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12章
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拗ねた口調で妙な言い草の非難を投げつけてくるのを、志貴は冷めた気持ちで聞き流した。彼には、二人の過去を知るナヴァスをして大盤振る舞いと言わしめる、手厚い情けを掛けてくれる美女がいるのだ。今も変わらず、テオと呼んでくれる女が。
忘れられないかつての恋人と、志貴が勝手に会ったことに腹を立てて、こんな繰り言を言うのだろうか。だとしたら大概狭量だし、あの再会の場に偶然居合わせただけの志貴は、いいとばっちりだ。
ただ、彼の様子がいつもと違うのはピラールと出会った前日、一昨日からなのだが――。
いずれにせよ、これ以上突っかかるような物言いをされるのはごめんだ。志貴は誤解のないように言い返した。
「言っておくが、セニョール・ナヴァスに呼ばれて出向いた先で、偶然彼女に会ったんだからな」
「だろうな。フェデリコがピラールを呼び出したところで、あいつが応じるとは思えないし、ピラールがフェデリコに用があるとも思えない」
「二人の関係は知らないが、短く挨拶を交わしただけで、彼女はその場を去ったよ。……君によろしくと言っていた」
彼女の言葉を伝えながらそれとなく観察したが、テオバルドの表情は変わらず、動揺した様子もなかった。淡々とした口調で、志貴に印象を訊ねてくる。
「ピラールをどう思った」
「どうって……品のある、綺麗な人だ」
「だったら、いい」
――以前と変わらず、気高く美しいままなら、それでいい。
短いからこそ、その言葉は、かつての恋人を今も遠くから見守る男の本心を、饒舌に語っているように思われた。
恋が果てても絶たれることのない二人を結ぶ絆は、どんな情熱の温度で固められたのだろう。それほどの強い愛が、どうして壊れてしまったのだろう。
見合いで結婚し、妻という立場の女性を大切にする形でしか愛情を育んだことのない志貴に、二人の関係は眩しいものに映った。疎遠になっても、理性的な愛情でピラールを思いやるテオバルドを、見知らぬ成熟した男に感じる。
それこそが、この苛立ちの理由なのだろうか、と唐突に志貴は気がついた。自分の前では見せたことのない誠実な男の顔を、自称飼い犬が隠し持っていたことが不満なのか、と。
彼は、飼い犬などではない。志貴は一度たりとも認めたことはない。それなのに主人面で不満を抱くなど、一体自分は何様なのかと恥じるとともに、こんな思いをさせるテオバルドを恨めしく思った。得体の知れない生き物が、自分の中で蠢いているようで気持ちが悪い。
――わかっている、八つ当たりだ。
「……テオと呼べ、と言った時」
この愚かな自惚れの元凶となった懇願を――昨日からわだかまっている言葉を、つい、志貴は口にしていた。
「あの時、他に呼ぶ人はいないと言っていたけど、彼女は……」
「何だ、妬いているのか?」
途端にテオバルドの声が弾む。からかう口調なら言い返すこともできるのに、期待に満ちた顔は、またも三十男を可愛いと思っていることが丸わかりで、どうにも調子が狂う。
忘れられないかつての恋人と、志貴が勝手に会ったことに腹を立てて、こんな繰り言を言うのだろうか。だとしたら大概狭量だし、あの再会の場に偶然居合わせただけの志貴は、いいとばっちりだ。
ただ、彼の様子がいつもと違うのはピラールと出会った前日、一昨日からなのだが――。
いずれにせよ、これ以上突っかかるような物言いをされるのはごめんだ。志貴は誤解のないように言い返した。
「言っておくが、セニョール・ナヴァスに呼ばれて出向いた先で、偶然彼女に会ったんだからな」
「だろうな。フェデリコがピラールを呼び出したところで、あいつが応じるとは思えないし、ピラールがフェデリコに用があるとも思えない」
「二人の関係は知らないが、短く挨拶を交わしただけで、彼女はその場を去ったよ。……君によろしくと言っていた」
彼女の言葉を伝えながらそれとなく観察したが、テオバルドの表情は変わらず、動揺した様子もなかった。淡々とした口調で、志貴に印象を訊ねてくる。
「ピラールをどう思った」
「どうって……品のある、綺麗な人だ」
「だったら、いい」
――以前と変わらず、気高く美しいままなら、それでいい。
短いからこそ、その言葉は、かつての恋人を今も遠くから見守る男の本心を、饒舌に語っているように思われた。
恋が果てても絶たれることのない二人を結ぶ絆は、どんな情熱の温度で固められたのだろう。それほどの強い愛が、どうして壊れてしまったのだろう。
見合いで結婚し、妻という立場の女性を大切にする形でしか愛情を育んだことのない志貴に、二人の関係は眩しいものに映った。疎遠になっても、理性的な愛情でピラールを思いやるテオバルドを、見知らぬ成熟した男に感じる。
それこそが、この苛立ちの理由なのだろうか、と唐突に志貴は気がついた。自分の前では見せたことのない誠実な男の顔を、自称飼い犬が隠し持っていたことが不満なのか、と。
彼は、飼い犬などではない。志貴は一度たりとも認めたことはない。それなのに主人面で不満を抱くなど、一体自分は何様なのかと恥じるとともに、こんな思いをさせるテオバルドを恨めしく思った。得体の知れない生き物が、自分の中で蠢いているようで気持ちが悪い。
――わかっている、八つ当たりだ。
「……テオと呼べ、と言った時」
この愚かな自惚れの元凶となった懇願を――昨日からわだかまっている言葉を、つい、志貴は口にしていた。
「あの時、他に呼ぶ人はいないと言っていたけど、彼女は……」
「何だ、妬いているのか?」
途端にテオバルドの声が弾む。からかう口調なら言い返すこともできるのに、期待に満ちた顔は、またも三十男を可愛いと思っていることが丸わかりで、どうにも調子が狂う。
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