溺愛のフリから2年後は。

橘しづき

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絶対に許さない

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「……え?」

「触んなよ」

 まるで汚い物に触れられたかのように湊斗は手を払う。千紗はぽかんとして湊斗を見つめた。

「何だこの写真。角度によってそう見えるだけだろ。そもそもなんでこんな写真をお前が持ってんだよ」

「い、いや、私はたまたま……」

「本当に親友だったらこんな隠し撮りして他人に見せる? 見せないよなー。仕組んだのバレバレ、頭悪すぎ。最近愛理の様子がおかしいと思ってたけど、なんか裏でやってるんだ? そういえば、うちのマンションに来たのもお前だけ。なんかした? 例えば……ソファに」

「……なんのこと?」

 千紗は引きつった笑みを浮かべる。それを見て答えだと言わんばかりに湊斗は笑った。

「あー気づくの遅くなって自分殴りたい。愛理はずっと千紗の事、友達だと思って大事にしてるんだよ。だから俺も千紗と表面上は仲良くしてた、ただそれだけ。もしかして勘違いしてた? 愛理の友達じゃなかったら会話すらしてないっつーの」

 冷たい目で千紗を見た湊斗は吐き捨てるようにそう言った。千紗はみるみる顔を真っ赤にさせ、悔しそうに唇を震わせる。

 だが湊斗は容赦しない。

「ソファに何を仕組んだかは知らないけど、とにかく愛理が傷つくようなことしたんでしょ。他にもきっといろいろ不安を煽るようなことを言ったり? 山本とも共犯なわけ? まさかそこで手を組むのは予想外だった。いい大人が恥ずかしくないの、そんなことして」

「ねえ、聞いて。勘違いだよ。私はたまたま愛理たちを見かけて写真を撮っただけ。湊斗には愛理を諦めてほしくて見せたの。これも愛理のためだと思って」

「ははは、面白いね。信じる馬鹿どこにいんだよ。いつか愛理を貶めるために今まで仲良くしてきたの? 執着心すごいね。異常だよ」

 湊斗の発言に千紗はカッとなる。

「幼馴染と偽装で結婚するなんて、そっちの方が異常だよ!! そもそも愛理のどこがいいかちっともわからないし。もっと湊斗にはお似合いの人がいると思ったから教えてあげただけじゃない……! 恋愛感情なんてないんだから、さっさと終わりにした方がいいのに」

「もっとお似合いの人、ね……」

 湊斗は頬杖をついてふふっと笑う。

「だってそうでしょう? 幼馴染でずっと付き合うことがなかったなんて男女として終わってる。いい加減他を探した方がいいに決まってるじゃん。もっと女性らしくて、可愛くてさ……湊斗はこれだけ高スペックなんだから、選び放題だし」

「あのね」

 湊斗は諭すように、やけに優しい声色を出した。

「俺、愛理以外の女性に本当に興味ないわけ。他の人間なんて生きようが死のうがどうでもいい。ただ、愛理が悲しむところは見たくないから、愛理が大事にしてるものは一緒に大事にしたいって思ってるだけ。もし愛理に想いが通じなくても、他の女性とどうこうなんて永遠にないんだよ」

 千紗がテーブルの下で服をぎゅっと握り、それを震わせた。湊斗ははあとため息をついて立ち上がる。

「もう愛理に近づくな。愛理を傷つけたら、俺何するかわかんないよ? くだらないことに時間を割いてないで、もっとまともな人間になれるように努力したら?」

「……によ……」

「こんなんで俺が騙されるとでも思ってたのか。見くびられたもんだな」

「何よ、馬鹿にして! そうよ、この写真はわざとそういうふうに見えるように撮影したわよ! いつまでもだらだら一緒にいるあんたたちを何とかしようとしてあげただけじゃない! いつも一緒、でも付き合うまではいけない気持ち悪い関係を諦めさせてあげるって言ってんの!!」

 叫ぶ千紗を、湊斗がぎろりと睨んだ。千紗は思わず口を噤む。

 いつも明るく人当たりのいい湊斗とは思えない顔だった。

「くだらない言葉を聞いてるだけで疲れるわ。それより……」

 湊斗は先ほど見せられた千紗のスマホを手に取り、千紗に握らせた。

「写真、削除して」

「……」

「このスマホから消し去って。もしかして、他に保存してたりする? 言ったと思うけど、俺、これ以上愛理を傷つけたら何するかわかんないよ」

 低い声が淡々と流れる。千紗は苛立ったように乱暴にスマホを操作し、湊斗に画面を見せつけた。

「ほら!!」

「じゃ、帰る。これ以上お前と話してると吐く」

 湊斗はそれだけ言うと、千紗のことをちらりとも見ずにさっさといなくなってしまった。残された千紗は信じられない、とばかりに呆然とし、次第に怒りに震えていった。

「何なの……私にあんなひどい事言って、ただで済むと思ってんの……」

 話してると吐くって何? 愛理の友達じゃなかったら会話すらしてないって?

 ふざけんなよ。

「絶対許さない……写真、パソコンにも移しといてよかった」

 千紗は爪を噛んでそう呟いた。




 慌てて家に帰りながら、湊斗はここ最近愛理の様子がおかしかった原因を改めて思い返していた。

(恐らくうちに遊びに来た時に、ゴムのゴミでもソファの下に置いといたのか? それを愛理が見つけたから、よそよそしくなったんだな……)

 あの理解不能な検索履歴もこれで説明がつく。湊斗は深くため息をついて頭を搔いた。

(ここまで気づけなかった俺の失態だ……まさかこんなに付き合いの長い友人が、あんな奴だったとは思わなかった)

 大学時代から愛理とよく一緒にいた千紗。晴れ屋の会の一員でもあるので、湊とも年に一、二回は顔を合わせていた。眼中にもないのであまり深く話したことはなかったが、別に普通の女性に見えたのだが、甘かった。

 これだけの長い時間執着してくるなんてとんでもない人間だ。

「……いや、執着してる期間は俺の方が長いんだけど……」

 物心ついた頃から一緒で、ずっと愛理しか好きになれなかった自分こそ、相当な変わり者だ。嘘の恋人から結婚まで運んだのだから、狡くて人のことはあまり言えないかもしれない。

 ただ、俺は愛理を手に入れたいからといって、噓で誰かを陥れたりはしないし、傷つけたりもしない。そこは一緒にされたくない。

 ぐっと力強く拳を作ると、ようやく見えてきたマンションにすぐに入った。原因が全てわかった今、もう愛理から話してくれるのを待つ、なんてことをするつもりはなかった。

 目的の部屋の前まで行き鍵を入れて回す。今日は愛理と千紗についてしっかり話す。友達と思っていた千紗の裏切りに愛理は傷つくだろうが、隠していては愛理がもっと苦しむことになる。山本という男のこともそうだ。そして、自分に掛けられている不倫の濡れ衣も何とかせねば……! 

「ただい……!」

 勢いよくドアを開けた瞬間、目の前に愛理が正座して待っていたので湊斗は飛び上がった。

「わあっ!!! ……び、びっくりした。あ、愛理何してんだ、そんなとこで」

 驚きで心臓がバクバクと鳴ってしまったのを落ち着かせながら湊斗は尋ねた。愛理は至って真剣な表情で、湊斗を見上げている。

「湊斗。大事な話があるの」

 まるで武士のような覚悟を決めた声に、湊斗はびくっと反応する。もしや……同居解消を提案される? 

 ふざけるな、ここまでどれほどの苦労があったと思うんだ。よくわからない奴らに台無しにされてたまるか!

「俺も。めちゃくちゃ大事な話がある」

 湊斗は真剣に答えると、靴を脱いで家に上がった。そしてしゃがみこんで愛理の視線に合わせる。
 
 どこか不安げな目をしている愛理を、とにかく愛しく思った。詳細はわからないが、一人で悩ませてしまったのは間違いない。

 湊斗は愛理を立たせ、静かにリビングへ向かった。大きいソファに並んで座ると、二人は同時にこう思った。

 ……何から話そう。

 やっぱり千紗のことから? いや、まずはソファの件……山本のことは? 変な写真撮られてたし、そのことも話し合わないといけない、と湊斗。

 ここは元カノの事をまず聞いてみるべきだろうか。今日来たメールを見せて……いや、まずはやっぱりあのブツは一体何なのか、からかな。でも一言目にそれを聞くのは勇気がいるような……。と、愛理。
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