トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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7章

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 それを理解していないわけではないが、じりじりと母国が袋小路へ追い詰められていく現実に、衝動的に自らの身を掻きむしりたくなるような無力感に苛まれるのだ。桐機関設立のためにこの国へ赴いた外交官として、――次の時代を生きる子の父として。
 小さな我が子の顔を思い出すたび、安穏と眠り、呑気に食事をする暇などないと焦燥に駆られ、仕事に没頭してしまう。そしてそれは、今夜も変わらない。

「臓腑から温まって、よく眠れるんじゃないか。食休みしたらさっさと風呂に入って、今日は早く寝ろよ」

 重ねて言い含めてくる一洋を、志貴は探るように見つめた。たった二つ年上の、何事にも動じないように見える幼馴染に――異郷で国のために働く同胞に、聞いてみたかった。
 追い込まれている母国の状況をどう思っているのかと。自分たちは今のまま、これまで通りの仕事をするだけでいいのかと。
 そして、最悪の未来を考えることはないのかと。

 しかし、同胞だからこそ、弱さを見せることはできない。スペインここにいる者は皆、すでに母国から与えられ、抱えたものだけで手一杯だ。
 役に立ってこそ、ここにいる資格がある。誰かの重荷となり足枷となる――弱音を吐くなど、ありえない。

「イチ兄さんは料理してくれたんだから、片付けは僕がするよ」
「ガルシア夫人には、くれぐれも志貴に後片付けをさせないでくれと言われてる。俺も同感だ。彼女も俺も、食器の心配をしてるんだ。割った後の片付けの方が手間なんだよ」

 「何でもそつなくこなしそうに見えて、お前は本当に不器用だからなあ」と憐れむように言われ、志貴は口を噤んだ。
 昼前も、海老の背腸抜きも牡蠣の殻剥きも、身を壊すからとやらせてもらえなかった。荷物持ちとして連れ出されたのに、結局買い物の荷物も持たせてもらえなかった。今日の外出は、主に志貴の気分転換を企図したものだったのだ。
 何もさせてもらえず、ただ気遣われる。気づかないうちに甘やかされている。無力さを突きつけられているようで、さらに焦燥感が増していく。

(……仕事に励むしかないんだ、僕は)

 寝室に追いやられ、続きの浴室で志貴は手早くシャワーを済ませた。浴槽に湯を張り、のんびり浸かる気にはなれなかった。
 この分では、今夜はちゃんと眠っているかも確認されそうだ。ならばさっさとベッドに入り、寝たふりをしながら仕事をした方がいい。
 寝間着姿で台所に顔を出すと、洗い物を終えた一洋が調理台を拭き清めているところだった。

「そんな格好でうろうろしていると風邪をひくぞ。湯冷めしないうちに、暖かくして寝ろ。俺も客間の風呂を使わせてもらう」
「うん……。今日はありがとう、何から何まで」

 今日一日の感謝を伝えると、一洋は軽く微笑み、台拭きを裏返しながら大切なことのように訊いてくる。

「歯を磨いたか?」
「……磨いたよ」
「便所は行ったか?」
「行きました!」

 まるきり子供扱いだ。
 それこそ子供のように口を尖らせる志貴に、職務では指図することに慣れた立場にある一洋は、高級将校らしく重々しく頷く。そして、重要な戦いに赴く部下を送り出すような口調で、命じた。

「よし。じゃあ、よくおやすみ」
「……おやすみなさい」
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