夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

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第1章

再び夜会

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 アシェル様を見送って、食堂に戻るとまだ兄は朝食中だった。

「カインお兄様はあいかわらず、たくさん召し上がりますね」
「フィリアや宰相殿の食べる量が少ないのだろう」
「そんなことありません。イディアルお兄様だって、カインお兄様ほどは食べませんもの」
「――そういえば、イディアルも心配していたぞ」

 下の兄、イディアル・フォルス。
 私たちは三人兄妹でとても仲良く育った。
 両親亡き後、過保護だった二人の兄はますます過保護になってしまった。

 隣国と国境を接するフォルス辺境伯領は、国防において大きな役割を担う。
 どちらかといえば猪突猛進な上の兄に対し、下の兄は頭脳派だ。

 淡いピンクの髪は私とお揃い、そして濃い紫色の瞳をしている下の兄は見た目の印象は柔らかいが、下す判断は時に冷酷で非情だとも言われている。

(でも、私にはものすごく甘いのよね……)
 
 故郷を懐かしく思っているうちに、朝食の最後の一口をパクリと食べた兄が、ようやく席を立った。
 見上げるように背が高い兄は、目の前にすると迫力がある。
 けれど、私とお揃いの空色の瞳は優しげだ。

「ご心配をおかけして申し訳ありません……」
「何を言っているんだ。俺たちは家族だ、心配するのは当然だろう。それにしても、本当に宰相殿との関係は問題ないのか?」
「……それは」

 問題ないとは言い切れない。けれど、もしかするともう少しだけ歩み寄れるのではないか。
 急に変わったアシェル様の態度から、捨てようと思った希望が捨てきれない。

「困ったときには、いつでも帰ってこい」
「ありがとうございます」
「王命だろうと関係ない。フィリアを守るためなら何でもする」
「まあ……。辺境伯領を守る者としての言葉とは思えませんわ」
「……俺は本気だし、イディアルもそう言うだろう。もしかすると宰相殿もそう思っているかもしれない」
「――それは、ありえませんわ」
「そうか? それはそれで……可愛い妹が帰ってくるのもいい。では、そろそろ帰るか」

 兄は侍女からマントを受け取るとバサリと音を立てて羽織った。
 そして、来たときと同じように栗毛の馬にまたがると颯爽と去って行った。
 兄がいなくなると屋敷は急に静寂に包まれたのだった。

 * * *

 そして、夜会当日。
 私はフリルとリボンがいっぱい飾り付けられたローズピンクのドレスを身につけて参加した。
 アシェル様は白い盛装。マントの留め具には空色の宝石が飾られていた。

(私の瞳の色に見えるけれど、たまたまよね……。それにしても、やっぱり子どもっぽかったかしら)

 辺境伯領から持参したドレスは、兄たちと使用人たちの趣味が満載で可愛らしいというより子どもっぽい。

 出発直前に私の姿を見たアシェル様は「まるでおとぎ話を描いた絵画から抜け出してきたようだ」と言ってくれたけれど、その言葉はやはり古典恋愛小説の中から拾い上げてきたようだ。

「――それにしても、結局昨日も一昨日も早く帰ってこられず申し訳なかった」
「いいえ、お仕事が忙しいのはわかっていますから」
「せめて今夜はずっと一緒に……」

 そのとき、アシェル様が表情を曇らせた。
 視線の先を見れば、そこには国王陛下の姿がある。

「お呼びなのでは……?」
「少しだけ行ってくる」
「いつものことですので、私のことはお気になさらず」
「う……」

 心なしか俯き気味にアシェル様が去って行く。
 その姿を見送って、いつものように会場の端に行こうとしたときだった。

 周囲が妙に静まり返ったな、と思いながら振り返ると目に入ったのはアシェル様の瞳と同じ色だ。
 そこにいたのは、背中が大きく開いた大人びたデザインの濃い緑色のドレスに身を包んだランディス子爵令嬢だった。
 あれよあれよという間に彼女はこちらに歩み寄り、気がつけば私たちは向かい合っていた。
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