28 / 67
混沌と商機と白いドレス
しおりを挟む***
良くも悪くも、商人である。
それがガストという男だ。
主に商売を続けている辺境伯領は、良質な絹が産出され、隣国の影響を受けた工業製品も質がよく、隣国の製品を手に入れるルートもある。
父の代から、商会として出入りしているミンティア辺境伯家、そして辺境伯領は王国全体に商売と同時に情報網を広げようとするガストにとって、便利な商売相手だった。
あと数年すれば、王都に戻って商会をさらに拡大させる。
それが、ガストの描く未来予想図だった。
『……悪いけれど、全て換金して。貴方の言い値でいいわ。それと、金貨は使いにくいからいらないわ。全て銀貨で』
それは、ガストの目の前にいる、辺境伯令嬢ルナシェの言葉だ。
ルナシェが幼い頃より、ドレスを用立ててきたガスト。
しかし、ルナシェに対しての印象は、己の役割に忠実なお姫様。ただそれだけだった。
相手のいない婚約式ですら、毅然とした態度で己の役目を全うしていたルナシェ。
しかしガストは、尊敬こそすれ、興味を持ってはいなかった。
それなのに、あの日のルナシェの言葉に、ガストは強く興味を持ってしまった。
激戦の地に行こうなどと、命が惜しくないのかと尋ねれば、惜しいからこそ婚約者に会いに行くと言う。差し出してきた宝石は、どう考えても普通の宝石の価値とは比べようもないのに、銀貨しかいらないと言う。
思わず、銀貨を渡して、一緒に砦まで行くことを提案していた。
純粋な興味と香ってくる今まで感じたことがないほどの商機。
それが、ガストをあのとき突き動かした。
目の前のルナシェは、王都の流行とは違ったデザインのドレスを華麗に着こなしている。
スカートの後ろ側にボリュームを持たせ、少しだけ大人びたドレスは、少女から大人へと姿を変えるルナシェの姿を、妖艶なほど美しく際立たせている。
間違いなく、今夜の夜会の視線は、このドレスとルナシェに集中するであろうし、この後の社交界シーズンでは、このデザインのドレスがあふれかえるに違いない。
ガストの情報網は、すでに王国全土に広がっている。
だからこそ、今回の夜会でシェンディア侯爵夫人を牽制しておくことが必要であることも理解している。
王国の剣シェンディア侯爵家と、王国の盾ミンティア辺境伯家。
ベリアスとルナシェを取り囲む状況は、シェンディア侯爵家の後継者争い、王族や隣国の思惑、そして高位貴族、本人達が気づく気づかないに関わらず複雑で先が見えない。
しかし、そういった場所にこそ、大きな商機は転がっているものだ。
それに、深窓の令嬢のはずのルナシェは、なぜか自身の立場の危うさを正確に捉えているところがある。それでいて、元々の性格なのか、その行動は時に大胆で想定外だ。
「中立を貫きながら、生きていくのが商人だと思っていたのですがね……」
首をかしげているガストのことを、不思議そうに見つめていたルナシェは、微笑んだ。
「どうしたの、急に……。確かに商人というのは、損得を元に生きているって以前言っていたものね」
「そんなこと、姫様に言ったことがありましたか?」
「…………言ってなかったかしら?」
――――その言葉は、ガストにとって真実だ。
けれど、その言葉をガストがルナシェに伝えたことはなかったように思われる。
時々ルナシェは、言っていないはずの言葉を、まるで聞いてきたかのように言うことがある。
(大変。この言葉は、やり直す前にガストから聞いたのだったわ)
そんなルナシェの内心と、事情をガストが知るよしはないが、何かがあったことだけはすでに察しているに違いない。
糸目で見つめられると、腹の中を探られているようだと、ルナシェは曖昧に微笑んだ。
謎が多い東方出身の、グレイン。出自が不明であることを除けば、護衛としても執事としても優秀だ。そんな彼も、興味を持つルナシェという人間。
騎士団長ベリアス・シェンディアが溺愛する婚約者。ミンティア辺境伯家のたった一人の令嬢。
「――――続編などいかがでしょう?」
「え、何の話?」
商売抜きでも、今回の劇はよくできていた。
なぜか、この劇の台本を贈ったところ、ベリアスから贈られた鍵を手中に、ガストは思う。
ルナシェから、今回の出来事を劇として上映できないかと提案されたときには驚いたが、結果は大成功だ。
二人の関係が良好であると知らしめただけでなく、王都を守護すると同時に冷酷だという評価が強かった、第一騎士団長ベリアス・シェンディアの印象を大きく変えたことに、ルナシェは気がついているのだろうか。
そして、以前と違って表舞台に出て、慈善事業を惜しみなく行い、流行の最先端になりつつあるルナシェ。劇の中のヒロインとしての偶像とともに、その立ち位置は、すでに大きく変化した。
「…………続編といえば、もちろん今回の演劇の続編ですよ」
「――――もう。だって、あまりにも恥ずかしい台詞ばかりなのだもの。ベリアス様と私の関係が、完全に誤解されてしまうわ」
「誤解されるも何も、真実ではないですか。お二人はもう少し素直に思いを伝えた方がいいのでは?」
「…………そうね。後悔するよりは」
ルナシェの瑠璃色の美しい瞳が、どこか遠くを見つめる。
まるで、戦場から帰った騎士のような、深淵を見つめる瞳。そんな顔をルナシェがするのを、ガストはもう何度見ただろうか。
「それでは、決定ですね?」
「――――でも、恥ずかしいから、やっぱり台詞は控えめでお願い」
その提案だけは、残念ながら聞くことができない。
観衆が求めているのは、甘く切ない二人の物語なのだから。
混沌とした辺境伯家を取り巻く状況。
ルナシェに肩入れし、絆されてしまったガストは、商人としては失格なのかもしれない。
けれど、予想していた未来を塗り替えていくルナシェの行く末を近くで見てみたいとガストは思うのだった。
首をかしげたガストを、ルナシェが不思議そうに見つめている。
「さあ、ミンティア辺境伯令息もお待ちですよ? 今夜の夜会でも、しっかりこのドレスをアピールしてきてください」
「そうね。さ、今度こそ行きましょうか」
黒い髪と瞳のグレインは、当然のようにルナシェの背後につき従い、歩んでいく。
ガストの脳裏に浮かぶ未来には、白いドレスを着て笑うルナシェがいた。
42
あなたにおすすめの小説
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。
愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。
ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。
ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。
二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。
時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し……
全ては、愛する人と幸せになるために。
他サイトと重複投稿しています。
全面改稿して投稿中です。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
数多の令嬢を弄んだ公爵令息が夫となりましたが、溺愛することにいたしました
鈴元 香奈
恋愛
伯爵家の一人娘エルナは第三王子の婚約者だったが、王子の病気療養を理由に婚約解消となった。そして、次の婚約者に選ばれたのは公爵家長男のリクハルド。何人もの女性を誑かせ弄び、ぼろ布のように捨てた女性の一人に背中を刺され殺されそうになった。そんな醜聞にまみれた男だった。
エルナが最も軽蔑する男。それでも、夫となったリクハルドを妻として支えていく決意をしたエルナだったが。
小説家になろうさんにも投稿しています。
君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します
狭山ひびき
恋愛
「すまない。心の中に別の女性への気持ちを残して君と夫婦にはなれない。本当に、すまない」
アナスタージアは、結婚式の当日、夫婦の寝室にやって来た夫クリフに沈痛そうな顔でそう言われた。
クリフは数日前から一部の記憶を失っており、彼が言うには、初恋の女性がいたことは覚えているのだがその女性の顔を思い出せないという。
しかし思い出せなくとも初恋の女性がいたのは事実で、いまだにその彼女に焦がれている自分は
そんな気持ちを抱えてアナスタージアと夫婦生活をおくることはできないと、生真面目な彼は考えたようだ。
ずっと好きだったアナスタージアはショックを受けるが、この結婚は昨年他界した前王陛下がまとめた縁。
財政難の国に多大なる寄付をした功績として、甥であるクリフとアナスタージアの結婚を決めたもので、彼の意思は無視されていた。
アナスタージアははじめてクリフを見たときから彼に恋をしていたが、一方的な想いは彼を苦しめるだけだろう。
それならば、彼の初恋の女性を探して、自分は潔く身を引こう――
何故なら成金の新興貴族である伯爵家出身の自分が、前王の甥で現王の従弟であるクリフ・ラザフォード公爵につりあうはずがないのだから。
「クリフ様のお気持ちはよく理解しました。王命でわたしとの結婚が決まってさぞおつらかったでしょう。だから大丈夫です。安心してください。わたしとの夫婦生活は、仮初で問題ございません! すぐに離縁とはいかないでしょうが、いずれクリフ様を自由にしてさしあげますので、今しばらくお待ちくださいませ!」
傷む胸を押さえて、アナスタージアは笑う。
大丈夫。はじめから、クリフが自分のものになるなんて思っていない。
仮初夫婦としてわずかな間だけでも一緒にいられるだけで、充分に幸せだ。
(待っていてくださいね、クリフ様。必ず初恋の女性を探して差し上げますから)
果たして、クリフの初恋の女性は誰でどこに住んでいるのか。
アナスタージアは夫の幸せのため、傷つきながらも、彼の初恋の女性を探しはじめて……
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる