夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

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第1章

忙しすぎる担当者

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 * * *

 あの夜会から、アシェル様はどこか変わった。食事するときには絶対に私の隣に座るし、仕事をたくさん持ち帰ってくるけれど、帰ってくるのも以前より少しだけ早い。

(ドレスの色を変えてからなのかもしれないというのは考えすぎかしら)

 あの夜会以降、私へのお茶会の招待も増えたようだ。
 けれど今までは、セバスチャンが選別したあとの招待状しか目にしていなかったから確証はない。
 そんなことを考えていると、ちょうどセバスチャンがお茶の準備をしにきた。

(聞いてみたほうが早そうね)

「セバスチャン、お茶会の招待状が増えた気がするのけれど、私の気のせいかしら」
「気のせいではございませんよ、奥様」

 やはりそうなのかと思いつつ、今日も柔和な笑顔に胸をなで下ろす。
 すかさず差し出された紅茶には白い花を模したお砂糖が置かれている。

 お砂糖には香りがつけられていたのだろう、紅茶に落としてかき混ぜると、甘い香りが漂った。

「……良い香り、今日もとてもおいしいわ」
「それはようございました。しかしこの紅茶ももしかしたら、手に入りにくくなるかもしれません」
「まあ、生産地で何かあったの?」

 いつも飲んでいたお気に入りの紅茶が手に入りにくくなるかもしれないと聞いて驚いてしまう。

「このミラバス王国では、紅茶は輸入に頼っております」
「そうね……ほとんど、東の国シャムジャールから仕入れているのよね」
「ええ、そして十年に一度輸入に関する条約が更新されるのですが、手続きが滞っておりましてな」
「まあ……それは大変なことね」

 輸入に関する条約は、各国の力関係やお金が絡むので再更新するのは大変なことだという。

「担当されている方は大変でしょうね」
「ええ、寝る間も惜しんで働き、家に帰ることもなく、食事もまともに摂りません……最近は少し変わってきたようですが」
「あら、セバスチャンのお知り合いなの?
 でも、そんな生活をしていたら体を壊してしまうわ」
「ええ、しかもその担当者は他にもたくさんの仕事を掛け持ちしているのです」
「そう……まるで噂に聞くアシェル様みたいね」

 アシェル様もとても忙しそうだ。
 宰相であるアシェル様は、王国のすべてを管轄していると言われているらしい。
 それはあくまで、大げさになった噂だろうけれど……。

「忙しさに慣れすぎると、それがおかしいことに気がつけなくなるのかもしれませんね」
「そう、その点についてはアシェル様にも当てはまるかもしれないわ」

 それでも、アシェル様は私の18歳の誕生日前後はまとまったお休みを取る、と言っていた。

『無理しなくて良いですよ? 去年も結局帰ってこられなかったから、日をまたいでからお祝いしたではないですか』
『今年は絶対に帰る!!』

 それが先日の会話だ。

「使用人一同、奥様への配慮のなさに旦那様に関する仕事を放棄しようとしていましたが」
「あら、冗談なんて珍しいわね。でも、アシェル様は私のことを大切にしてくださっていると思うわ」

 妻として愛されていなくても、家族としては大事にされているのかもしれないと最近思いつつあるのだ。

「ええ……それについては私どもの杞憂だったようです」
「形ばかりの妻なのに、こんなに大切にしていただいているのだから、私もお役に立てるようにがんばらないとね」
「これは……前途多難でございますよ、旦那様」
「何か言った?」
「いいえ、年寄りの独り言でございます」
「まずは社交をがんばるわ」
「それは良いことです」

 アシェル様に愛人がいて離縁される可能性があるとしても、私だけがのんびりしていい理由にはならないだろう。

(でも、なんとなくランディス子爵令嬢が愛人というのは違う気がしてきたのよね……)

 夜会で会ったランディス子爵令嬢は、確かに仕事はできそうだし噂通り苛烈な性格をしているのかもしれない。
 でも、何だか憎めなかった。

(それより今は、参加するお茶会の選定ね)

 紅茶を飲み終えて、手にしたのは一通の豪華な装飾の手紙だ。

 それは以前、セバスチャンがお茶会に招待すると良いと言っていた第三王女マリーナ・ミラバス殿下からの手紙だった。

 そこには『一度お茶会に来てほしい』と書かれている。

(王族からの申し出を断るなんて不敬にあたるもの。……アシェル様のお仕事に支障がないならお断りする理由がないわ)

 ミラバス王国の貴族がお茶会に本格的に参加するのは、王立学園を卒業してからというのが慣例だ。

 私の場合は家庭教師に習い、王立学園に通っていないし、すでに結婚しているからそれには当たらない。

 それでも今まではベルアメール伯爵夫人としてのお茶会は、王立学園を卒業する年までは、とアシェル様の意向でほとんどお断りしていた。

 けれど、春になれば私と同い年の令嬢たちも本格的に社交会に参加し始める。そろそろ私も動き出すべきだろう。

 私は早速、ペンにインクをつけ手紙の返事をしたためるのだった。
 
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