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驚いただけ
しおりを挟む「本当にこういうこと聞くのうざいと思うんだけど、俺のどこが好きになったの? なんていうか、生活はそれなりに楽しくできてるとは思ったし、ちょっと意識されてるかもって自覚はあったんだけど、どのタイミングでそうなったのか全くわからなくて……」
湊斗は愛理と向かい合ってパスタを食べながら、申し訳なさそうに愛理に聞いた。
あれからとりあえずお腹を膨らませようという話になり、二人で簡単に食事を作って食べ始めた。お互いの勘違いも分かり気持ちが通じ合ったため、安心して胃が動き出したのだろう。
訊かれた愛理は、やや恥ずかしそうに俯く。そんな愛理の顔を見ただけで、湊斗の心臓はわしづかみにされたように痛んだ。
「えっと、熱を出した時さあ……」
「やっぱりあそこ!? 汗だくでぼろぼろでめっちゃダサかった時じゃん! なんで!? 俺なんかした!?」
「何かしたわけじゃなくって……その、湊斗っていつも涼しい顔してて完璧なのに、弱ってるところ可愛いなって思っちゃって……」
愛理がもじもじと言いにくそうに言ったのを聞いて、湊斗はガーンと大きなショックを受けていた。
(嘘だろ、今まで愛理の前ではかっこよくいたいから完璧であろうとしてたのに、まさかのダメダメな部分が愛理の心をつかんだだと!!?)
馬鹿野郎! なぜもっと早く愛理の前で熱を出さなかった!!
湊斗はずんと落ち込んだ。だがよくよく考えれば、愛理は困ってる人を放っておけず、正義感が強い。痴漢されて困っている女性を助けたり、職場でも随分かっこいい女性と慕われているようだから、仕事面でも誰かのフォローしたりしているんだろう。
そんな愛理が弱っている湊斗を見て心が揺らいだのは十分に理解できる。
どうしてもっと早く気づけなかったのだ自分は……湊斗は頭を抱えた。
「そう、なんだ……まあ、やっぱり一緒に暮らしたのは正解だったね……ははは」
「湊斗、目が死んでる」
「まあ、いいんだ。時間はかかったけど、結果こうやって愛理に見てもらえたなら、それでいいんだよ」
湊斗は愛理を見て笑って言った。そんな湊斗の笑顔を見て、愛理の胸が鳴る。
これだけ長い間待たせてしまったんだから、これからはお返ししていかなきゃ。湊斗に喜んでもらえるように……
……何をすればいいんだろう?
愛理は真剣な顔で前のめりになり、湊斗に尋ねる。
「湊斗は知ってると思うけど、私って恋愛偏差値低いから、何をすれば湊斗に喜んでもらえるかよくわからない。でも湊斗には迷惑かけたし待たせたし、ちゃんと返したいんだ。何をしたら湊斗は嬉しい?」
「えっ……」
単刀直入に聞かれ、湊斗の脳内に常にあった『付き合ったら愛理としたいことリスト』がページを開いた。この長い年月妄想した内容が、ついに現実になるというのか!
手を繋いでデート。夜景を見たり海を見に行ったり……学校帰りの制服デートは青春そのもの! いや、もうアラサーだった。
愛理の手料理は食べたことがあるが、例えばオムライスを作ってもらってケチャップでハートを書いてもらう……ハート形のハンバーグもよし。いや、二人で並んで料理を作って、『はい
味見、あーん』とかどうだろう。ああ、あと一度でもいいから、愛理が作ったお弁当を持って会社に行ってみたい……!!
家の中は? 同居していてそこから付き合うなんて変わった形だが、これまでの時間を埋めると思えば一緒に暮らせることは嬉しい。膝枕……膝枕!! それで昼寝とか。絶対眠れんな。
あと恋人っぽいツーショット写真が欲しい。二人の写真はあまり多くないし、あっても友達の距離感なので、もっとこう、身を寄せ合ったり手を繋いだ写真はどうだろう……! あえて部屋着で撮るのもいい。あのペアの部屋着の出番だ!
髪を乾かすとかどうだろう。乾かしてもらいたいし乾かしたい。風呂上がりに……風呂……
風呂!!!
「あ、あの、湊斗聞いてる?」
「えっ」
ヒートアップしてきたところで愛理からストップがかかった。湊斗は一旦自分を落ち着かせ、咳ばらいをして愛理に答える。
「も、もちろん聞いてる。何がいいかなって考えてて……でもとりあえず、そんな難しく考えないで。楽しく愛理と過ごすのが一番なんだから」
「……湊斗……」
余裕のあるセリフを言ったが、まさか頭の中では『一緒にお風呂』まで進んでしまったとは到底言えない。
二人は食事を取り終え、再びソファに腰かけた。これまで距離があったが、今はしっかり隣に座っている。
「明日、山本と俺が会う。伝えといてくれる?」
「わかった。今日も変なメールが来たと思ったら覗き見されて、いろいろ言われて……」
「変なメール?」
「これも千紗なのかなあ」
愛理は顔を顰めながら例の長文メールを見せた。湊斗はげんなりといった顔で画面を見た。
「なんだこれ。どんな顔してこんな文章打ってるのか見てやりたいな。存在しない女になり切ってて悲しくないのかな」
「千紗と話したい気持ちもあるけど……やめておこうと思う。多分、ぶち切れちゃうから」
「うん。もう千紗のことは考えずに忘れた方がいいよ」
そう言った湊斗だが、腹の奥にはふつふつと怒りがわいている。愛理をこんなに悲しませたことが許せない。女じゃなかったら殴ってたのに。
(もう悪事はバレたし、あれだけ俺から言われれば引き下がると思うけど……甘いか? もっと手を回しておくべきか……)
湊斗が一人で考え込んでいると、その横顔をじっと愛理が見つめてくることに気が付いた。隣を見て目が合えば、愛理が恥ずかしそうに逸らす。
(は? たまらんのだが???)
ずっと意識されてこなかったこの人生。でも今、愛理は目が合っただけで照れるぐらい自分を意識してくれている。こんな恥ずかしそうな顔なんてそうそう見られなかった。
風邪ウイルス、ありがとう……。
「愛理」
「なに?」
「めっっちゃ可愛くて死ぬ」
「な、なに言ってんの?」
愛理の顔面が赤くなり、全く怖くない顔で湊斗を睨んだ。その表情に湊斗は顔を手で覆って悶え死ぬ。
「可愛い……可愛くて罪」
「私の事そんなふうに言うの湊斗だけだよ。一人でも生きていけそうな女ナンバーワンって思われてるんだから」
「そこも可愛いんだよ。いつもはきりっとしてんのに顔赤くしたり、家ではビールとゲームが好きでさあ……可愛いっていうか愛おしいっていうか奇跡っていうか」
「湊斗ってそんなキャラだったっけ?」
「心の中ではずっとこんなんだよ。でも、愛理はちょっと情けない俺がいいんじゃなかった?」
湊斗が愛理を見ていたずらっぽく笑うと、愛理は俯きながら口を尖らせる。
(確かに、別に悪い気はしないけど……)
ただ単に、恥ずかしい。
これだけ長い間家族として過ごしてきたのに、急に好きだとか可愛いだとか、甘い雰囲気が信じられない。どういう顔をしていいのかわからなくなる。
湊斗からは明確なハートマークが飛び散って愛理に突き刺さっている。痛い。湊斗の視線が痛い。
でも自分が長く待たせたせいだから仕方ないのか。ずっとこんなに好きでいてもらえるなんて贅沢な話なのだ。
「湊斗は選びたい放題なのに……」
「愛理以外に選ぶ選択肢、ないもん」
「もーそういうこと平気で言う……」
「だって、本当に」
湊斗の声が少し低くなる。彼はそっと愛理の手を握り、その体温を確かめるように優しく握った。二人の心臓が大きく高鳴る。
指を絡ませながら握る湊斗の手は、発熱したのかと思うほど熱かった。どうしていいのか戸惑っている愛理に、湊斗が顔を寄せる。
さらりとした愛理の黒髪からシャンプーの香りがして、それだけで胸が苦しくてたまらなくなった。以前も彼女から香る香りに翻弄された覚えがあるが、今は我慢なんてせずにとことん翻弄されればいい。
愛理が目を閉じた瞬間、二人の唇が重なる。柔らかで心地いい感触がお互いを襲った。何度か角度を変えて襲ってくる湊斗のキスに、愛理は必死でついていくしか出来ない。そのままソファの上に押し倒されていく。買い替えた大きなソファは、二人で寝転がっても十分な広さがあった。
愛理の吐息が微かに漏れたのを合図としたかのように、湊斗の熱い舌が愛理の唇を割って入ってくる。
「あっ」
感じたことのない感触に驚いた愛理は、つい湊斗を押しのけた。嫌だったわけじゃない、ただ戸惑っただけだ。
しまったと思って湊斗を見たが、彼はショックを受けている様子は見られなかった。むしろ、湊斗自身もどうしたらいいかわからない、というように複雑な表情をして愛理を見下ろしている。
「ご、ごめん、びっくしただけなの」
「全然いい。俺だって自制できない自分に戸惑ってびっくりしてるから……抑えきれなくてごめん。なんか頭真っ白で沸騰してるっていうか、ほんとヤバイ……止めてくれてよかった」
はあと大きなため息をついて湊斗は眉を顰めた。気持ちが通じ合ったからといって、すぐにがっついてるみたいで恥ずかしい。
愛理の前では余裕があるように振舞って来たつもりだが、今の自分には全く余裕がない。舞い上がって暴走して、とても情けない奴に思えた。
「……自分が自分じゃなくなったみたいで、俺自身困ってる」
そう呟いた湊斗は確かに、苦しそうな顔をしていた。だが愛理はそんな湊斗が愛おしくてたまらなくなり、ぐっと胸が高鳴った。
愛理はそっと湊斗の頬に触れる。
「私、別に嫌じゃないから……その、ちょっとびっくりしてるだけで」
「……そう言うこと、今、言わない方がいいと思う。正直に言うけど、襲うよ」
「うっ。……いろいろ準備は出来てない」
心の準備も、体の準備も何もかも。だって、こんな風になるなんて想像もしてなかった。
愛理が困ったようにそう言うと、湊斗は笑って愛理から離れる。
「まあ、俺もだから。でも今日はやりたいこと、十分叶ったから」
「そうなの?」
「手を握るのも、愛理から好きって言ってもらうのも、ハグも、キスもしちゃったもんね」
湊斗があまりにも嬉しそうにそう言ったので、愛理は笑ってしまった。子供みたい。
湊斗は優しく目を細めて愛理を見る。
「だから俺は今すっごく幸せ。他は急ぐことない。ただ、スイッチ入っちゃうと暴走しそうだから、それは忠告しておく」
「……はい」
「またそのうち、ね」
(そのうちっていつだろう……)
いろんな準備を今からしないといけない。まさか自分が湊斗とそんな日を迎えるなんて、と愛理は恥ずかしくなって俯いた。
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