視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
71 / 450
目覚めない少女たち

窓から

しおりを挟む

 ああでも、ちゃんと人を好きになるんだ。私は変に感心する。そこだけ情報を得ることができた。九条さんが恋をする姿なんて想像つかなかったのに。同時に、どこか胸が痛む自分もいた。九条さんが好きになってきた女性って、どんな人なんだろう。

 じゃあ今までどんな人を好きになったんですか、と突っ込もうとしたとき、それより早く九条さんが私をみて聞いた。

「そういうあなたはどうなんです」

「へ」

 まさか質問を返されると思っていなかった私は変な声を漏らしてしまった。九条さんが恋話に乗っている、意外すぎる展開だ。

 いやそんなことより、なんて答えようか一人慌てふためく。何を隠そう今好きな人は目の前にいるあなたです、なんて言えるはずもなく、なんと言って誤魔化すのがいいのか経験値の低い私にはすぐに分からない。

 だが私より先に、九条さんが口を開いた。

「ああ、以前付き合っていた人は明るくて人気者のリーダーだと言っていましたね」

「……あ」

 言われて思い出す。婚約まで約束したことのある元恋人のことだった。

 初めて付き合った人だった。この視える能力のことを話せずにいたが、ある日バレてしまった。それから音信不通になり振られた。その後私の妹と付き合うという笑えない後日談つき。

 確かに思い出せば、すごく好きだった彼は九条さんの言う通り明るくてみんなの中心にいた、どちらかといえば伊藤さんタイプだ。あそこまで神がかっていないが。

 いつもニコニして、人の輪に入れない私を誘ってくれるような人だった。

 ちらりと横を見る。

 ……どうして今は、正反対の人を好きになったんだろう。

 元恋人以外にも、好きになった人は九条さんみたいなタイプじゃなかった。こんなマイペースで何考えてるかわかんない人、好きになったことないのに……。

「でも、い、今は……」

 少し裏返る声を何とか絞り出す。恥ずかしくて俯きながら言う。

「好みも、変わったかも、しれないです……」

 九条さんに想いを伝えるなんてことは考えていない。でも、勘違いはしてほしくない。気づいて欲しいなんて欲張りなことは思わないから。

 私が勇気を出してそう言ったにもかかわらず、九条さんは当然ながら何も感づかずに近くの教室の扉を開けて確認していた。中を見渡しすぐに戸を閉める。

「そうですか。人間年を取ると色々な好みも変わってきますからね」

 興味なさそうなその言い方に、がくりと肩を落とす。いや、想定内の反応だ。私にまるで関心ありませんよという口ぶり。万が一にも彼が私を気にかけてくれてたら、ここからもっと突っ込んできてくれるはずだもの。

 気づかれないようにため息を漏らした。ここ一ヶ月以上長く一緒にいるのに、異性として見られていないなんて絶望を覚える。

 そりゃ九条さんと付き合えたらなんて想像もつかない展開だけど、片思いする身としてはそういうゴールを夢見てしまうものだ。

 私はなんとなく不貞腐れて歩き出した。すぐ後ろを九条さんがついてくるのがわかる。

 学生時代も周りから少し浮いていた私は、片想い常習犯だ。告白だってしたことはない。

 こっそり誰を好きになってこっそり見つめて、こっそり諦めていく。友達すらいない自分は恋を相談する相手もいなかったから、本当にこの胸の中にだけ秘めてきた。

 そう思えばどちらかと言えば今の私はこれでも積極的な方だと思う。きっとそれは、みえざるものが視えるというトップシークレットを九条さんが知っていてくれるからだ。

 人を避けていた原因を、理解してくれている。それは私にとって凄いことで、九条さんは今まで出会った中でも特別な人なのだ。

 長い廊下を歩きながら、いくつも並ぶ教室を眺める。人気のないそこは怖さと、どこか寂しさも兼ねていた。

 もし学生時代に九条さんと出会えてたら。ふとそんな想像が頭をよぎる。

 この力を理解してくれる人がいたら、私はもう少し前向きに生きていけたのかな。もっと器用に生きて、友達もちょっとくらい作れていたのかな。

 一人で登下校する時間は寂しかった。移動教室も話し相手もなく歩くのは辛かった。お昼の時間はかろうじて優しいグループの子達が誘ってくれたから孤立化は避けれたけれど、その会話に入ることはあまりなくただ聞いてたまに笑ってみるくらいだった。

 どうしてもっと上手く立ち回れなかったんだろう、と今更思う。

 廊下に霊がウヨウヨしてても、今なら上手く避けて無視だってできるのに。あの頃の私はそんなことすらできない不器用な人間だった。

 もう一度、戻ってやり直してみたいのになあ

「九条さん、九条さんの学生の頃って……」

 笑いながら言いかけた時だった。

 コツン、と左側から音がした。反射的にその方をみる。

 真っ暗なグラウンドを見渡せる窓たちが連なっている。よく磨かれたそれは今は夜の暗闇を映し出し、私の顔も反射していた。夜空は美しく星たちが輝いている。

 その窓から見えたのは、茶色の革靴だった。

「……え」

 両足がゆらりと揺れ、コツン、と革靴が窓にぶつかる。

コツン、コツン

 窓から見えるのは白い両足と白いソックス、そして革靴のみ。綺麗にそろっている二本の足は、ぶらぶらと揺れてその弾みでこちらに時折ぶつかっていた。

 ひや、と心臓が冷える。

 分かっていた。その足の正体を。

 恐らく、上の階の窓から首吊りをした霊の下半身だけがこの階の窓から見えているのだ。私はゆっくり二、三歩後退する。この状況では顔はお目にかかれそうにない。

「くじょうさ」

 隣に話かけた瞬間、自分の顔が固まった。

 そこには、無人の廊下が長く続いているだけの光景だった。

「……え、く、九条さん??」

 震える声で名前を呼ぶ。確かに、間違いなくついさっきまでいたのに。私は慌ててもう一度大きな声で彼の名前を呼んだ。無情にも、返事はなく私の声だけが響き渡る。

 嘘でしょう、どこに行ったの?

 はっとして窓をみる。だがもうそこには、あの二本の足はなくなっていた。

 少し安堵するもすぐに首を振る。九条さんはどこに行ったの? こんなところで私一人だなんて、耐えられるわけない。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。