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突然の告白
翌日、愛理は会社に向かい湊斗は休みを取っていた。湊斗は微熱まで下がっていたので、あともう一歩というところのようだった。
昨日はあの後、湊斗に買ってきた物や食べ物を手渡し、夜はうどんを作って差し入れた。湊斗は目を細めて喜んでくれ、愛理に深く感謝していた。大したことしてないのに、と愛理は思っている。
熱が下がったことにより、湊斗はいつも通りに戻っていた。まだ体調は悪いはずなのに、愛理を気遣ったりしてくれる。これこそ慣れた湊斗という人物なのだが、愛理はあの弱った時の湊斗の顔が忘れられず、少し戸惑っている。
これだけ長い間、家族のように思って来たのに。
一度意識してしまうと、不思議なことに人間はなかなか元のようにはもどれない。それどころか思考は勝手に暴走し、いろいろなことを考え出してしまう。
思えばこんなずぼらな自分に呆れずに長く一緒にいてくれるな、とか、頭もよくて優しい
のは昔から知っているのになぜ意識しなかったんだろう、とか、考えだしては止まらない。
そもそもこの結婚は偽装なのであって、異性として意識してはダメだというのに。
もやもやした気持ちを抱きながら、愛理は湊斗を置いて出社した。
(湊斗がまだ体調万全じゃないし、夕飯は買って帰ろうかな。あ、でも病み上がりの湊斗にそれはきついか……私が簡単に作るのがいいかも。うう、病人向けなんてあんまりレパートリーないなあ)
仕事を終えた愛理は荷物をまとめ、湊斗のことを考えながら急いでいた。昼にラインで体調を尋ねたところ、『もうだいぶいいよ』とは言っていたが、40度の熱があった人間がそう簡単に復活はしないだろう。
「岡部さん、随分急いでますね? デートですかっ」
小野寺がキラキラした目でそう尋ねてくる。愛理はカバンを持つと、苦笑いした。
「違う違う。湊斗が……夫が、寝込んじゃってて」
湊斗を夫、と呼ぶことになぜか緊張してしまった。これもまた、意識し始めている証拠。
「えー! 大変ですねえ! でもこういう時、素敵な奥さんがいてくれるなんて旦那さんが羨ましいですよー! 早く帰って看病しなきゃですね。仲良さそうで安心しましたあ」
「あはは、大したことしてないけどね」
「いえいえ、きっと旦那さんも凄く感謝してくれてるはずですよ。あ、そうそう……」
小野寺はそっと愛理に耳打ちする。
「あれ使いました? 旦那さん超~喜んだんじゃないですか!?」
「えっ」
彼女が言っていることはわかる。あのとんでもない結婚祝いのことだろう。
(使うわけないし、湊斗が喜ぶわけもない……!)
思い出して真っ赤になってしまいそうなのを必死にこらえた。私たちは新婚なんだから、あれで真っ赤になるのはおかしい。
「あはは……ご想像にお任せ」
「きゃー!」
「ていうか、小野寺さん、ああいうのよく着るの?」
「んー私は一着持ってるだけですよー。彼氏がこういうのきてみて、ってネットで買ったから。私は寸胴だし岡部さんみたいに着こなせないんですけど、それでも彼氏はテンション上がってたから、やっぱりたまにはいいのかなーって思って」
(最近の若い子凄い……いや、私がダメダメなだけか……)
なにせ本当は恋愛なんてとっくの昔に捨ててきた女だ。こんな話題、本当は全く縁がない人間なのに。
「そ、そっか……まあ、たまには、ね」
「ふふ、岡部さんはあれ着て主導権握ってそう……美人でスタイルいいと何着ても似合うから~」
(やっぱり女王っぽいイメージもたれてる……?)
「そ、そろそろ帰るね。夫が待ってるから」
「あ、そうでしたね。引き留めてごめんなさい。お大事に!」
愛理はこれ以上の会話は刺激が強すぎると判断し、会話を切り上げた。そのまま廊下に出て、エレベーターのボタンを押して到着を待つ。
(主導権なんて握れるわけがない……なにせ、こっちは未経験だぞ)
愛理は深いため息をついた。
高校の頃と大学の頃、彼氏が出来た。それなりに恋愛に憧れていた時期で、それぞれ『いいな』と思っていた男性だったので、付き合うことになって人並みに浮かれた。デート、手を繋ぐ、キスと、少女漫画に出てくる展開はやっぱり期待していた。愛理は少年漫画を好んで読むが、少女漫画も好きなタイプなのだ。
だがそれも、たった一か月で終わりを告げることになる。突然『別れて』という連絡が来たのだ。
もちろん理由を尋ねた。だが相手ははっきりしたことは言わず、『とにかく愛理はもう無理』とだけ言った。二人連続して、短期間にその終わり。さすがに続くと、愛理も立ち直れなくなった。恋愛に慣れていない時期だったからこそ、ダメージが大きい。
(ちょっとデートしただけで、二人にそう思われるなんて、きっと自分は致命的に駄目な部分があるんだろうなあ……まだがさつな面とかは見せてなかった段階だったのに)
恋愛に消極的になった。社会人になると仕事にやりがいを感じ、友人や湊斗と飲んでいるだけで十分楽しいと思えたので、恋愛などもういいと思ったのだ。せっかく充実しているのに、また失敗したらきっと落ち込んで色々ダメになってしまう……そんなリスクは負いたくなかった。
それからは趣味に勤しみ、充実した生活を送ってきたというのに……。
「よりにもよって湊斗をそんな目で見るとか、自分やばすぎ」
家族のように思って来た相手なのに。恋愛はしない同士だから今の関係が成り立っているのに。
(忘れた方がいいな。うん、少し時間が経ったらまた前みたいな感覚に戻るでしょ……)
愛理が一人でそう自分に言い聞かせたとき、隣に誰かが並んだ。ふと見てみると、山本が立っていた。
「あ、山本くん、お疲れ様」
「お疲れ」
ちょうど来たエレベーターに二人で乗り込む。愛理は先日の山本との会話を思い出し、どう切り出そうか迷ったが、山本の方から躊躇いがちに声を掛けてきた。
「この前はごめん、変なこと言って……」
「ああ……大丈夫。考えたけど、やっぱり何かの間違いだと思うんだよね。山本くんが心配するようなことはないから」
「……そう」
山本は暗い表情で俯いた。すぐに一階に辿り着き、なんとなく並んでそのまま出口へ向かう。
愛理は暗い雰囲気に戸惑いつつ、何とか山本を心配させまいと必死にフォローする。
「あの、本当にね。湊斗って顔がいいからモテるけど、そのせいで苦労したこともあるみたいで、恋愛面は疎いぐらいなの」
「んな漫画みたいな……」
「それに本当に優しいから。私も湊斗のすべてを知ってるわけじゃないけど、でも故意に人を傷つけるようなタイプじゃないことは確かなの! 安心して」
二人はそのまま外へと出る。空は赤く染まっており、涼しい風が頬をかすめた。一旦立ち止まった山本はちらりと愛理を見ると、はあーと大きなため息をついた。
「いやほんとごめん。新婚にあんな話したの、非常識だったってわかってるんだ。でもどうしても黙っていられなくて……」
「同期の私を心配してくれたんでしょ? 優しいね」
愛理がそう笑って言うと、山本は急に表情を固くさせて首を小さく横に振った。
「……違う、優しさなんかじゃない」
「え?」
「俺は岡部が好きだったんだよ。結婚で諦めたつもりだったけど、相手があいつって知って、諦め切れなくなった。別れればいいなんて、邪な気持ちがあったんだよ」
山本は愛理の目をまっすぐ見つめ、そう告白した。
それなりに人通りのある歩道での突然の告白に、愛理は目を見開いたまま固まる。山本は至って真剣で、愛理を見つめるその目からは熱い思いを感じた。
「……え……」
「岡部って誰が口説いても絶対靡かない高嶺の花で。一人うじうじしてたら、ある時期から彼氏ができたって聞いた。それでもいつかチャンスが巡って来るかも、なんて思ってたらついに結婚までしちゃってさ。さすがに諦めたつもりだったんだよ。でも、結局まだ未練は残ってる」
「……え、えっと……」
「……困らせるってわかってたんだけど、黙ってるといつまでも諦められない気がして。ごめん」
山本は片方の眉を下げて苦笑いした。同期でそれなりに長く過ごしてきたつもりだったが、彼の気持ちに全く気付かなかった愛理は驚きを隠せなかった。
(私をずっと……? 全然気づかなかかった)
会ったら時々会話を交わす程度。二人で出かけたこともない。同期会でちょっと酒を飲んだくらいだ。なのにいつのまにか、彼は自分の事を想ってくれていたのだという。
愛理は気づかなかった自分を責めた。
「……全然知らなかった。ごめんね」
「あーううん。岡部は謝ることないから。……結婚相手のことも、岡部が信じるっていうなら応援してる。ほんと、ごめんな」
「……ありがとう。私は湊斗と上手くやってるし、楽しく過ごせてるよ。山本くんに心配かけないようにするね。言ってくれてありがとう。これからも、同期としてよろしくね」
愛理が言うと、山本は照れたようにはにかんで笑った。愛理はくるりと山本に背を向けて一人、歩き出す。これ以上長く一緒にいるのはよくないと思ったからだ。
好意を持ってくれているからこそ、きっぱり話を終わらせないといけない。それに、これだけ心配してくれた山本がいるのに、実際自分たちは偽装結婚だというのが心苦しく、会話を続けるのは愛理自身も辛かった。
(全然気づかなかった……だからあんなに色々真摯に話してくれたのか……ほんとにごめん、山本くん)
愛理は小さくため息をつきながら、振り返らずにそのまま駅へと向かって行った。
そんな愛理の後ろ姿を、山本はしばらくじっと見つめていた。フラれることなんてわかりきっていた。それこそ、結婚する前から。自分は全く意識されていないのは気づいていたし、彼女に相応しくないということも知っていた。
愛理の姿が見えなくなって、山本は一人頭を搔く。
(フラれたのは想定内だからショックなんてないけど……やっぱ相手が気になるんだよなあ)
岡部の言うように、何かの間違いならいいんだけど。
山本が一人でそう呟いた直後、背後からトントンと肩を優しく叩かれて振り返る。立っていたのはフワフワしたウェーブの髪を持った、小柄な女性だった。山本は見覚えのない女性だったので、小さく首を傾げる。
「はい?」
「あの……少し、お話いいですか? 岡部愛理のことで」
「へ?」
女性は上目遣いで山本を見上げながら、不安げな声で言う。
「愛理とその夫……羽柴湊斗についてです」
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