トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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7章

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 スペインの主食はパンだが、古くから米食文化もある国だ。長粒米だけではなく、日本米には劣るものの多少粘りのある短粒米も流通しており、炊き立てなら白飯としてそのまま食べられる。それを贅沢に雑炊に使い、さらには「明日の昼は、残りを焼き飯にしような」と付け加えられ、志貴は歓声を上げた。

「残念ながら土鍋じゃないから、熱々のうちにさっさと食べるか」

 予め取り皿によそうことはせず、一洋は食卓の真ん中に鍋を置いた。
 男二人だけの食卓だ。ガルシア夫人に見られたら「お行儀が悪い!」と小言をもらいそうだが、差し向かいで鍋をつつくのが、この冬のご馳走の醍醐味だ。きりりとした辛口の日本酒がないのが残念だが、辛口の白ワインは十分その代わりとなる。

「いただきます」
「はい、お上がり」

 母親のような返事をおかしく思いながら、志貴は箸を取った。
 味わい豊かな塩鱈は、口に入れればほろりと崩れ、噛み締めるとぎゅっと旨味がにじみ出る。その旨味が溶け出た出汁を吸った野菜もちょうどよく煮えており、その滋味に、ナヴァス外相の辞任以来酷使され続けた体が、細胞から喜んでいる気がする。
 志貴は知らず顔をほころばせながら、ありがたく一口一口をしみじみと味わった。

「口に合うようでよかった」

 せっせと箸を進める志貴を見守りながら、一洋が安心したように言う。

「本当においしいよ。イチ兄さんがこんなに料理上手だなんて、知らなかった」
「うちはそもそもお袋が、男子厨房に入っててきぱき手伝え、という人だからな。一通り基本は仕込まれてるし、駐在暮らしが長いと、手に入るもので和食を作る工夫もしようって気になる」

 衛藤家の女主人とは異なり、君子は台所を自らの城と定め、同志と認める女中以外は、夫は勿論息子にも立ち入ることを許さない人だった。そのため志貴は、包丁を持ったことすらない。コーヒーを淹れるための湯を沸かすことしかできない身としては、ただただ感心するしかなかった。

「イチ兄さん、外交官のいいお嫁さんになれそうだね」

 最高の賛辞のつもりだったのだが、一洋は何とも形容し難い顔になり、口元をわずかに引き攣らせただけで何も言わなかった。
 最後は旨味たっぷりの玉子雑炊で締めて、昼に続き美味い和食を堪能した志貴は、現金なもので――心底幸せだった。ここ二週間ほど頭を占めて離れなかった憂いも忘れ、生物として根源的な幸福に浸っていた。

「『お腹がいっぱいなら、心も喜ぶ』――至言だな」

 ガルシア夫人の口癖となっている、この国の諺だ。それを一洋の口から聞かされ、志貴は窺うように視線を向けた。

「満たされきった顔をしているぞ。食事を疎かにしたところで、一つもいいことなんかないだろう」

 やさしく諭され、ばつの悪い思いをしながら頷く。昼も夜も和風のご馳走を並べられ、喜んで舌鼓を打っておきながら、否定することはできなかった。
 確かに食べることは大切だ。毎日不足なく食事にありつける、外交官ゆえの特権に胡座をかいてはいけない。中立国であるスペインは交戦中ではないが、内戦の傷跡は深く、食品の一部は配給制となっている。庶民の暮らしは内戦時より少しマシになっただけで、今も苦しいままだ。
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