15 / 38
馬鹿な男
しおりを挟む二人は喫茶店で向かい合い、静かにコーヒーを啜っている。山本はちらりと女性を見た後、安易についてきてしまったことを少し後悔しながらも話を切り出した。
「それでえっと、松永千紗さんでしたっけ? 岡部と友達なんですよね」
「はい、大学時代からの友人です。ええっとこれが証拠ですね」
千紗はスマホを取り出して写真を何枚か山本に見せた。晴れ屋の会で撮影したものや、二人でカフェに行った時に撮ったものもある。山本はすぐに千紗は嘘を言っていないのか、と信じた。そして、晴れ屋の会の写真を見て湊斗の存在にも気が付く。
「彼は……」
「羽柴湊斗ですね。彼も同じ大学だったので、私は知り合いなんです」
「そうなんですか。それで、俺に話したいことってなんですか?」
「湊斗と愛理について……力を貸してほしくて」
千紗はブラックコーヒーが入ったカップをそっと置き、悲し気に視線を落とす。
「山本さん、もしかして湊斗について何か知っていて、愛理に言いましたか? 私、愛理から話を聞いたんです。具体的には聞いてないけど、同期の凄く信頼できる男性から湊斗についてちょっと困る話を聞いた、って……さっき二人が一緒にいる様子を見て、それは山本さんなのかなあって」
「あ、見られていたんですか……」
自分が愛理に告白してフラれた場面を見られていると知り、山本は苦笑いをした。恥ずかしくも思ったが、否定せずに正直に言う。
「俺です。見ていた通り、岡部に片思いしていたので……その、羽柴という男を知っていたんです。大学生の頃、ですけど」
「大学生の頃? ……あっ」
千紗は意味深に眉を顰めた。
「あの頃、湊斗結構ちゃらちゃらしてたから……愛理は気づいてなかったんですけど、あまりよくない噂を聞いてたんです」
「やっぱり! 俺が昔付き合ってた彼女の浮気相手でした」
山本はやや興奮したように昔の出来事を千紗に言う。千紗はすうっと目を細めてそれを聞き、すぐに泣きそうな顔になった。
「湊斗がそんなことを? ひどいですね。湊斗は顔もよくて頭もいいから凄くモテてました。でも、そんな最低なことをしてたなんて」
「岡部は信じてないみたいなんですけど……」
「だって愛理の前では猫を被ってるんですもん。幼い頃からずっと愛理の前ではいい子ぶってるみたいですよ。それで愛理をいろいろ頼りにして、悪く言えば利用してたから……」
「利用?」
千紗はしまった、とばかりにわざとらしく口を手で隠した。だがすぐにまた話を続ける。
「そういう言い方はよくないですよね。でも私から見たらそんな感じで……愛理は面倒見がいいから。いつでも困っている湊斗を放っておけないんですよね。もう大人だし、最近はそういうことはなくなったかな、って思ってたんですけど……」
そこまで言って千紗は一旦言葉を呑み込む。だが少しの間の後、一気に言葉を吐きだした。
「あの二人、本当は結婚なんてしてないです」
「……え?」
山本の目が丸くなる。千紗は俯いたまま続けた。
「結婚してない、っていう言い方は違うかな。入籍はしてるかもしれないけど、あれは偽装結婚したんだと思います。二人に恋愛感情はないですよ」
「ど、どういうことですか?」
「二年前から二人は付き合いだした、って言ってたけど、湊斗が愛理に彼女のフリを頼んでたんだと思います。私は愛理と特に仲がいいからわかるんですが、愛理は湊斗に全く恋愛感情を抱いていなかった。なのに急に付き合うなんて言い出すなんて、おかしいと思ってたんです」
「でも、そこから結婚はさすがに……」
「この前二人の新居にお邪魔しました。あの二人ね、部屋も別々なんですよ。まあそういう夫婦もいるかあって思ったけど、洗濯物まで別に干してるんです。家事を分担してるとかの問題じゃないです、湊斗の目につかないように自分の部屋に干してるんですよ。ツーショットの写真も一枚も飾ってない。どう見ても夫婦じゃなかった……」
山本は顔を青くして絶句している。まさか恋愛関係がないのに結婚するなんて想像もしたことがなかったのだ。
「で、でもなんで岡部はそんなことに付き合ってるんですか?」
「……言ったでしょう? 面倒見がよくて、困ってるのを放っておけないタイプなんです。それか何か交換条件を出されたのかもしれません。湊斗は多分、いろんな女性と遊ぶだけ遊んで、でも結婚なんてして縛られるつもりはないんでしょう。親には落ち着いたところを見せるために、愛理とこんな形になったんじゃないか、と私は思ってます。だって、湊斗が他の女性と今でも遊んでるの、私は知ってるんですよ。偽装結婚なら、たくさんの女性と遊んでても構わないと思ったんでしょう」
「そんな……」
千紗は山本をまっすぐ見ると、深々と頭を下げた。
「愛理がこんな風に扱われるの、友達として耐えられないんです。いつか湊斗が捨てた女性たちに愛理が逆恨みされるかもしれないし……愛理には、山本さんみたいに本当に愛してくれる人と幸せになってもらいたい。二人を離婚させたいんです」
山本は信じられない話に目を泳がせて戸惑った。だがすぐに湊斗に対して怒りがわいてくる。愛理が大丈夫だと笑っていたから諦めようと思ったが、そもそも結婚自体が偽装だったのなら、自分はまだあきらめるつもりはない。
「俺も岡部には幸せになってもらいたいです……! でも、一体何をすればいいんでしょうか?」
何かを決意した山本を見て、千紗は優しく微笑んだ。
34
あなたにおすすめの小説
幸せのありか
神室さち
恋愛
兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。
決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。
哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。
担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。
とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。
視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。
キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。
ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。
本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。
別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。
直接的な表現はないので全年齢で公開します。
君に何度でも恋をする
明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。
「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」
「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」
そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
花言葉は「私のものになって」
岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。)
そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。
その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。
美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。
青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる