トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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3章

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「テオバルド、これ以上は」

 「あの独裁者」――フランシス・フランコ総統は、国家唯一の政党の党首であり、独裁によるこの国の支配者でもある。公共の場で、彼に批判的な姿勢を見せるのは危険だった。思わずまわりを確認したが、ちょうど近くに人はおらず、乾いた微風が池の水面を渡ってくるだけだ。

「実のところ、あんただって『パパ』が正しいとは思ってないんだろ。『パパ』のお友達が、あの鉤十字の旗の下で何をしてるか、知らないわけじゃないだろ」

 『パパ』のお友達――独裁者が率いるもう一つの国、枢軸の要であるドイツのことだ。
 言葉に詰まる志貴に浴びせられたのは、さらに辛辣な揶揄だった。

「あんたの『パパ』は、高い金を払って俺たちから情報を買って、ドブに捨てる遊びでもしてるのか?」

 ソロモン諸島で勝機を逃したことを当て擦っているのは明白だった。
 数日前、志貴が八つ当たりのように一洋へぶつけた苛立ちを、テオバルドも感じている。アメリカに諜報員を放っているのだから、戦況についてもアメリカの情報として掴んでいるのだろう。だから、時には危ない橋を渡って仲間が得た情報を、価値のないものとしてドブに捨てられたことに憤っているのだ。
 同じ思いを抱いている志貴の反駁は、反駁どころか言い訳とすら呼べるものではなく、また声に力は入らなかった。

「私は『パパ』に命を捧げているわけじゃない。同胞の生命や財産を、害するものから守る――外交官として最低限の使命を遂行する」
「同胞か。それすらも曖昧な言葉だな、この国では」

 ――その同胞が殺し合った憎悪は内戦後も消えることはなく、国としての同一性を喪失したこの国では。
 テオバルドの心の声が聞こえたような気がした。

 国土を荒廃させた戦闘は終わっても、内戦は続いている。勝者による、敗者への報復、弾圧という形で。
 控えめな推計でも、内戦終結後の五ヵ月で一万人以上が銃殺され、三年が経った今も殺戮は続いている。体制側の人間ではないのなら、この日常は、何も感じずに過ごすことはできない日々に違いなかった。今日は無事でも、明日には友人や血縁者が逮捕され、まともな裁判も行われないまま処刑されるかもしれないのだ。――もしかしたら、自らも。

 朗らかなラテン男の中に蹲る昏い闇は、自らが立つ大地の名すらも不確かな、同一性の欠落から生じた亡霊のようなものなのかもしれない。それを求めて戦い、勝者すらも勝ち取ることはできず喪われたものの亡霊だ。
 それでも人々は生きていかねばならず、この国も、母国も、そして志貴も、誰も立ち止まることはできない。迷いはあっても、それよりも強い目的があり、その先に英の世代の未来がある。

「明日のために、私は任務を遂行する」
「明日……明日か。美しくも儚い、だが手が届く未来を約束する言葉でもあるな。そして未来を呪う言葉でもある。――『明日、また明日、そしてまた明日』」
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