夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

文字の大きさ
8 / 43
第1章

兄と夫と朝食

しおりを挟む

 * * *

 翌朝、支度を終えて食堂に行くと、なぜか兄が席に着いていた。

「カインお兄様……!?」
「やあ、おはよう。今日も可愛らしいな、フィリア」
「朝から冗談を言うのはやめてください……。えっと、なぜここにいらっしゃるのですか?」
「なぜと問われれば、妹の危機に後先考えず駆けつけたため、宿泊場所に困って……かな」

 兄は明るく微笑むと私に向かって手招きをした。
 しかし、宿泊場所に困るはずがない。フォルス辺境伯家は、王都にも大きなお屋敷を持っているのだ。

「……」
「そんな顔をするなよ」

 兄は立ち上がると、私の手をグッと握りしめて引いた。

「宰相殿が仕事を手伝った礼に招いてくれたんだ」
「アシェル様のお仕事を……カインお兄様が手伝ったのですか?」
「少しだけな。それにしても、以前から宰相殿は働き過ぎではないかと思っていたが……」

 アシェル様が働きすぎという言葉を聞いて、もう少し詳しく聞きたいと思ったとき、食堂の扉が開いた。几帳面さを感じる規則正しい足音はアシェル様のものだ。
 
「おはようございます。カイン殿」
「おお、おはよう」
「ところで昨日いただいた報告書に改めて目を通しました。確かに、国境の視察が必要そうですね」
「そうだな」

 兄が眉根を寄せたのを見て、心配になってアシェル様に視線を送る。
 アシェル様は私を見つめ、心配いらないとでも言うようににっこりと微笑んだ。

「おはようフィリア、よく眠れたか?」
「ええ、ぐっすりと」
「それは良かった」

 確かに、あのあと私はぐっすりと眠った。
 アシェル様はどうだったのだろうか。けれど、聞くまでもなく目元に薄ら浮かんだ隈が事実を物語っている。

(あまり、眠っていないみたい……。仕事を持ち帰ってきていたのかしら)

 昨日、アシェル様は様子がおかしかった。
 屋敷を遅く出てみたり、途中で一度帰ってきたり……。
 やはり、アシェル様はお疲れなのだろう。それ以外に思い浮かぶ理由がない。

「さて、一緒に食事するとしよう。さあ、フィリア、座りなさい」

 兄が自分の左隣の席を引いて私を座らせた。

「もちろん、アシェル殿も朝食を食べるのだろう?」
「ええ」
「んん? どうしてそんなに離れて座るんだ。俺たちは家族だろう、もっと近くに座った方が良いと思うが」
「カインお兄様!」

 辺境伯家では、家族は仲良く並んで、あるいは向かい合って食事をする。
 けれど、このお屋敷に来てから並んで座るなんてことは一度もなかった。

「ほら、貴殿の席はここだ」

 それだけ言うと兄はさっさと元の席に座って、アシェル様を促す。
 しばらく立ちすくんでいたアシェル様が、おもむろに私の左隣に座った。
 三人並んで席に座ると、私とアシェル様の分の食事が運び込まれる。

 カチャカチャと小さな音が響く……。
 チラリと横目に見たアシェル様は、今日も優雅に食べている。
 いつも寂しく感じていたけれど、誰かが近くに座っているだけで食事がおいしく感じる。

 アシェル様は食事を終えると立ち上がった。
 私も一緒に立ち上がり、そのまま後ろについて行く。

(見送りをしてほしいと言っていたものね)

 アシェル様は、玄関に着くと振り返って私の髪を一房持ち上げた。
 そして、口づけする仕草をした。

「!?!?!?」
「……いってくる、フィリア」

 嬉しそうに微笑んだアシェル様の笑顔は、今まで見たどの笑顔とも違う……気がした。

「フィリア?」
「あっ、あの!? いってらっしゃいませ!!」
「ああ……今日こそ早めに帰るから」

 それだけ言うと、アシェル様は足早に出掛けていく。
 私はいつもと違うアシェル様の様子に混乱しながらその背中を見送るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。

藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。 「……旦那様、何をしているのですか?」 その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。 そして妹は、 「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と… 旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。 信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

処理中です...