溺愛のフリから2年後は。

橘しづき

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馬鹿な男

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 二人は喫茶店で向かい合い、静かにコーヒーを啜っている。山本はちらりと女性を見た後、安易についてきてしまったことを少し後悔しながらも話を切り出した。

「それでえっと、松永千紗さんでしたっけ? 岡部と友達なんですよね」

「はい、大学時代からの友人です。ええっとこれが証拠ですね」

 千紗はスマホを取り出して写真を何枚か山本に見せた。晴れ屋の会で撮影したものや、二人でカフェに行った時に撮ったものもある。山本はすぐに千紗は嘘を言っていないのか、と信じた。そして、晴れ屋の会の写真を見て湊斗の存在にも気が付く。

「彼は……」

「羽柴湊斗ですね。彼も同じ大学だったので、私は知り合いなんです」

「そうなんですか。それで、俺に話したいことってなんですか?」

「湊斗と愛理について……力を貸してほしくて」

 千紗はブラックコーヒーが入ったカップをそっと置き、悲し気に視線を落とす。

「山本さん、もしかして湊斗について何か知っていて、愛理に言いましたか? 私、愛理から話を聞いたんです。具体的には聞いてないけど、同期の凄く信頼できる男性から湊斗についてちょっと困る話を聞いた、って……さっき二人が一緒にいる様子を見て、それは山本さんなのかなあって」

「あ、見られていたんですか……」

 自分が愛理に告白してフラれた場面を見られていると知り、山本は苦笑いをした。恥ずかしくも思ったが、否定せずに正直に言う。

「俺です。見ていた通り、岡部に片思いしていたので……その、羽柴という男を知っていたんです。大学生の頃、ですけど」

「大学生の頃? ……あっ」

 千紗は意味深に眉を顰めた。

「あの頃、湊斗結構ちゃらちゃらしてたから……愛理は気づいてなかったんですけど、あまりよくない噂を聞いてたんです」

「やっぱり! 俺が昔付き合ってた彼女の浮気相手でした」

 山本はやや興奮したように昔の出来事を千紗に言う。千紗はすうっと目を細めてそれを聞き、すぐに泣きそうな顔になった。

「湊斗がそんなことを? ひどいですね。湊斗は顔もよくて頭もいいから凄くモテてました。でも、そんな最低なことをしてたなんて」

「岡部は信じてないみたいなんですけど……」

「だって愛理の前では猫を被ってるんですもん。幼い頃からずっと愛理の前ではいい子ぶってるみたいですよ。それで愛理をいろいろ頼りにして、悪く言えば利用してたから……」

「利用?」

 千紗はしまった、とばかりにわざとらしく口を手で隠した。だがすぐにまた話を続ける。

「そういう言い方はよくないですよね。でも私から見たらそんな感じで……愛理は面倒見がいいから。いつでも困っている湊斗を放っておけないんですよね。もう大人だし、最近はそういうことはなくなったかな、って思ってたんですけど……」

 そこまで言って千紗は一旦言葉を呑み込む。だが少しの間の後、一気に言葉を吐きだした。

「あの二人、本当は結婚なんてしてないです」

「……え?」

 山本の目が丸くなる。千紗は俯いたまま続けた。

「結婚してない、っていう言い方は違うかな。入籍はしてるかもしれないけど、あれは偽装結婚したんだと思います。二人に恋愛感情はないですよ」

「ど、どういうことですか?」

「二年前から二人は付き合いだした、って言ってたけど、湊斗が愛理に彼女のフリを頼んでたんだと思います。私は愛理と特に仲がいいからわかるんですが、愛理は湊斗に全く恋愛感情を抱いていなかった。なのに急に付き合うなんて言い出すなんて、おかしいと思ってたんです」

「でも、そこから結婚はさすがに……」

「この前二人の新居にお邪魔しました。あの二人ね、部屋も別々なんですよ。まあそういう夫婦もいるかあって思ったけど、洗濯物まで別に干してるんです。家事を分担してるとかの問題じゃないです、湊斗の目につかないように自分の部屋に干してるんですよ。ツーショットの写真も一枚も飾ってない。どう見ても夫婦じゃなかった……」

 山本は顔を青くして絶句している。まさか恋愛関係がないのに結婚するなんて想像もしたことがなかったのだ。

「で、でもなんで岡部はそんなことに付き合ってるんですか?」

「……言ったでしょう? 面倒見がよくて、困ってるのを放っておけないタイプなんです。それか何か交換条件を出されたのかもしれません。湊斗は多分、いろんな女性と遊ぶだけ遊んで、でも結婚なんてして縛られるつもりはないんでしょう。親には落ち着いたところを見せるために、愛理とこんな形になったんじゃないか、と私は思ってます。だって、湊斗が他の女性と今でも遊んでるの、私は知ってるんですよ。偽装結婚なら、たくさんの女性と遊んでても構わないと思ったんでしょう」

「そんな……」

 千紗は山本をまっすぐ見ると、深々と頭を下げた。

「愛理がこんな風に扱われるの、友達として耐えられないんです。いつか湊斗が捨てた女性たちに愛理が逆恨みされるかもしれないし……愛理には、山本さんみたいに本当に愛してくれる人と幸せになってもらいたい。二人を離婚させたいんです」

 山本は信じられない話に目を泳がせて戸惑った。だがすぐに湊斗に対して怒りがわいてくる。愛理が大丈夫だと笑っていたから諦めようと思ったが、そもそも結婚自体が偽装だったのなら、自分はまだあきらめるつもりはない。

「俺も岡部には幸せになってもらいたいです……! でも、一体何をすればいいんでしょうか?」

 何かを決意した山本を見て、千紗は優しく微笑んだ。

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