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12章
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翌日、『スペイン語』の場所を志貴の執務室に変更したいと電話してきたことで、テオバルドの目的はわかっていた。
ナヴァスとピラールに会ったことを、彼は把握している。その上で、何を言っても誰にも聞かれることのない場所で会いたい、という彼の意思表示だ。志貴のスペイン語の教師として、テオバルドはすでに公使館の馴染みになっており、彼が志貴を訪ねても気に留める者は誰もいない。
いつものように時間きっかりに現れたテオバルドは、いつものように朗らかな下町の兄ちゃんを装っていたが、ピリピリと放電するような険をまとっていた。
「あんた、一体何をしてるんだ。俺に黙ってフェデリコに――ピラールに会って、何を話した」
応接セットのソファにどっかり陣取ると、開口一番、詰問してくる。
どうしてそのことを知っているのか、と問うのは野暮だった。諜報組織のリーダーである以前に、彼はナヴァスやピラールと旧知の仲なのだ。
ならば彼らから昨日のことを聞けばいいのに、こうして問い質そうとしてくるテオバルドが癇に障り、志貴は目を眇めた。
「セニョール・ナヴァスが君に何も言っていないなら、私から言えることは何もないよ」
向かいに座って冷ややかに言い放つ志貴に、テオバルドは苦々しげに顔を顰める。
「あんた、時々本当に憎たらしいな」
「……時々?」
「普段はツンと澄ましてて、そのくせ不意に甘えを見せたりして、可愛くて目が離せない。なのに今みたいに突然鎧戸を閉めて、俺を完全に締め出すことがある」
三十男を可愛い呼ばわりする奇人が自分のまわりには多すぎる、と志貴も負けずに顔を顰めてみせる。
「――ほら、ご機嫌斜めなのに、そんな可愛い顔をする。そうやって出会ってから少しずつ警戒が緩んでたのに、今年になってまた硬くなる頻度が増えた。おまけに今日は、のっけから不機嫌だ。忠実な飼い犬には心当たりがないが、何でだろうな?」
苛立ちを隠そうという素振りは見せたものの自分もあっさり失敗しているくせに、のうのうと他人の気分を指摘してくる無神経さにまた腹が立つ――が、どうしてこんなに癇に障るのか。
志貴も昨日から、自分を制御できずにいた。
昨日のナヴァスの提案は、驚きはしたものの建設的なものだったし、彼の態度も言動も、以前と変わらず食えないが紳士的で、不愉快ではなかった。
ピラールは尚更だ。ほんの数分、ほんの二言三言、挨拶を交わしただけだ。親しげな雰囲気こそなかったが、立場に驕った近寄り難さもなく、悪い印象を抱く要因は一つもない。ただ、彼女の一言、「テオ」と呼んだあの声が、どうしても胸にわだかまって据わりが悪いのだ。
そして、自分を制御できていないのは、テオバルドも同じだった。一昨日から、彼は少しおかしい。
「今もそうやってむくれてみせながら、何を考えてるのかわからない目をしてる。俺を締め出しておいて、鎧戸の羽根板の隙間から甘い匂いをさせて、離れられないように仕向けてる。手練れの悪女でも、もう少し情けってもんがあるぞ」
ナヴァスとピラールに会ったことを、彼は把握している。その上で、何を言っても誰にも聞かれることのない場所で会いたい、という彼の意思表示だ。志貴のスペイン語の教師として、テオバルドはすでに公使館の馴染みになっており、彼が志貴を訪ねても気に留める者は誰もいない。
いつものように時間きっかりに現れたテオバルドは、いつものように朗らかな下町の兄ちゃんを装っていたが、ピリピリと放電するような険をまとっていた。
「あんた、一体何をしてるんだ。俺に黙ってフェデリコに――ピラールに会って、何を話した」
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ならば彼らから昨日のことを聞けばいいのに、こうして問い質そうとしてくるテオバルドが癇に障り、志貴は目を眇めた。
「セニョール・ナヴァスが君に何も言っていないなら、私から言えることは何もないよ」
向かいに座って冷ややかに言い放つ志貴に、テオバルドは苦々しげに顔を顰める。
「あんた、時々本当に憎たらしいな」
「……時々?」
「普段はツンと澄ましてて、そのくせ不意に甘えを見せたりして、可愛くて目が離せない。なのに今みたいに突然鎧戸を閉めて、俺を完全に締め出すことがある」
三十男を可愛い呼ばわりする奇人が自分のまわりには多すぎる、と志貴も負けずに顔を顰めてみせる。
「――ほら、ご機嫌斜めなのに、そんな可愛い顔をする。そうやって出会ってから少しずつ警戒が緩んでたのに、今年になってまた硬くなる頻度が増えた。おまけに今日は、のっけから不機嫌だ。忠実な飼い犬には心当たりがないが、何でだろうな?」
苛立ちを隠そうという素振りは見せたものの自分もあっさり失敗しているくせに、のうのうと他人の気分を指摘してくる無神経さにまた腹が立つ――が、どうしてこんなに癇に障るのか。
志貴も昨日から、自分を制御できずにいた。
昨日のナヴァスの提案は、驚きはしたものの建設的なものだったし、彼の態度も言動も、以前と変わらず食えないが紳士的で、不愉快ではなかった。
ピラールは尚更だ。ほんの数分、ほんの二言三言、挨拶を交わしただけだ。親しげな雰囲気こそなかったが、立場に驕った近寄り難さもなく、悪い印象を抱く要因は一つもない。ただ、彼女の一言、「テオ」と呼んだあの声が、どうしても胸にわだかまって据わりが悪いのだ。
そして、自分を制御できていないのは、テオバルドも同じだった。一昨日から、彼は少しおかしい。
「今もそうやってむくれてみせながら、何を考えてるのかわからない目をしてる。俺を締め出しておいて、鎧戸の羽根板の隙間から甘い匂いをさせて、離れられないように仕向けてる。手練れの悪女でも、もう少し情けってもんがあるぞ」
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