トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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8章 ※

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 夜は一人の時間だ。自室にいる間は、それが書斎でも寝室でも、なるべく声を掛けないようにガルシア夫人にも伝えている。
 ここ二週間ほどは、彼女からどれほど小言をもらおうと無視して書斎に籠り、起床時間の二、三時間前に寝室に移動して睡眠を取っていた。自宅での時間は、すべてそのように過ごした。
 今日一日書斎から遠ざけたことで、一洋は志貴を仕事から遠ざけたつもりでいるようだ。しかし朝早く、彼が来る前に読み終えていた新聞の内容は、全ページに亘りすべて頭の中に入っている。
 志貴の特殊な記憶能力は、意識しながら目に入れたものをそのまま複写して、脳内に保存することができる。一度頭に入れてしまえば、後からそれを取り出すことも容易だ。過去に蓄積した知識と、新たに仕入れた情報を突き合わせ、解析する作業が自身の中だけで可能ということだ。

 今日は久しぶりにゆっくりたっぷり食事を摂り、また昼寝をしたため、心なしか顔色もよくなったように見える。これから寝たふりで今朝入手した情報の解析をしても、新聞二紙分ではいつもより早く就寝することになる。明朝、一洋に睡眠不足を指摘されることはないだろう。
 きちんと食べて、ちゃんと眠っている。そう思わせて、明日は持ち込んだ資料を完全に取り上げられないように仕向ける。そしてまた、一晩分の仕事のネタを頭に入れる。
 それが過保護な幼馴染を欺き、仕事を進めるための対抗策だった。

 ベッドに入って、一時間ほど経っただろうか。
 布団の中で身を丸め、頭の中の頁を捲りながら解析作業に没頭していた志貴は、ふとベッドの側に人影があることに気がつき、体を強張らせた。

(いつの間に――)

 まったく気づかなかったのは、それほど深く集中していたせいか。
 寝たふりをしている以上、目を開けて確かめることはできないが、一洋が忍び込んでいたのだ。照明はつけておらず、暗闇の中、起きていることはばれていないだろう。それでも呼吸が乱れないように意識してしまう。

「――眠っている人間は、殆ど唾を飲み込むことがない」

 突然、一洋が口を開いた。
 静かな口調にもかかわらず、鞭打たれたように志貴の体はびくりと慄く。

「何を必死に考えていたのか――寝返りも打たず身動ぎもせず、それでも何度か喉が鳴っていた。お前の冗談みたいに優秀な脳味噌を、俺は知っているんだぞ。もう狸寝入りはよせ、志貴」

 ぱっと明かりがつき、反射的に肩を竦めながら、志貴は布団の中から侵入者を見上げた。
 その顔に、怒りの色はない。いつものように穏やかでやさしい幼馴染の顔だ。それなのに、何故か圧する気配がある。その心遣いを無駄にし、欺こうとしていた後ろめたさが、そう感じさせるのか。
 ベッドに縫い付けられたように動けない志貴をよそに、一洋はゆったりと枕元に腰掛けた。

「俺がいることに気づいても、何も言わなかったな。寝たふりでやり過ごすつもりだったんだろう、――今夜も、明日も明後日も」

 不意に布団を捲られ、大きな体が添い寝するように隣に滑り込んだ。立ちっぱなしで話を続けるのは寒いからだろうか。
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