夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

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第1章

噂話と未遂

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 会場の端にいるのに突き刺さるような視線が集中している。

『やはりドレスの色を変えたということは、ベルアメール伯爵夫妻が不仲なのは事実か』
『隣国の血を引いた田舎貴族相手では、ベルアメール伯爵も不満だったのだろう』

 聞こえてくる心ない声に耐えきれず、会場を去ろうと振り返ると、急にフワリと体が浮き上がった。
 驚いて目を見開くと、珍しく不機嫌な表情をあらわにしたアシェル様の顔が目の前にあった。

「アシェル様!?」

 会場の端とはいえ、お姫様抱っこされてしまった。先ほどまで刺々しい言葉だけが響き渡っていた周囲が、今はただざわめいている。

 恥ずかしさに身じろぎすると、軽い苦笑が聞こえた……気がした。
 そして逃げようとする私を離すまいと、抱き上げる腕の力が強められた。

「……帰ろう」
「えっ、でも、あの……一曲も踊っていませんよ」
「今夜は君といると決めた。ここにいるとすぐに呼び戻される」

 アシェル様を呼び戻す人といえば、陛下の他にいない。

「えっと……お声を掛けていただけるのは」
「家族が悪意ある言葉に傷つけられるくらいなら、もう我慢しない」

 確かに、刺々しい言葉が聞こえてきたけれど、それは以前からの話だ。
 辺境伯家は家格こそ侯爵家に継いで高いけれど、王都から遠く離れた隣国との境に領地を持つこともあり『田舎貴族』と揶揄されることも多い。

「アシェル様、私なら平気です。夜会ではよくあることですから」
「――よくある?」

 アシェル様の声が低くなった。

「そうか……」

 そして、ため息交じりにようやく私のことを降ろしてくれた。だから、ホッとしていたのに……。

「ぴゃっ!?」

 瞬きをした間にアシェル様の顔が、先ほどよりもさらに間近に迫っていた。

 このままでは唇がくっついてしまいそうだ。強く目を瞑る。

 会場のざわめきが最高潮になる。
 目を瞑っていても、吐息がかかるほどアシェル様の顔が近いのがわかる。

「この場ではこれで十分か」
「ふえ?」

 唇は触れることなく離れていった。
 恐る恐る目を開けた直後、再び体がフワリと浮き上がる。

「今度こそ帰るぞ」
「えっと、あの」
「……なんだ、そんなに嫌だったか」
「……嫌も何も、こんなところで唇が触れて赤ちゃんができたらどうするのですか」
「……」
「……きゃ!?」

 アシェル様がなぜか大きくよろめいた。

「……純粋だとは思っていたが、ここまで来ると君を育てた兄たちの悪意を感じる」
「えっ?」

 私を抱き上げたまま、アシェル様が早足になった。
 そのまま会場を出て、ベルアメール伯爵家の馬車に押し込まれるように乗せられる。

「――いや、兄たちが教えられる類いのことではないな。むしろ教えられていたらおかしい」
「ど……どういうことです!? 間違っているなら教えてください」
「この場で教えていいとでも?」
「えっ?」
「いや、やはり俺にもすぐには教えられそうにない」

 私とアシェル様は、口づけもしていない白い結婚なのである。その証拠に先ほども寸止めだった。

(あれだけ近かったから、周りには本当にしたように見えたかもしれないけれど)

「そうだな……帰ったら侍女長に教えてもらいなさい。君のことを娘のように思っている彼女なら、上手く教えてくれるだろう」

 そしてこのあと、私はこんな年にもなって大きな勘違いをしていたことを知って羞恥のあまりあまり顔を赤らめることになる。

 そしてしばらくの間、アシェル様を見るたび恥ずかしさでいたたまれなくて、全力で避けることになるのだった。
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