笑みを浮かべている。
隠し持っていた昏い闇を不意にたたえてみせた男は、思わず身震いするほどに――魅力的だった。
「あんたも知っての通り、この国は酷い有り様だ。酷くなかった時はないのかもしれないが、今が指折りの暗黒時代ってことは確実だ。ついこの間まで、同じ国の人間同士ってだけじゃなく、味方の中でも内ゲバで殺し合ってたんだからな。でもって、今も粛清は続いてる」
「……君は、体制側の人間じゃないのか」
「生きて政府に友人がいる人間が、みんなあの独裁者に忠誠を誓っているとでも思ってるのか」
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