トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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14章

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 夫としての自身を省みると、見合いで結婚した亡き妻を、可愛く思い大切にしていたつもりだったが、仕事にかまけ日々の交流は濃やかではなかった。朗らかで、不満を口にするひとではなかったが、寂しい思いをさせていたのかもしれない。
 その点、ラテン男でスパイという、人としての素材が根本から異なる点を差し引いても、テオバルドは相手を細かく観察し、先回りして気遣う術に長けている。志貴が気づかなかっただけで、以前からそういう男だったのだろう。その情を疑いながらも受け入れて初めて、指先や唇越しに伝わるものがあるのだ。大切なものに触れている、と触れられた方が感じる、愛おしさのようなものが。

 その痒いようなくすぐったいような感触は、志貴の中に身勝手な感情の層を積み重ねる。
 今この男の関心を握っているのは自分だという、驕りにも似た自惚れ。今以外の時間は、その心が誰のものなのかわからないことへの苛立ち。そして、この関係はいつまで続くのかという、別れを前提にした不確かさ。
 情緒的な側面だけではない。国際情勢によっても、二人の関係は簡単に断ち切られるものだ。

 ――俺たちに残された時間は、――もう長くない。

 不意に、夏の日に囁かれた、切迫した言葉が思い出された。
 あれは、何を指してのことだったのか。

 桐機関は、継続してアメリカの新兵器について情報を集めている。
 テオバルドが特に力を入れて諜報員を配置しているのが、研究施設周辺の歓楽街だ。どうにかして極秘の研究情報の入手し、敵を出し抜くことはできないか。もしそれが可能なら、日本で新型爆弾を先行開発して敵を怯ませる一大打撃を与え、その上で直ちに休戦に入ることも夢ではないかもしれない。
 無条件降伏という惨めな結末ではなく、講和会議を経た終戦が可能なのではないか――梶が今すぐ外務大臣へ終戦工作を具申しない背景には、そのような思惑もあった。国力差を考えれば絵空事としか思えないが、人生の半分を海外で過ごし、皇国教育はたまに降る雨のようにやり過ごして育った志貴と、世代が上で、桐機関の創設者でもある梶とでは、故国に対する忠誠の種類が違うのかもしれない。
 志貴の捧げる忠誠は、国を成す人々のものであり、上辺だけの面子には向けられていない。

 侵略戦争を仕掛けているのは、母国なのだ。
 何故すぐに、他国と自国の人々の生命と暮らしを奪う銃を置けないのか。
 それが国の面子のためならば、何と虚しく、数多の命が、今まさに奪われていることだろう。

 新型兵器の情報が重要であることは明らかなため、桐機関の活動方針に志貴が異議を唱えたことはない。
 あの日、硬い口調で時間がないと告げた時、テオバルドが危惧していたのは何だったのか。『スペイン語』の内容に、以前より新型兵器に関する報告が減ったように感じた時期もあったが、それが関係しているのか。
 自分では意識しないまま、志貴はテオバルドを見つめていた。顔に出るというのなら、同じ口づけを共有する男の顔にも、何か見つかるかもしれない。
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