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ショック
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しばし考え込んで沈黙が流れた後、二人は同時に切り出した。
「あのさ、千紗が……!」
「あのね、ソファの……!」
あまりにピッタリ声が重なったので、これまた同時に口を閉じた。困った顔をした彼らだが、少しして愛理が小さく笑い始める。眉尻を下げて、呆れたように言う。
「笑ってる場合じゃないのに、なんか息ぴったり過ぎて笑っちゃった。なんて言うか、さすが私と湊斗って感じ」
「……確かに」
ふっと湊斗の肩の力も抜ける。言いたいことも気になることもたくさんあるけれど、一旦少し落ち着こう、と思った。
愛理もしっかり自分と向き合って話そうとしてくれているのだから、急ぐ必要はない。焦らず、一つ一つ確認していく方がすれ違いも無くなるはずだ。
もう愛理と気まずくなるのは嫌だ。
「……愛理がここ最近、様子がおかしかった原因がわかったよ。実は今日千紗に会ってたんだ」
「え? 千紗?」
愛理はきょとんとする。その顔を見て、やっぱり愛理は千紗の悪だくみに全く気付いていないのだな、と湊斗は再確認した。非常に言いづらいが、仕方がない。
「愛理について話したいことがあるって言われて……それで話してきた」
「待って、どうして千紗が?」
「……愛理。ここのマンションに入ったのは俺と愛理と、千紗だけだと思う。ここ最近愛理が悩んでた原因、わからない?」
「え……」
(その三人だけ? これ、間接的に湊斗は誰も連れ込んでないって言ってるよね……え、でも、千紗が……?)
混乱する愛理に、湊斗は続ける。
「この前、見てないって噓ついちゃったけど、本当は見えてたんだ、検索履歴。もしかしてソファの下に避妊具でもあった?」
ついに核心を突かれ、愛理は戸惑いつつも頷いた。
そして自室に向かい、引き出しにしまってあった例のごみを取り出し、おずおずと湊斗に差し出す。その小さな袋を見て、湊斗は深いため息をついた。
「これかあ……」
「……その、湊斗が一人で使ったのかな? とか思って。でも男性の事なんてよくわからないから、検索掛けてて。湊斗が好きな人と再会したとしても、家に連れ込むなんてデリカシーがないことはしないって信じてたんだけど、どっかモヤモヤしちゃってて」
「好きな人と再会??」
湊斗が首を傾げる。
「大学の頃付き合ってた人。凄く好きだったんでしょう? それが忘れられないからその後彼女も作らなかった、って。その人とここ最近再会してヨリを戻したって……」
「おいおいおいおいなんだそれーーーっ!!」
湊斗は思わず叫んで空を仰いだ。どこから突っ込んでいいのかわからない、それぐらい全てがめちゃくちゃで混乱した。
慌てて湊斗は愛理の肩に手を置く。
「愛理さん! どこでそんなことを? 千紗か!?」
「忘れられないっていうのは千紗から……最近ヨリを戻したっていうのは山本くんからだけど」
「……なんでここに山本が?」
「あっ。えっとね……その、湊斗の元カノさんと昔付き合ってたんだって……」
愛理は困ったが、山本から聞いた話を全部告げた。元カノの二股に気づいて浮気相手と電話を変わったところ、『寝取るのが楽しかっただけ』と言われたことも。
湊斗は脱力してへなへなとその場に突っ伏してしまう。
「み、湊斗?」
「……そうか……あの男、それで俺と初めて会った時、あんなに睨んでたのか。てっきり、愛理と結婚したから敵意をもたれてるのだとばかり……いやそれもあっただろうけど」
「私は、なんかの間違いだと思ってるよ。湊斗は誰かの彼女を寝取って楽しむような人じゃない、ってね」
愛理がそう断言したのを聞いて、湊斗は顔を上げた。真剣にこちらを覗き込んでくる愛理が愛しくて胸がいっぱいになる。
愛理はいつでもしっかり自分の意見を持っている。湊斗を信じようと葛藤した姿が安易に想像つく。信じているけれど、家の中に変なゴミがあるし、よっぽど混乱したんだろう。
「でも、湊斗が元カノと再会したっていうのは本当かもしれないって思ったり……湊斗ってモテるのに全然彼女作らなかったし。だから私との結婚を後悔してるのかなって」
「俺はずっと愛理が好きだったんだよ」
とうとう湊斗はポロリとこぼしてしまった。
本当はこんな形で告げるはずではなかった。二人で同居生活を楽しんで、愛理に好感を持ってもらって、ゆっくり異性として意識してもらってから言うつもりだった。でももう黙っていられない。
全ての誤解を解くには、まず一番根元にある答えを教えないと覆せない。
愛理は予想外の湊斗の発言に、ただぽかんとした。
「……え?」
「愛理が好きで、でも愛理に彼氏ができたときには諦めようって思って他の子と付き合ったりした。でも結局ダメで……二年前、愛理が困ってるとこに付け込んで噓の彼氏になって、そのまま結婚まで持ち込んだのは本当に申し訳ないと思ってる。でもどんな手を使ってでも、愛理のそばにいたかった」
湊斗から発せられた言葉に愛理は絶句した。
(えっ……何を言ってるの? 湊斗が、ずっと私を……?)
幼馴染で物心ついた頃から隣にいた湊斗とはまるできょうだいのように育ってきた。ずぼらで女らしくない面も全て見せてしまっている唯一の異性。
そんな私をずっと好きだったってどういうこと? 結婚も、そばにいたかった、って……。
なぜ自分なんかを?
「え、あの、ど、どうして……」
「どうしてとか理由いる? 愛理はいつも真っすぐで強くて、明るくて気取ってなくて一緒にいると楽しかった。自分でもしつこいって分かってるけど、どうしても諦められなかった」
「……え、じゃあ……」
「俺がずっと彼女作らなかったのは元カノが忘れられないんじゃなくて、愛理が忘れられないから。ちなみにその元カノだけど……一週間だけ付き合って別れたとんでもない女ね。あれ、五股してたから」
湊斗はげんなり、という顔でそう言った。愛理は目を点にしする。
「ご……?」
「だから俺と、山本と、あともう三人いたわけ。付き合ってすぐ判明して、さよなら。まあ別れた原因はそれだけじゃなかったけど……山本と電話したのは、その三人のうちの誰かじゃないかな。それを俺だと勘違いしてたんだろうけど、ヨリ戻したっていうのは完全な嘘だな。あれ以降、俺は元カノと会ってもないし。山本は俺が元カノを寝取った最低男だと信じ込んでるから嘘ついて引き離そうとしてるんだろ」
愛理は混乱しつつも、一つずつ確認していく。どうやら山本が言っていた元カノ寝取られエピソードは、噓を言ったわけではなく勘違いがあったようだ。ただ、再会してヨリを戻したというのは間違いなく故意に嘘をついたということか。
「じゃ、じゃあこのゴミは……」
残る疑問はそれだった。湊斗はゴミを指先で掴んで苦々しく言う。
「……ちょっと愛理はショックを受けるかもしんないけど、聞いてくれる? これ、仕組んだの千紗」
「……え??」
「うちのマンションに入ったの、千紗ぐらいだろ? 愛理、近々ソファが届くとか話した?」
そういえば、そんな話をした気がする。
「それで見つかるようにこれを仕組んだらしい。愛理に見つかれば、俺が女を連れ込んだ最低男だって幻滅されるから。千紗はどうも、俺たちが本当の夫婦じゃないって気付いてたみたいなんだけど……愛理は言ってた?」
「言ってないよ! さすがに誰にも言わないって」
「だよな。まあ理由はわかんないけど、どこかで偽装結婚ってことに気づいて、終わらせようとしてたらしい。まあ普通に考えて、同居人がリビングでヤッてたってぶち切れ案件だからね」
「じゃあ千紗は……」
ずっと湊斗が好きだったってこと?
愛理は呆然とした。大学時代から仲良くしていて、社会人になってからも定期的にご飯に行ったりして、愛理は仲のいい友達だと思っていた。仕事の愚痴や悩みも相談し合う大事な人だった。でもそれはもしかして、湊斗と近づきたくてそうしていたのだろうか。
思えば会った時は必ず湊斗の近況を訊いてきた。最近も、連絡頻度が上がったし、家に女性を連れ込むエピソードなんかを話して不安を煽ってきたのは千紗だった。
まさかずっと、湊斗のために私のそばにいたの?
「……私、全然気づかなくて……」
愛理はジワリと目に涙を浮かべた。気づけなかった情けなさと、友達だと思っていた相手に裏切られたショックで胸が痛い。こんなに長い間、信頼していたのに。
湊斗はそっと愛理の頭に手を置き、諭すように柔らかな声を出す。
「愛理は悪くないから。俺だって気づくの遅かったし……」
「ううん、湊斗こそ気づけなくてもしょうがないよ。私なんてこの家に入れたりしててさ」
「だって友達が来たいって言ったら、普通呼ぶだろ。悪いのは厚意を踏みにじる相手なんだ、愛理が責任を感じる必要はないんだよ」
湊斗の優しさがしみる。いつだって湊斗はこうして愛理の味方をしてきた。
中学の頃、周りの子から無視されたときも、愛理以上に怒ってくれたのは湊斗だった。だから、自分は案外冷静にいられたように思う。そんな存在にどれほど助けられてきたか、痛感する。
「……ありがとう、湊斗」
「言いづらいんだけど、千紗のやり方は度を越えてるから。俺がさっき呼び出されたのも、愛理は山本を好きになったから離婚してやってくれって……」
「……は!?」
「山本と愛理がその、キスしてるような写真まで取り出してきて」
「キス!!? ちょ、ちょっと待って、何それ合成!? もちろん私は山本くんとそんなことしてないんだけど!?」
「角度でそう見える感じに撮られてた。街中だったよ。山本の方はなんか大きな荷物を持ってて……」
結婚祝いの日だ! と愛理はすぐにわかった。本当なら他のメンバーもいたはずなのに、二人きりになってしまったあの日だ。
そういえば虫がついてるだとかなんだとか言われて、じっと目を瞑っていた時間がある。あのタイミングで、千紗と共謀してそれらしき写真を撮ったのか。
……信じられない……。
山本だって、元々はそれなりに仲がいい同期だと思っていた。会えば少し話したり、お互いを労ったりできる関係で、どちらかといえば好印象を抱いていた。それなのに、ここ最近の彼の言動はあまりに度を越えていて、そんな人だったのかと改めてショックを受ける。
自分って、人を見る目が無いのかな……。
「あのさ、千紗が……!」
「あのね、ソファの……!」
あまりにピッタリ声が重なったので、これまた同時に口を閉じた。困った顔をした彼らだが、少しして愛理が小さく笑い始める。眉尻を下げて、呆れたように言う。
「笑ってる場合じゃないのに、なんか息ぴったり過ぎて笑っちゃった。なんて言うか、さすが私と湊斗って感じ」
「……確かに」
ふっと湊斗の肩の力も抜ける。言いたいことも気になることもたくさんあるけれど、一旦少し落ち着こう、と思った。
愛理もしっかり自分と向き合って話そうとしてくれているのだから、急ぐ必要はない。焦らず、一つ一つ確認していく方がすれ違いも無くなるはずだ。
もう愛理と気まずくなるのは嫌だ。
「……愛理がここ最近、様子がおかしかった原因がわかったよ。実は今日千紗に会ってたんだ」
「え? 千紗?」
愛理はきょとんとする。その顔を見て、やっぱり愛理は千紗の悪だくみに全く気付いていないのだな、と湊斗は再確認した。非常に言いづらいが、仕方がない。
「愛理について話したいことがあるって言われて……それで話してきた」
「待って、どうして千紗が?」
「……愛理。ここのマンションに入ったのは俺と愛理と、千紗だけだと思う。ここ最近愛理が悩んでた原因、わからない?」
「え……」
(その三人だけ? これ、間接的に湊斗は誰も連れ込んでないって言ってるよね……え、でも、千紗が……?)
混乱する愛理に、湊斗は続ける。
「この前、見てないって噓ついちゃったけど、本当は見えてたんだ、検索履歴。もしかしてソファの下に避妊具でもあった?」
ついに核心を突かれ、愛理は戸惑いつつも頷いた。
そして自室に向かい、引き出しにしまってあった例のごみを取り出し、おずおずと湊斗に差し出す。その小さな袋を見て、湊斗は深いため息をついた。
「これかあ……」
「……その、湊斗が一人で使ったのかな? とか思って。でも男性の事なんてよくわからないから、検索掛けてて。湊斗が好きな人と再会したとしても、家に連れ込むなんてデリカシーがないことはしないって信じてたんだけど、どっかモヤモヤしちゃってて」
「好きな人と再会??」
湊斗が首を傾げる。
「大学の頃付き合ってた人。凄く好きだったんでしょう? それが忘れられないからその後彼女も作らなかった、って。その人とここ最近再会してヨリを戻したって……」
「おいおいおいおいなんだそれーーーっ!!」
湊斗は思わず叫んで空を仰いだ。どこから突っ込んでいいのかわからない、それぐらい全てがめちゃくちゃで混乱した。
慌てて湊斗は愛理の肩に手を置く。
「愛理さん! どこでそんなことを? 千紗か!?」
「忘れられないっていうのは千紗から……最近ヨリを戻したっていうのは山本くんからだけど」
「……なんでここに山本が?」
「あっ。えっとね……その、湊斗の元カノさんと昔付き合ってたんだって……」
愛理は困ったが、山本から聞いた話を全部告げた。元カノの二股に気づいて浮気相手と電話を変わったところ、『寝取るのが楽しかっただけ』と言われたことも。
湊斗は脱力してへなへなとその場に突っ伏してしまう。
「み、湊斗?」
「……そうか……あの男、それで俺と初めて会った時、あんなに睨んでたのか。てっきり、愛理と結婚したから敵意をもたれてるのだとばかり……いやそれもあっただろうけど」
「私は、なんかの間違いだと思ってるよ。湊斗は誰かの彼女を寝取って楽しむような人じゃない、ってね」
愛理がそう断言したのを聞いて、湊斗は顔を上げた。真剣にこちらを覗き込んでくる愛理が愛しくて胸がいっぱいになる。
愛理はいつでもしっかり自分の意見を持っている。湊斗を信じようと葛藤した姿が安易に想像つく。信じているけれど、家の中に変なゴミがあるし、よっぽど混乱したんだろう。
「でも、湊斗が元カノと再会したっていうのは本当かもしれないって思ったり……湊斗ってモテるのに全然彼女作らなかったし。だから私との結婚を後悔してるのかなって」
「俺はずっと愛理が好きだったんだよ」
とうとう湊斗はポロリとこぼしてしまった。
本当はこんな形で告げるはずではなかった。二人で同居生活を楽しんで、愛理に好感を持ってもらって、ゆっくり異性として意識してもらってから言うつもりだった。でももう黙っていられない。
全ての誤解を解くには、まず一番根元にある答えを教えないと覆せない。
愛理は予想外の湊斗の発言に、ただぽかんとした。
「……え?」
「愛理が好きで、でも愛理に彼氏ができたときには諦めようって思って他の子と付き合ったりした。でも結局ダメで……二年前、愛理が困ってるとこに付け込んで噓の彼氏になって、そのまま結婚まで持ち込んだのは本当に申し訳ないと思ってる。でもどんな手を使ってでも、愛理のそばにいたかった」
湊斗から発せられた言葉に愛理は絶句した。
(えっ……何を言ってるの? 湊斗が、ずっと私を……?)
幼馴染で物心ついた頃から隣にいた湊斗とはまるできょうだいのように育ってきた。ずぼらで女らしくない面も全て見せてしまっている唯一の異性。
そんな私をずっと好きだったってどういうこと? 結婚も、そばにいたかった、って……。
なぜ自分なんかを?
「え、あの、ど、どうして……」
「どうしてとか理由いる? 愛理はいつも真っすぐで強くて、明るくて気取ってなくて一緒にいると楽しかった。自分でもしつこいって分かってるけど、どうしても諦められなかった」
「……え、じゃあ……」
「俺がずっと彼女作らなかったのは元カノが忘れられないんじゃなくて、愛理が忘れられないから。ちなみにその元カノだけど……一週間だけ付き合って別れたとんでもない女ね。あれ、五股してたから」
湊斗はげんなり、という顔でそう言った。愛理は目を点にしする。
「ご……?」
「だから俺と、山本と、あともう三人いたわけ。付き合ってすぐ判明して、さよなら。まあ別れた原因はそれだけじゃなかったけど……山本と電話したのは、その三人のうちの誰かじゃないかな。それを俺だと勘違いしてたんだろうけど、ヨリ戻したっていうのは完全な嘘だな。あれ以降、俺は元カノと会ってもないし。山本は俺が元カノを寝取った最低男だと信じ込んでるから嘘ついて引き離そうとしてるんだろ」
愛理は混乱しつつも、一つずつ確認していく。どうやら山本が言っていた元カノ寝取られエピソードは、噓を言ったわけではなく勘違いがあったようだ。ただ、再会してヨリを戻したというのは間違いなく故意に嘘をついたということか。
「じゃ、じゃあこのゴミは……」
残る疑問はそれだった。湊斗はゴミを指先で掴んで苦々しく言う。
「……ちょっと愛理はショックを受けるかもしんないけど、聞いてくれる? これ、仕組んだの千紗」
「……え??」
「うちのマンションに入ったの、千紗ぐらいだろ? 愛理、近々ソファが届くとか話した?」
そういえば、そんな話をした気がする。
「それで見つかるようにこれを仕組んだらしい。愛理に見つかれば、俺が女を連れ込んだ最低男だって幻滅されるから。千紗はどうも、俺たちが本当の夫婦じゃないって気付いてたみたいなんだけど……愛理は言ってた?」
「言ってないよ! さすがに誰にも言わないって」
「だよな。まあ理由はわかんないけど、どこかで偽装結婚ってことに気づいて、終わらせようとしてたらしい。まあ普通に考えて、同居人がリビングでヤッてたってぶち切れ案件だからね」
「じゃあ千紗は……」
ずっと湊斗が好きだったってこと?
愛理は呆然とした。大学時代から仲良くしていて、社会人になってからも定期的にご飯に行ったりして、愛理は仲のいい友達だと思っていた。仕事の愚痴や悩みも相談し合う大事な人だった。でもそれはもしかして、湊斗と近づきたくてそうしていたのだろうか。
思えば会った時は必ず湊斗の近況を訊いてきた。最近も、連絡頻度が上がったし、家に女性を連れ込むエピソードなんかを話して不安を煽ってきたのは千紗だった。
まさかずっと、湊斗のために私のそばにいたの?
「……私、全然気づかなくて……」
愛理はジワリと目に涙を浮かべた。気づけなかった情けなさと、友達だと思っていた相手に裏切られたショックで胸が痛い。こんなに長い間、信頼していたのに。
湊斗はそっと愛理の頭に手を置き、諭すように柔らかな声を出す。
「愛理は悪くないから。俺だって気づくの遅かったし……」
「ううん、湊斗こそ気づけなくてもしょうがないよ。私なんてこの家に入れたりしててさ」
「だって友達が来たいって言ったら、普通呼ぶだろ。悪いのは厚意を踏みにじる相手なんだ、愛理が責任を感じる必要はないんだよ」
湊斗の優しさがしみる。いつだって湊斗はこうして愛理の味方をしてきた。
中学の頃、周りの子から無視されたときも、愛理以上に怒ってくれたのは湊斗だった。だから、自分は案外冷静にいられたように思う。そんな存在にどれほど助けられてきたか、痛感する。
「……ありがとう、湊斗」
「言いづらいんだけど、千紗のやり方は度を越えてるから。俺がさっき呼び出されたのも、愛理は山本を好きになったから離婚してやってくれって……」
「……は!?」
「山本と愛理がその、キスしてるような写真まで取り出してきて」
「キス!!? ちょ、ちょっと待って、何それ合成!? もちろん私は山本くんとそんなことしてないんだけど!?」
「角度でそう見える感じに撮られてた。街中だったよ。山本の方はなんか大きな荷物を持ってて……」
結婚祝いの日だ! と愛理はすぐにわかった。本当なら他のメンバーもいたはずなのに、二人きりになってしまったあの日だ。
そういえば虫がついてるだとかなんだとか言われて、じっと目を瞑っていた時間がある。あのタイミングで、千紗と共謀してそれらしき写真を撮ったのか。
……信じられない……。
山本だって、元々はそれなりに仲がいい同期だと思っていた。会えば少し話したり、お互いを労ったりできる関係で、どちらかといえば好印象を抱いていた。それなのに、ここ最近の彼の言動はあまりに度を越えていて、そんな人だったのかと改めてショックを受ける。
自分って、人を見る目が無いのかな……。
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