夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

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第1章

夫の色のドレスを着た人

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 ユリア・ランディス子爵令嬢。
 特徴的な金色の瞳は鋭く、黒い髪は肩で切りそろえられている。

(……貴族女性は髪を長くして結い上げるのが一般的だから、この髪型を貫いている彼女をはしたないという人もいるけれど)

 王城で文官として働く女性は歴代でも数少なく、現在は彼女しかいない。
 ほとんどの貴族令嬢は王立学園を卒業後、すぐに結婚するが、ランディス子爵令嬢は仕事の道を選んだ。そんな彼女に憧れる令嬢は多い。

 けれど、彼女に関する噂は多岐にわたる。
 とくに、恋愛に関しては悪い噂が多いのだ。

(私の前から動く様子がないわね……。どちらにしても、挨拶しなければ始まらないようね)

 貴族社会では公の場では、高位の貴族が先に挨拶をするのが礼儀とされる。
 ランディス子爵令嬢は未婚であり、私は伯爵夫人。
 子爵家より上である伯爵家という家格の点、未婚の令嬢よりも立場が上とされる既婚者である点から、私が先に挨拶をする必要があるのだ。

「ご、ごきげんよう。ランディシュ……っ、ランディス子爵令嬢」

(緊張のあまり、噛んでしまったわ!?)

 顔が赤くなっているのを自覚して、慌てて扇を拡げて隠す。

(う、うう……手遅れかもしれない、ランディス子爵令嬢の口元が緩んでいるもの)

 ランディス子爵令嬢は、美しい礼を見せたあと、私に合わせるように扇を拡げて口元を隠した。

「はじめまして。ランディス子爵家の長女、ユリアと申します。ベルアメール伯爵にはいつもお世話になっております」
「……ええ」

 どうして私に話しかけてきたのか混乱しつつ、なんとか返答をする。

(それにしても、濃い緑色のドレスがよく似合うわね……。あれ? でも、アシェル様の瞳の色より緑色が若干淡いかしら)

 そんなことを思っていると、ランディス子爵令嬢が、私を見定めるような視線を送ってくる。

「確かに、この色の方が似合うわね……でも」
「え?」

 ランディス子爵令嬢が、ぼそりと何かを呟いた。
 似合うと褒められた気がしたけれど、もちろんそれは聞き間違いだろう。

「ふう……単刀直入に聞かせてくださいませ。どうして、ベルアメール伯爵の色のドレスを着なくなったのですか?」
「……え!?」

 単刀直入すぎるだろう。だって、私がアシェル様の色のドレスを着なくなったのは、目の前のランディス子爵令嬢が原因なのだ。

(ううん……確かに彼女はアシェル様の愛人かもしれないけれど、それだけが原因じゃないわね)

 しばらく思案する。アシェル様の色のドレスを着なくなったのは、似合わないからだ。
 そう……何も知らない世間知らずな私が、アシェル様の妻にふさわしくないように。

「似合わないから……でしょうか」
「はあ、迷惑です」
「えっ……」

 思わず考えてしまったのは、アシェル様とランディス子爵令嬢の関係だ。
 もしかして、ランディス子爵令嬢にとってアシェル様との恋はお遊びなのかもしれない。

「ただでさえ噂になって……きゃ!?」

 そのとき、ランディス子爵令嬢の腕を、淡いアッシュグレーの髪の男性がグイッと引いた。
 男性は前髪が長く、表情がよく見えない。けれど、彼とはアシェル様との結婚式でお会いしたことがある。

「お久しぶりです。ジョルシュ様」
「お久しぶりです、ベルアメール伯爵夫人。うちの部下が大変失礼致しました」

 平民出身でありながら、王立学園を首席で卒業し宰相補佐官まで上り詰めたジョルシュ様は、宰相であるアシェル様直属の部下だ。その功績より、間もなく爵位を賜るだろうと噂されている。

「な……何するのよ!?」
「上司であっても平民である僕が言うことではないかもしれませんが、夜会の場で失礼にもほどがありますよ」
「あなたに言われたくないわ!」
「はいはい、では失礼致しました」

 ランディス子爵令嬢は、ジョルシュ様に腕を引かれて連れ去られていった。

(……嵐のような人だったわね)

 アシェル様はああいった強い女性がお好きなのだろうか。
 けれどジョルシュ様に連れていかれた姿は、首輪をつけられた猛獣みたいでここまでの緊張感をほんの少し忘れ、口元が緩んでしまう。
 
 けれど、気がつけば会場中の視線は私に向いていたのだった。
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