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14章
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しかし、ドイツは大西洋からヨーロッパの制海権をほぼ失いつつあり、日本が制海権を握るインド洋以東のアジア海域も、連合国による通商破壊の戦果がラジオや新聞で取り上げられるようになっている。海路も決して安全ではないのだ。
むしろ連合国側が有効な探知機を持っていれば、速度が低く、強力な護衛のつく水上艦との戦闘では不利と言われる潜水艦は、ただ狩られるだけの獲物となってしまう。
そしてその行動が極秘事項である以上、もし撃沈されたとしても、枢軸国からその事実は――乗員名簿も含め、公にされることはないだろう。
「どうした、顔色が悪い」
突然声を掛けられ、志貴はびくりと顔を上げた。扉口から、テオバルドが様子を窺っている。
「会いたくない奴に会った、という顔をしてるぞ」
「そんなこと……」
「その分だと昼飯もまだなんだろ、まずは食えよ」
目の前に突き出されたサンドウィッチを、戸惑いながら志貴は受け取った。ノックの音がして、公使館付きの女中が飲み物を運んでくる。一等書記官室に顔を出す前に、厨房に寄って頼んできたらしい。すっかり公使館に馴染んでいるとはいえ、図々しい男だ。
「――君はノックをしたのか」
「気づきもしなかったくせに、むくれながらそんなことを言うのか。可愛いだけだから、強がるのはやめておけ」
志貴は黙ったまま、ボカディージョにかぶりついた。
小さなフランスパンを横半分に切った断面にオリーブ油を塗り、ハムとチーズを挟んだだけのシンプルなものだったが、黒木から聞いた話が胸につかえたままの志貴には持て余す量だ。それでも食べないとあらゆる方面から食生活に口出しされるため、ぼそぼそと齧っていると、向かいに座ったテオバルドがじっと見つめてくる。
「――何?」
「あんたにそんな顔をさせるのは、どんなことかと考えてる」
自身も豪快にボカディージョを頬張りながら、テオバルドが言う。
「思ってることが意外に顔に出るな、志貴。心を許した相手にはガードも甘くなるのか」
「……心を許してなど」
「許してるだろ」
ちょいちょいと手招きされ、何事かと訝りながらテーブルの上に身を乗り出した志貴の唇を、テオバルドは素早く奪う。触れ合うだけの軽い口づけだったが、志貴は慌てて身を離した。
「食事中に何をするんだっ」
「食事中だからこんなもので済ませたんだろ。後でたっぷり、な」
図々しい駄犬は悪びれることなく、艶めいた眼差しを送ってくる。志貴は即座に瞬きで床に叩き落とした。
食べているのに信じられない、と睨みつけたが、テオバルドは逆に目元を緩める。その甘い微笑みに気まずくなり、志貴はつんと顔を逸らした。志貴の異変を察知し、気持ちをほぐすためにあんなことをしたのだと気づいたからだ。
日常的に口づけを交わす関係になり、テオバルドの気遣いやまめまめしさは際立つようになっていた。恋人であれば、かなり誠実な部類に入るだろう。
むしろ連合国側が有効な探知機を持っていれば、速度が低く、強力な護衛のつく水上艦との戦闘では不利と言われる潜水艦は、ただ狩られるだけの獲物となってしまう。
そしてその行動が極秘事項である以上、もし撃沈されたとしても、枢軸国からその事実は――乗員名簿も含め、公にされることはないだろう。
「どうした、顔色が悪い」
突然声を掛けられ、志貴はびくりと顔を上げた。扉口から、テオバルドが様子を窺っている。
「会いたくない奴に会った、という顔をしてるぞ」
「そんなこと……」
「その分だと昼飯もまだなんだろ、まずは食えよ」
目の前に突き出されたサンドウィッチを、戸惑いながら志貴は受け取った。ノックの音がして、公使館付きの女中が飲み物を運んでくる。一等書記官室に顔を出す前に、厨房に寄って頼んできたらしい。すっかり公使館に馴染んでいるとはいえ、図々しい男だ。
「――君はノックをしたのか」
「気づきもしなかったくせに、むくれながらそんなことを言うのか。可愛いだけだから、強がるのはやめておけ」
志貴は黙ったまま、ボカディージョにかぶりついた。
小さなフランスパンを横半分に切った断面にオリーブ油を塗り、ハムとチーズを挟んだだけのシンプルなものだったが、黒木から聞いた話が胸につかえたままの志貴には持て余す量だ。それでも食べないとあらゆる方面から食生活に口出しされるため、ぼそぼそと齧っていると、向かいに座ったテオバルドがじっと見つめてくる。
「――何?」
「あんたにそんな顔をさせるのは、どんなことかと考えてる」
自身も豪快にボカディージョを頬張りながら、テオバルドが言う。
「思ってることが意外に顔に出るな、志貴。心を許した相手にはガードも甘くなるのか」
「……心を許してなど」
「許してるだろ」
ちょいちょいと手招きされ、何事かと訝りながらテーブルの上に身を乗り出した志貴の唇を、テオバルドは素早く奪う。触れ合うだけの軽い口づけだったが、志貴は慌てて身を離した。
「食事中に何をするんだっ」
「食事中だからこんなもので済ませたんだろ。後でたっぷり、な」
図々しい駄犬は悪びれることなく、艶めいた眼差しを送ってくる。志貴は即座に瞬きで床に叩き落とした。
食べているのに信じられない、と睨みつけたが、テオバルドは逆に目元を緩める。その甘い微笑みに気まずくなり、志貴はつんと顔を逸らした。志貴の異変を察知し、気持ちをほぐすためにあんなことをしたのだと気づいたからだ。
日常的に口づけを交わす関係になり、テオバルドの気遣いやまめまめしさは際立つようになっていた。恋人であれば、かなり誠実な部類に入るだろう。
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