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千紗の黒い顔
ブラックコーヒーを一人で優雅に飲みながら、千紗はスマホを見ていた。目の前にはほとんど残ったままのコーヒーがもう一つ置かれている。近くに店員が来たところで、それを下げてもらうように言った。
(めっちゃ単純ー。全部信じてたし)
千紗は一人鼻で笑い、スマホに表示されている写真を見つめた。愛理と二人で撮影したものだ。こんなの早く削除したいと思ってたけど、ここで役立つなんて思わなかった。
「まあ全部嘘ってわけじゃないしね」
ポツリと千紗は呟き、苛立ったように愛理の顔に爪を立てた。
(あの二人の結婚が偽装ってのは事実でしょ……あそこに恋愛感情が生まれることなんて、ありえないんだから)
千紗が湊斗を初めて見たのは、高校一年生の時だった。友人の文化祭に遊びに行った時、湊斗を見かけた。
その学校にはかなりかっこいい男子がいる、と噂では聞いていたが、実際会ってみると自分の好みすぎて運命だと強く感じた。顔立ちも、声も、話し方も全部が千紗の理想そのものだったのだ。
すぐに声を掛けて連絡先を聞いたが、湊斗は教えてくれなかった。どちらかと言えば千紗はそれまで男性にモテてきた方だったので、断られるのは初めての経験で驚いた。その後すぐ、千紗だけではなく他の女子も全滅だったと知り、自分だけじゃなかったのかとホッとしたのを覚えている。
それから大学で偶然再会した時は驚いた。湊斗はさらにかっこよくなっており、頭もよく、行動も紳士的でスマートだった。どうやら高校時代に千紗と会っていることはおぼえていなかったようで、初対面のように振舞われたのは癪だった。
まあ、忘れられていても別にいいか。今度は同じ大学なのだから接点も増えるし、絶対に付き合ってみせる……そう意気込んでいたが、すぐに愛理の存在に気づくことになる。
幼馴染という愛理は常に湊斗の隣にいた。と言うより、湊斗が愛理から離れなかった。誰が見ても湊斗の片思いは明白で、でも愛理は気づいていないのは滑稽でもあった。早く告白してフラれればいいものを、まるでそんな様子はない。
本当なら愛理に嫌がらせの一つでもしてやりたかったが、湊斗の目もあるし、残念なことに愛理は周りからの信頼が厚かった。何かしたとバレれば自分の立場が危うくなることをわかっていた千紗は、愛理への憎しみは抑えて表面上仲良くなるようにして、二人の動向を見守っていた。
だがいつまでも進展しない二人にしびれを切らした千紗は、愛理に彼氏ができるようこっそり協力し、無事愛理に彼氏ができた。湊斗に想われているのに気づかない鈍感に苛立っていたので、表の顔はいいけれど中身はイマイチな男を紹介してやった。遊ばれて散々な恋愛をしてしまえ、と思っていたのだ。
愛理に彼氏ができたので、これで湊斗は自分と付き合う――そう思っていたのに、湊斗はバイト先かなんかの女と付き合いだしてしまい、ぶちぎれるかと思った。
だが湊斗はあっという間にバイト先の女と破局。ホッとしてアピールを再開しだしたところで、愛理までも別れてしまい、またフリーになってしまったのだ。
愛理の元彼に話を聞いたところ、湊斗に威嚇されてあっさり終わりにしたらしかった。役立たずめ。しかも結局、手も出してなかったと聞き、千紗はイライラで頭の血管が切れるかと思ったぐらいだった。
それ以降、愛理はいい男性を紹介してもあまり積極的にならなくなった。湊斗は相変わらず愛理にべったり。就職して離れれば疎遠になるのかもしれないと思い、愛理と定期的に会いながら見守っていたが、二人は相変わらず連絡を取っているようだった。
就職してから湊斗はさらにいい男になったように思う。一流企業に勤め、出世も早いようだし、こんなに文句の付け所のない男はいない。千紗は適当な男と暇つぶしに付きあったが、やはり港斗ほどいい条件の男は見つからなかった。
それが二年前、二人が付き合いだした。
千紗は嘘だとすぐに見抜いた。どう見ても愛理が湊斗を意識しているとは思えなかったし、『結婚は?』と聞いても笑って『ないね』と言うぐらいだ。どうせ親からのプレッシャーに耐えられず、付き合ってることにでもしたのだろう。
どうせすぐダメになる。そう高を括っていたら、今度は急に結婚したと聞いて仰天した。
そんなはずはない。愛理は絶対湊斗意識しているわけがない……そう思って新居に入り込み観察したところ、やはりどう見てもルームシェアだった。そこまでして愛理を縛り付けたい湊斗も大概だと思うが、言い方を変えれば一度好きにならせればかなり一途だろう。浮気の心配もない。さっさと愛理を忘れさせれば、彼は完璧な彼氏に、ゆくゆくは夫になるに違いなかった。
千紗はコーヒーをまた一口飲み、ぺろりと唇を舐めた。
(つまりは、ルームシェアさえ無理って思わせるほど、愛理が湊斗に幻滅すればいい。この同居生活が失敗すれば、あの湊斗でもさすがに愛理を諦めるはず。そもそも、愛理より私の方がずっと可愛いし女らしいのに、見る目がないんだよ)
目つきも悪くてなんか怖いし、しっかり者とか言われてるけど可愛げがないだけだ。なんであんな女をずっと追いかけてるのかまるでわからないけれど、多分幼い頃から好きだと自分で暗示をかけているようなものだろう。いつか絶対目が覚めるはず。
「あとは、さっきの男が愛理を落としてくれる可能性……うーん、あるかなあ。まあ、そこはあんまり期待してないからいっか。とにかく二人の間に不信感を生む役割をしてくれれば十分」
千紗は一人で呟く。山本の存在を知れたのは幸運だった。湊斗が昔、女を寝取ったなんてことを真剣に説明していたが、多分何かの間違い。湊斗はそんなことをするような男じゃない。なぜそんな話になったのかはわからないが、おかげで山本の気持ちに火がついたのでありがたかった。おおかた、『最低な男に岡部を渡せない』とか思ってるんだろう。
何が何でも、絶対あの二人をばらばらにする。弱った湊斗のそばにいるのは絶対に私だ。そのためにはいろんな手を使わないと。
千紗はスマホのスケジュールを開き、微笑む。
「そろそろかなあ」
そう言って、冷めたコーヒーを一気に飲んだ。
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